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2018-05

安彦さんのイヤな予感 - 2017.09.06 Wed

アニメ版「機動戦士ガンダム ジ・オリジン」の監督の安彦良和さんです。

 8月24日の東京ローカルのTBSラジオ「伊集院光とらじおと」に、ガンダムの産みの親の一人の安彦良和さんがゲストで出演されていました。この週はラジオ局的にはスペシャルウィークなので各局とも気合いの入ったゲストとプレゼントのばらまきの一週間でした。そんな中でも朝ワイド午前10時からのゲストに安彦良和さんでした。新作のガンダムアニメの宣伝という意味合いにしても「何で午前10時に安彦良和?」っていうのは疑問ですね。夏休みとはいえ子供がラジオを聴いてる時間帯ではありません。パーソナリティの伊集院光さんは自称ガンダムマニアでも、極端なアニメファンでもないとのことです。しかし子供の頃に先入観なくファーストガンダムを観て感動した、正しいガンダムファンであるのは間違いないです。伊集院さんがオタク系のバイブルのひとつのガンダムを知らないワケはありません。しかしAMラジオの朝番組で危惧されるのはパートの仕事中に聴いてるお母さんのために「そもそもモビルスーツって何ですか?」という質問から始まる“今さらソコ?”というパターン。もしくは伊集院さんが安彦さんよりもガンダムに詳しすぎて「それ知ってる、それは本当はこうなんですよね…」っていう、ウザいオタク全開なぽかーん番組になる可能性もありました。しかし伊集院さんはほどよくオタクでガンダムオタクをリスペクトしながらも、安彦さんからファーストガンダム時代を上手に引き出していました。近年のNHKのアニメ特番なんかよりずっと価値のある内容で、さすがはラジオの帝王ですね。

マンガ版の「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」についての記事はコチラ < 跳べ安彦ガンダム!

 安彦版ガンダムについては過去の記事で書いた通りです。自分はオリジンは安彦さんが満を持して描き始めた作品だと思っていました。実際には安彦さん自身にはガンダムは過去のものだったんだけど、当時のサンライズの吉井社長に懇願されて連載になりました。吉井社長の言い分は「ファーストガンダムは作りが酷くおそまつなので海外では売れない」ということでした。作画がヒドいというのは当時の制作体制や予算などが原因ですが、描いたのが安彦さん自身なので責任を感じたとのこと。
オリジンはファーストガンダムのエピソードをそのまま活かしつつ、安彦さんのオリジナルなエピソードやシナリオのつなぎを良くするための改編が加えられたリファイン版です。内容を変えるというのは安彦さんがマンガ版を引き受けるにあたって出した条件でした。

『 オリジンを描くに当たって吉井社長に「オレはファーストを変えるよ」と言った。おれには変える権利がある。富野の内情(ミステイクも)を知っているからそれを変える(直す)』

ファーストガンダムは富野善幸さん、安彦良和さん、大河原邦男さんの三人で作った作品なので、この三人にはガンダムをいじる権利があるとのことです。安彦さん曰く「富野のことは富野以上に覚えている」とのこと。富野さんはどちらかというと発言するたびに作品を作るたびに言ってるコトが変わっちゃう印象です。逆に安彦さんは過去を美化するコト無くファーストガンダムを語ることのできる貴重な存在です。昭和ガンダムのファンの中でも「思い出補正」が働いちゃう人が多いです。平成からの若いガンダムファンには「思い出補正」がないので、「ファーストガンダムって作画が糞アニメ」って思うのは当然です。安彦さんもサンライズも作画は糞アニメって納得してるようです。

