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2018-05

少年マンガの過去問 - 2018.03.03 Sat

山本崇一朗さんの短編集「恋文」と裏短編集「ロマンチック」です。

 山本崇一朗さんといえば「からかい上手の高木さん」がスマッシュヒットしている、本格的な少年マンガ家です。山本崇一朗さんは以前の記事で「ふだつきのキョーコちゃん」を取り上げました。このときは「からかい上手・・・」はアニメ的な可愛さではないからアニメ化には向かないって書きました。実際にアニメ化される時代が来るとは思っていませんでしたのでビックリです。西片君を映像で観る勇気がないのでアニメ版は一切観ていません。西片君を観る勇気とは新海誠作品のモラトリアムな若造キャラを観るこっぱずしさです。不思議と読む分にはいいのですが、中学生の思考を映像でみるのは恥ずかしくて絶えられません。マンガは黙読だけどアニメや映画は朗読だからかな?

ふだつきのキョーコちゃんについての記事はコチラです→「妹がキョンシー?」

この記事では「妹がキョンシーという設定が利いているのか?」という根本的な問題を書いてます。でも多くはテンテンちゃんのハナシですけどね。記事の冒頭で「山本崇一朗さんは片山ユキヲさんのアシスタントを経て、読み切りでキャリアを積んだのち「からかい上手の高木さん」でメジャーに・・・」って書きました。まぁ資料を読んで書いたんですけど、今回はこの『読み切りでキャリアを積んだ』の部分についての記事になります。
「からかい上手・・・」のアニメ化にともない“今だっ!”と考えた小学館が「からかい上手・・・」の新刊に混ぜて2冊の読み切り短編集を出しました。それが短編集「恋文」と裏・短編集「ロマンチック」です。この2冊は未発表作も含めて山本崇一朗さんがメジャーになる前の、プロマンガ家のキャリアを積む過程に発表した作品たちです。高木さんっぽいのやら、キョーコちゃんのプロトタイプやらが読み切りで描かれていたりしてファン必読の短編集です。山本崇一朗さんの身内や関係者、大ファン以外の「高木さん・・・って面白いよね」っていうくらいで読んでいた普通のマンガファンやアニメで知ったファンにとってはそんなに面白い短編集ではありません。コレクターアイテムとしてマンガを集めてる方以外には,買ってまで読むほどの作品は載っていません。

  ブログ画像 山本崇一朗 JPEG

 マンガの短編集には短編のほうが得意なマンガ家タイプ。超メジャーで安定のヒットメーカーが連載の合間に描きためた短編をお蔵だしタイプ。そして売れなかった頃の単行本未掲載作やボツになった未発表作を集めてエイヤって売っちゃうタイプの3パターンがあります。
短編マンガ家は短編こそ本領ですからOKです。メジャー長編マンガ家の中に長尺なら魅力があるけど短編は要領を得ないマンガ家も多いです。このパターンはファンなら買い、長編の作品のみファンだったら様子見もありって感にです。典型例は短編がより面白い高橋留美子さんと、短編だと定型文的な作風がより目立っちゃうあだち充さんです。
問題は未発表作品集とオビに書かれてる場合で、このパターンの短編集は往々にして1冊まるごと面白くありません。マンガの大原則は「面白い作品ならとっくに発表している」ということです。たとえ現在が売れっ子マンガ家であってもガッカリな内容のことは多いです。それを読んで偉大なヒットマンガ家の足跡をたどるのもファン心理でしょう。でも一般の人がお金を出してまでつまんないマンガを読むのも本末転倒です。一般のマンガファンをダマするテクニックとして、カバー(表紙)の絵を現在の絵柄にして新作感を出す(中身はほぼデビュー直後の定まらない作画)とか、巻頭に数ページのやっつけ書き下ろしマンガを載せるなどがあります。
今回取り上げる「恋文」と「ロマンチック」は完全に未発表短編集のパターンです。実際には既出の作品が多いのですが、普通の読者の目に触れなかったマイナーな処遇の作品を集めた感じです。この2冊は山本崇一朗マニアを自負するのでしたら是非揃えたいコレクターアイテムです。でもそれ以外の普通にマンガを読んで楽しみたいっていうライト層?の方々には、無理して読むほどでもないかな?って感じです。表紙が書き下ろし(現在の絵のタッチ)で、中身のマンガ本編はデビュー時の雑なタッチという短編集のダマしのテクニックも使っています。引っかからないよう注意です・・・

