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2018-07

高畑さんの代表作は? - 2018.04.14 Sat

4月5日、アニメ監督の高畑 勲さんがお亡くなりにないました。

 4月13日の日テレ系金曜ロードSHOW!では追悼プログラムに差し替えて「火垂るの墓」がオンエアされました。当初は13日は劇場版コナンの新作公開日なので、日テレとしても金曜ロードSHOW!で劇場版コナンをオンエアして援護射撃する予定でした。しかし日テレのプロデューサーの英断即決にて追悼企画に」なったとのことです。東宝やら代理店などの思惑とは違うだろうけど、日テレとしては最大限に筋を通したって感じでしょう。
個人的には「かぐや姫の物語」を観に行った時に高畑作品とはお別れがすんでいます。親戚でもない82歳のおじいちゃんだったら「まぁ亡くなるわな」ってことです。作品を観せてもらっているだけのファンなので最後の作品こそが見納めですが、次回作とかの構想もなかったんだったら余生はもう近親者のハナシなので悲しいとかは特にないです。だから「惜しい人を亡くした・・・」多度のコメントを言っていいのはソレこそ宮崎駿氏くらいでしょうか。一番近いイメージは落語家の大師匠が大往生したって感じでしょうかね。

かぐや姫の物語の記事はコチラ→http://likea777.blog33.fc2.com/blog-entry-202.html

 「かぐや姫の物語」は高畑さんの真意はわかりませんが、間違いなく高畑アニメの集大成のつもりで作ったというような大げさなアニメ作品です。ストーリーそのものはありふれた竹取物語だし大げさな演出や問題作でもありませんでした。むしろ「何の問題もないアニメ動画とはこーいうモノだ」っていうメッセージすら感じました。予算と日程を湯水のごとく使い、納得のいくアニメ映画を作りたいという老後のたしなみとした最高級の老後の余暇を楽しんだと思います。同じ時期に最大級の余暇のチャンスを与えられたのに楽しめなかったおじいちゃんが宮崎駿さんです。彼はまだ煩悩に苦しんでいます。
日テレの追悼プログラムが「火垂るの墓」なのは高畑さんの名実ともに代表作だからでしょう。故人は「かぐや姫の物語」のほうを選んで欲しかったんじゃないかな?訃報がニュースで伝えられた時にラジオで宮台真司さんが追悼のコメントをしていました。そこで彼が高畑さんを褒めちぎるためにだした作品が「ホルスの大冒険」で、アニメに普通の知識しか持ち合わせてない強啓さんらをぽかーんにして熱弁を振るう宮台さんにトホホな気分になりました。なんで知識人の設定の人ってアニメの知識でマウントを取りたがるのかな?「アニメに詳しい=幼稚」からの「幼稚だと思ってる人は頭の固い旧人類」っていう感じでしょう。しかしホルスそのものは東映まんがまつりだし・・・
アニメファンとアニメ知識人の作品の評価の仕方にはちょっとした違いがあるような気がします。アニメファンはアニメ的表現の部分に特化した評価が多いです。戦闘シーンやヒーローの決めポーズ、ヒロインの可愛さや名セリフなど。知識人系ファンは監督の作品のテーマやメッセージ、オマージュ、隠しメッセージなどです。客席の子供にとってはおおよそどーでもいいことばかりを蒸し返して得意になってる印象です。隠しメッセージを入れ込むのに躍起になって本編の筋が破綻してるアニメ監督も多いですが、それは高畑さんの作品の批評には違和感があります。
太陽の王子ホルスの大冒険」以降の高畑さんの功績は「アイヌ文化が~」とかじゃなくて、アニメが二次元なのが当たり前だった時代に三次元の画面作りを見せてくれた事です。昔のアニメって画面が平面なのが当たり前でした。これを高畑さんの演出、大塚さんの作画でアニメに空間を意識させることと日常の暮らしがアニメで表現できることを示してくれた作品です。
宮崎駿さんや庵野さんは「一般のアニメファンに理解出来なくて当たり前」というスタンスなので、アニメ知識人たちの喜びそうな隠し扉がたくさん入っています。この隠し扉を開ける作業が宇多丸さんの映画時評なんでしょう。それでは高畑さんのスタンスはどうでしょう?高畑さんは「一般のアニメファンには気づかないような部分も気づく人に観られたときにハズカシイ」って感じかな?自分の知る限りでは正しい作画と正しい演出を求め続けて、他の監督が“作品性”とか“演出”とかごまかしてしまう部分も、その作品の中の正解を求める作品作りです。宮崎駿さんもNHKの密着取材などで観ると相当の完璧主義者です。しかし彼の中の完璧とは自分のイメージの中の完璧であって、高畑さんの完璧は客観的に作品がどう観られるかにたいしての完璧です。

「火垂るの墓」は作者の強いメッセージが込められた作品っぽいので高畑さんのテーマやメッセージが込められてるような感じもします。でもこの作品は裏表なき反戦アニメでしょう。この中に執拗に込められた怖さの正体は野坂昭如氏の実体験からの凄みです。それをもっとも効率よく作品化したのが高畑さんです。多分この作品をアニメ化するのだったら他のアニメーターにでも出来る事でしょう。原作は普通に直木賞作品なんだし、誰がつくってもお決まりの終戦マンガになると思います。それを「この作品だけは悲しすぎて観れない」とか「ジブリ作でも火垂るの墓だけはムリ」って言われるほどの作品にしました。誰もそこまでの火垂るの墓を作ってくれとはいってないのに、完璧な火垂るの墓を作っちゃったんでしょう。
自分は「火垂るの墓」を初見でみたのは「となりのトトロ」との同時上映でした。あんまり面白くなかった印象です。理由は高畑さんの監督だからということではなく、火垂るの墓のストーリーがつまんないお話だったからです。問題は野坂昭如の回顧録がつまんなかったことでしょう。もちろんトトロ目当てで映画館に行ったんですが、トトロのほうも思っていたような作品と違ってたので・・・
高畑作品でもっと評価されるべきなのは「じゃりン子チエ」だと思います。この作品は劇画誌漫画アクションで連載されていたはるき悦巳さんの原作のアニメ化です。そもそもはるき悦巳さんの作風がオール手描き、トーンも不可というようなオリジナリティ溢れるタッチのマンガで、そのタッチにこそ魅力がある作品でした。マンガをアニメ化するのは結構ハードルが高いのですが、アニメファン以外の人たちも観ることになるので評価が曖昧になっちゃうところがあります。しかし「じゃりン子チエ」のアニメ版は初めからアニメだったと思ってる人も多かったんじゃないかな?
アニメで大成功した「この世界の片隅に」は原作のこうの史代さんのタッチで頑張っていますが、やっぱり清書した感じがします。原画のもつ躍動感?むしろ躍動しない静物感がでていない感じです。
「じゃりン子チエ」の場合はどこまで描き込むべきでどこから流すべきかの線引きが絶妙です。動きで魅せる演出とセリフでたたみ掛ける演出のバランスに高畑さんのアニメ演出の技が詰まってるんでしょう。故人の名誉のためにも書いていきますが「ホーホケキョ・・・」は失敗作でしたがあれはいしいひさいちさんの原作の世界観が面白く無かっただけでしょう。画面が薄ぼんやりとモヤっていたのはいしいひさいちさんが4コママンガ家で背景を描き込まないからでしょう。高畑さんはいしいひさいちさんの世界観を忠実にアニメ化したからつまんない作品になっちゃったんでしょう。今思えば大人が作った「けいおん!」って感じかな?


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