  ブログ画像 キシリア JPEG

 今回のラジオ出演で初めて判明した事が二つあります。一つ目は矢立肇(ヤタテハジメ)さんが誰なのか? 矢立肇とはガンダムなどで富野さんとともに原作者としてクレジットされている名前です。
矢立肇がサンライズの共同ペンネームというのは、アニメファンレベルではすでに知れたハナシだと思います。サンライズの意図的なのか正体は積極的には公表してきませんでした。今回のラジオで安彦さんは「矢立肇…まぁ…ほぼ山浦栄二さんだけどね…」とペロっと言っちゃいました。安彦さんレベルで今さら秘密でもないのでしょう。矢立=山浦説は有名というか本命だったんですが、「知ってる?矢立肇は実在しないんだよ」で止まってるブログや、ウィキの情報のまんまを流してるブログの記事を多く見てきました。今回の安彦さんの発言による「矢立=山浦」は自分が確認できた中で関係者が事実を認めた初めてのケースでした。山浦栄二さんって誰だよってことですが、山浦さんはサンライズの3代目の社長です。当時の「宇宙戦艦ヤマト」のブームを分析して、ガンダムブームの契機になる中高生をターゲットにするアニメを作るという戦略の元を作った人です。
もう一つは「何故、安彦さんは福井晴敏さんの機動戦士ガンダムUC という小説の挿し絵を、第4巻から更迭されたのか?」という事件の真相です。ガンダムUC の小説を始める時には「キャラは安彦良和 メカはカトキハジメ 小説は福井晴敏」という売り口上スタートしました。安彦さんは表紙のイラストと挿し絵も手掛けていました。しかし小説全11巻の中で4巻以降の挿し絵が虎哉孝征さんというマンガ家に変更されちゃいました。虎哉孝征さんって誰?っていう感じですが、福井さんの出世作の「戦場のローレライ」のコミカライズ版を描いたひとです。その他にガンダムエースという角川のガンダムマンガ誌でガンダムマンガを描いてる人です。
この安彦さん更迭事件はファンにとっては大きな事件で、「福井か安彦を切った」とか「安彦が他の仕事(オリジン)のために降りた」とか「安彦が角川(編集部)と揉めた」など憶測が飛び交ってました。

掲載誌であるガンダムエースの当時のリリース

『 これは突然の交代ではない。本来、挿絵は最初から虎哉氏が担当する予定だったのだが、連載のスタートにあたってキャラクターのイメージを根付かせたいという観点から、安彦氏にこれまで伴走してもらうことになったためである。単行本も無事発売されヒットとなり、また連載も新章に突入するこのタイミングで「本来の形」に居住まいを正すこととなった… 』

あくまでも予定通りに虎哉さんを起用しましたという表現です。しかし安彦キャラのガンダムに郷愁たっぷりなファンも多く、この作品がラノベだか判りませんがキャラの描き手が変わるっていうのはあんまり聞かないハナシですよね。ましてや編集部のこさえた言い訳の作文は出版社の社員が書いたとは思えないほど腑に落ちない駄文です。ファンは納得できる訳ありませんよね。
この件とは直接には関係ないんですが、ラジオの中で安彦さんはファーストガンダム以降のガンダム作品についてこう語っています。

『 最初のシリーズが終わって降りるのですが、イヤな予感がしたから降りたんです。それはこれから先、ヘンな方に行くんじゃないか?それに加担したくないので降りた。それは宇宙戦艦ヤマトの続編で経験したから… 
どんどん続編が作られたけど、ファースト以降は観ていないし関与していない。やむを得ずキャラクターで協力したのが2本ありますが。その後の作品がどうだったのか耳を塞いでいても漏れ聞こえてくると、面白く無い方向になっている… 』

2本というのは 「Z ガンダム」と「ガンダム F91」です。「イヤな予感がしたから降りた…」というのは Z ガンダムを指し、やむを得ず協力したというのは ガンダムF91でしょう。このガンダムが劇場公開10周年記念作品ということもあり、大河原さんもメカデザインで復帰してるので逃げられないつき合いだったと想像できます。両作品とも作画監督はしていないので、キャラから安彦臭はあんまり感じられません。なんとなくZ ガンダムは永野 護さんがデザインしてるんだと思っていました。ハマーン様やエマ中尉の尋常じゃない髪型に安彦さんらしさが出ていますけどね。
福井さんの小説の挿し絵の仕事は始まりはともかく、安彦さんのいう「イヤな予感」が的中しちゃったんじゃないのかな?そうすると降板理由は「ヘンな方向へ行く作品に加担したくないので降りた」ということだと思います。