 しかし、この短編集は1部の方にとってはとても役に立つ使い方ができます。むしろ必読の書といっても過言ではありません。どんな人が読むべきなんでしょうか?それはこれから少年マンガ家を目指す人たちです。そんな人はマンガの読者人口から考えて極めて少数派なんですが、近年のマンガの教則本の量を考えるとニッチと切り捨てられない需要はあると思います。都会の本屋さんにはマンガの描き方とか、女の子キャラの描き方とか、BLの描き方とかがたくさん並んでいます。とくに最近ではBL多めのイメージ。イラストやマンガ絵の描き方はともかくとして、マンガの描き方はソレらの教科書を読んで面白いマンガが描けるようになるとは思えないモノが多いです。中には菅野博之さんのシリーズのような、相当ぶっちゃけた内容でマンガの原理原則を説明している名著もあります。
マンガの描き方の本の欠点は『マンガはこういうやり方で描く』とは書いてますが『こういう描き方はダメ』とは書いてくれないところです。教則本だから基本的な描き方は書いてありますが、マンガを面白くする方法は書いていません。野球の教則本にフォークボールの握り方が書いてあるけどフォークボールを使った配球の組み立てが書いてないのと一緒です。
一概にマンガを描くといっても「何処で誰に向けて描くか、どのレベルで描くか」によって習得しなきゃ行けないスキルが違ってきます。大きく分けて一般漫画誌、マイナー漫画誌、ネットマンガサイト、コミケ系同人誌、個人のネット配信、マンガサークル内での回し読み、近所の友達への見せつけ、読者はお母さんや兄弟姉妹・・・上は億の収入になるベストセラー作家から制作費や生活費がカツカツというマイナー作家、コミケやネットで小遣い稼ぎができれば、読んで貰えるだけで本望まで、様々な目的があります。一概のマンガの描き方といってもこれらの要望に全て応えるガイドブックは無理です。「・・・の80を切る練習法」みたいなゴルフの教則本を読んでもプロゴルファーにはなれません。

 では、この短編集はどこが必読なんでしょう?それはこの本は『投稿マンガが不採用になる原因、そしてどこを修正すべきか』が判るからです。読む順番は「ロマンティック」からがベターです。2冊買うのが面倒くさい(もったいない)のなら、投稿マンガを描くために勉強したい人は「ロマンティック」短編マンガを楽しみたいなら「恋文」がオススメです。勉強のためなら「ふだつきのキョーコちゃん」と「からかい上手の高木さん」の1巻も合わせて読むことがベストです。
山本崇一朗さんはガチガチの少年マンガかなので少年マンガ誌や青年誌にかぎっちゃうんですが、マンガの教則本が受験の参考書だとしたらこの短編集は過去問題集になります。山本崇一朗さんが投稿マンガが入選作やリテイクされ修正された読み切り作品の歴史が読み取れます。作品ごとに「初めてネームが通った作品」とか「初めてトーンを使った作品」とかセルフ解説付きです。
多くの投稿マンガは意味不明な自己オリジナリティーか、何度も焼き直されたありふれた作品に分類できます。最初に作った作品が大ヒットっていうのは希有なことです。出版社も新人賞にそんなことを求めていないようです。そしてキャラクターが描きたいのか、ストーリーが描きたいのかに分かれます。キャラクター主義の方はキャラを大きく描きたがり、不思議な決めポーズや絶叫系のセリフでマンガを終わらせようとします。ストーリー重視の方は読者が納得できないような屁理屈やご都合主義で勝手の物語が終わっちゃいます。
山本崇一朗さんの場合はデビュー時には「それでも町は廻っている」の石黒正数さんのようなマンガを描こうとしていたようです。きっと新人マンガ賞にはたくさんのエセ石黒正数作品が来るんだと思います。ページ数が限られた中でストーリーを作るとなるとどうしてもショートショートに手が出ちゃうけど、ショートショートは相当練り込まないと面白くなりません。でもエセ石黒さんマンガはエセ冨樫義博マンガよりもマンガが描けそうな可能性があります。本屋さんに並んでいるたくさんのマンガの教則本はエセ石黒マンガの描き方までは指南してくれます。でもシナリオの項目に起承転結の説明が書いてあるような教則本では無理ですけどね。

 多くのプロ志向マンガファン(まだプロマンガ家ではないカテゴリー)にとっては、自分の描いているエセ石黒マンガをどーすれば「からかい上手の高木さん」に出来るのかがしりたいんです。菅野博之さんはソレを書いた教則本を出していたんですが、かなり厳しい内容になっていたと思います。
あえて細部には触れませんが山本崇一朗さんの場合は投稿マンガ家時代には、マンガのアイデアとは起承転結の“起”と“結”のことだと思っていたフシがあります。これこそ起承転結マジックで「どう始まるか」と「どう終わるか」はアイデアではなくて前後の整合性によって決めればいいことです。描きたいのは“承”の事件の成り行きと“転”の物語のクライマックスです。ちなみにエセ富樫マンガの場合は“起”だけでページの大半を使っちゃって、“承” “転”がないまま“結”っていう感じが多いです。
キャラにしても投稿マンガ家は「マンガは個性的なキャラを描かなきゃいけない」という思い込みが強いです。ヘンなキャラ=個性的というのは某・猫型ロボットなどの考え方です。みんな児童マンガが描きたくてマンガ家を目指してるわけじゃないはずです。