 福井さんの「ガンダム UC 」はCS放送のアニマックス無料放送企画でエピソード1~6までを観ました。最終巻のエピソード7は無料放送しないようだったのでBlu-rayで購入して観ました。
福井さんはガンダムファンを公言していますが、正確に言えば Z ガンダムのマニアだったそうです。皆川ゆかさんとの対談で『 高校の時に続編の機動戦士Zガンダムが放送されるらしいぞ、という話を聞いた時には、また興味がもたげてきてテレビシリーズの本放送を見ましたよ。だからテレビではファーストよりも Z の方が、俺の感性には引っかかっていますね 』と語っています。クドい話ですがZガンダムは安彦さんのいう「面白く無い方向になっている」作品です。福井さんは初見で観たファーストガンダムにはピンの来なかったそうで、大人になってからスゲぇ作品だと気づいたそうです。
福井さんの一貫した印象は「同じころに同じガンダムを観たのに、何でこんなにガンダム感が違うんだろう」っていうものでした。自分が福井さんを認識したのはガンダムUC が具体的にアニメ化されるって話題になったころです。それまでは福井さんって「ローレライの人」ってくらいの認識でした。ガンダムUC はオールドファンをくすぐるようなMSで宣伝していましたから、てっきりファーストのテイストを判ってる人が作るんだと思ってました。しかし福井さんのガンダムは富野ガンダムであって、安彦さんの考えるガンダムとは異質なものだです。まあ、所詮はローレライだからなぁ…
安彦さんは厳密にはファーストだけがガンダムという考えです。ガンダムシリーズは続編につぐ続編で巨大なコンテンツになったのは事実です。でもファーストがそれまでのマンガアニメからアニメ文化に押し上げた要素は、今のガンダムブームを支えてきた作品群にはない要素です。
そもそもファーストガンダムが支持された要因は「主人公ロボがマジンガーZ じゃないことと、主人公は超能力者じゃないこと」です。それまでのロボットアニメのイメージは、悪の結社や宇宙人の侵略から元気な主人公の少年が、地球の存亡をかけて1話完結で戦うというものでした。当然ながら主人公ロボはスーパーロボットで敵メカは機械獣です。そーいうスーパーロボットじゃない「モビルスーツ」がガンダムのキモでした。主人公メカのガンダムもスーパーロボットじゃなくて新製品ロボットくらいの位置づけです。後半になると敵側にも同等の性能をもったロボットが量産されます。ボトムズほど性能レスにする必要はありませんがガンダムの世界観は「戦いは数だよ」です。一部の突出した主人公メカだけが活躍するんだったらマジンガーガンダムになっちゃいます。ファーストでは最初から最後までモビルスーツの能力は使う人しだいだと言っています。
福井さんが用意した新しいユニコーンガンダムはマジンガーガンダムでした。これはモビルスーツを汎用機として扱う不文律をまったく理解していませんよね。マジンガーZがモビルスーツになるために富野、大河原、安彦の3名がどれだけ頑張ったのか知らないんでしょう。またスーパーロボットに戻してどうするんだよ!

 ユニコーン以上にしょっぱかったのは本編の中心になるストーリーが「ラプラスの箱」の秘密についてです。ストーリーの冒頭から秘密ありきで始まりエンディングまで引っ張ったラプラスの箱なんですが、種明かしは福井さんのイメージしていた盛り上がりとはほど遠いしょっぱさです。作家の気質として物語の中心に「謎のワード」を置くことが、賢いストーリーをかんがえたオレっていう感じになっちゃうようです。巨人モノで「巨人誕生の謎が明らかになる」とか「使徒とは?」など、結論が出ることによってより虚しさだけが残るお話が多いです。
福井さんはラプラスの箱の正体が「何だこんなモノだったのか」っていう逆説的なオチとして狙ったのかもしれません。自腹で購入した最終巻がラプラスの箱の種明かしだったのがよりイラっとさせるんですよね。個人的な感想ではラプラスの箱なんかより、テム・レイが作った「こんなモノ」のほうがストーリーの中では意味があるものでした。
ガンダムUC を未見な人にはラプラスの箱のネタバレは可哀相なので、自分がガンダムUC を観ていて早い段階でガッカリしたシーンを書いておきます。1話目で主人公とヒロインがミスト財団の当主のお屋敷に、戦争回避のための直談判に向かう場面でのこと。両者はコロニー内にあるミスト財団のリーダーのミストさんのお屋敷へ無断で玄関から侵入し、装飾のタペストリーの絵を見ながら図案の中に象徴的なユニコーンの絵を見つけます。
演出は主人公がタペストリーを見ることありきのようですが、お屋敷へセキュリティーもなく無断で侵入できる非現実性は違和感がいっぱいです。直後に財団の当主が現れたときのヒロインのセリフが「断りなくお屋敷に踏みいったご無礼をお詫びします」というもの。福井さんは他人の屋敷に勝手に入ることの非礼は理解してるんでしょうけど、地球にもコロニーにも玄関から応接間まで勝手に入れるようなお屋敷は存在しないことは思いもよらないんでしょうね。こーいうシナリオの都合で常識が無視されるシーンはアニメではよくあるパターンなんですが、安彦さんなら多分こんなシーンは作らないです。