「ロマンティック」のほうに山本崇一朗さんの投稿作品が載っています。「IKKI」と「ゲッサン」に投稿していて、両方の入選作が並べられています。多分それぞれの編集者とコミュニケーションを取りながらの投稿だろうから、編集部ごとのマンガの評価の仕方の違いがわかります。よく「IKKI」の掲載マンガが陥っていたのは、マンガ家の思い込みを正そうとせずに新人の個性みたいな売り方をしていたことでしょう。山本崇一朗さんが描いた「IKKI」の受賞作も、キャラが「何言ってんの?」っていう感じの独りよがりっぽい作品です。すでに「IKKI」は廃刊してるのでいいますが、マンガのコマ割のルールがわかれば誰にだって「IKKI」っぽいマンガは描けます。(多分・・・)昔は「ガロ」が担ってきた「ヘタウマ・マンガ」の受け皿を「IKKI」がやっていたんでしょうね。
「ゲッサン」で新人賞になったほうの作品は、のちに「からかい上手の高木さん」につながる小学生が主人公のマンガです。「ゲッサン」は知名度こそアレですが大手一般少年マンガ誌です。山本崇一朗さんの場合は「IKKI」から「ゲッサン」への流れが重要です。多くの投稿マンガ家たちは「最初はIKKIでもいいや」とか「自分のような個性的なマンガはIKKIでしか理解してもらえない」っていう言い訳を用意してます。しかし「ロマンテック」と「恋文」は、ちゃんとした少年マンガを描きたいのなら「IKKI」ようなマンガを描いてちゃダメだっていうことを教えてくれています。
ちゃんとしたマンガとは面白いとか売れセンとかではなくて、文字通りにちゃんとマンガの形式になっている作品のことです。

 マンガは感性と技術の両方を必要とします。そのうち技術のほうは比較的マンガの教則本が役に立ちやすいです。ネームや作画の作業に関わる部分のノウハウは知識の積み増しが通用するからです。ストーリーやセリフ、ユーモアの部分は制作者の感性によるところが大きいので教則本の苦手な部分です。しかしこーいうセンスの部分にしても新しい発明や発見が必要なわけではないので、ちゃんとしたマンガを読めばそこに必ず答えが入っています。なぜならそーいうセンスがいいのがちゃんとしたマンガだからでしょう。
昔から気になっていたのはマンガ家を目指す人の中で他人(プロ)のマンガを読んでいないだろうなぁって人が多いこと。自分が描いたマンガがプロの描いたマンガとどう違うのかが判っていないからボツになるんでしょう。自分の作品を描く前にプロとどこが違うのかが判れば面白いマンガが描きやすいと思いますよね。誰でも目標にしているお気に入りのマンガ家はいるんだろうけど、好きなマンガ家の作品しか読まないのでしたら普遍性の勉強にはあんまりなりません。そのマンガ家の二番煎じにはなれるかも知れませんけどね。あと、なるべくなら同人誌系のサークルの仲間の作品を読み合うのもやめたほうがいいです。プロ同人作家を目指すのなら友達も大切ですけど・・・
山本崇一朗さんの短編集は作画やシナリオなどの技術的な進化も見ることができます。でもそれよりもアイデアを出すことで精一杯だった投稿マンガが、読者を楽しませることに工夫しているマンガに変化していく過程を見ることができます。これは過去に成功したマンガ家が解いてきた問題集のようなもんです。この2冊にはこーすればメジャーマンガが描けるという成功例が詰まっています。

 最後に過去問の回答例を挙げておきます。

裏・短編集「ロマンチック」の中の「歯は上に投げるもの」は「IKKI」で受賞した作品です。現在の山本崇一朗さんの描写に比べたら絵の荒さは仕方がないです。ソレよりもビルの屋上から飛び降りてくる女の子という状況が『何やってるのかわからない』です。ソコが「IKKI」の話にならないところなんですが、受賞しちゃうんだから廃刊になるわけですね。タイトルの歯は上に投げるものというセリフがこのマンガのアイデアなんですが、ありがちなマンガのアイデアの思い違いの例です。
これが短編集「恋文」の表題作「恋文」になるとより明確なマンガになっています。好きな子に自分の友達宛のラブレターを渡されて、でもソレは勘違いで・・・っていうややこしいけど判りやすい恋愛マンガの古典なストーリーです。まず意味不明な行動をするキャラや理解しがたいセリフは一つもありません。誰もが知ってるような展開だから安心して読めます。それゆえに愛着がわくキャラになっています。この愛着がわくキャラこそが「からかい上手の高木さん」のベースになってるものです。
「恋文」は読み切り少年マンガとして十分に成立していますが、この中にも「からかい上手・・・」では改善された部分があります。クライマックス手前で主人公が女の子に追いかけられるシーン。このシーンはアニメ的なアクションシーンなんですが、「からかい上手・・・」では使われていません。マンガはアニメじゃないんだからアニメのように動いても意味が薄いんです。効果的な使い方もあるけど。
「からかい上手・・・」ではより効果的にマンガ的な動きが描写されています。それはまさしく短編集と「からかい上手の高木さん」を読み比べれば実感できます。


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