 安彦さんはラジオの中で「人の演技はこだわる。人のドラマなので人が描けてなきゃダメ」と発言しています。ファーストガンダムの監督としての富野さんに対しては「富野は苦労人なので人を判っている」とリスペクトしているようです。ファーストガンダムが群像劇と言われたのは、富野さんの演出のなせる技なのは間違いありません。安彦さんの言う「人のドラマ」というのは戦争している敵も味方も、それぞれの事情を持った普通の人々ということです。アムロやララァなど特異な能力を発揮するキャラもいますが、彼らは選ばれた者ではなくてたまたま戦争中に能力を発揮しちゃった不幸な人として描かれています。
ファーストガンダムのテーマは何だったのでしょう?人の覚醒とかニュータイプ、ましてや反戦なんかは当時のガンダムブームの中で富野さんやアニメファンが後付したモノに過ぎません。本編で一番こだわっていたのは「戦う理由があるのか?」ということでしょう。ジオンも連邦も全ての兵士にはそれぞれの命令のもとに戦っていました。難民になる民間人にも生き残るという目的があります。この作品の中で唯一戦う理由が見つけられなくて苦悩していたのがアムロです。軟弱者のカイさんですら戦う理由を見つけます。アムロは怖いのがイヤなのに怒られなだめられながらいやいや戦っていました。いやいや戦ってるのに強くなりすぎたから、ララァに「守る者がないのに戦ってるのは不自然よ」って図星を突かれちゃいます。

 安彦さんの「イヤな予感」というのはガンダムが戦争を取り扱うことが前提なのに、人のドラマじゃないストーリーになることの危険さだと思います。当時ファーストガンダムを観た人ならギレンが本気で「有能種である我ら」なんて思っていないことは理解できてるハズです。単純なプロパガンダなんですが、以後の作品に多大な影響を与えちゃうんですよね。富野作品も含めてほとんどの続編ガンダムはヘンな政治思想によるテロリスト的に戦争を仕掛けるストーリーになっちゃうんです。したがって戦闘中も「正しい」とか「正しくない」って言い争いしながら戦っています。
戦争を前提にしたストーリーで戦う理由が正しいかどうかの議論って幼稚じゃないですか?一年戦争は地球圏とコロニーでの格差による不平等が原因のように描かれています。ジオン公国もちゃんとした独立国家ですからテロではなく戦争の物語です。テロリストのストーリーの問題点は思想的な信念が戦いのモチベーションだから、会話がかみ合わないことです。ギレンには政治家としての判断が一年戦争だったという感じが出ていますが、ジオン復興をお題目にしてるキャラだと何言っても伝わらない虚しさがあります。
それと強化人間シリーズや、戦うことを楽しんでいるパイロットも人のドラマに馴染みません。心がない人形のようなパイロットや、戦闘中に笑いながら目がイっちゃてるパイロットなどです。そういうキャラは、ゾンビやモンスターのようなもので人のドラマとはいえません。ファーストガンダムでは戦闘中に相手をいたぶるようなシーンはありませんでした。だってどのキャラも真剣に戦ってるんだからね。
人のドラマっていうのは生い立ちを不幸にすればいいってモンじゃありません。群像劇というのはキャラがいっぱいいればいいってモンでもありません。福井さんのガンダムUC の最大の問題点はヒロインのオードリーがつまんないオンナ感が強いからです。ありきたりというか平べったいというか、もう少しくらい魅力的にできなかったのかな?それこそ宮崎 駿 師匠だったら3倍は可愛くできたと思います。なんたって師匠は全共闘時代からの筋金入りのロリコンだから…


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● COMMENT ●

らいかさんこんばんは。

 記事を読みましたが「ガンダムUC」に対して
似たこと考えている人はやはりいたんだな~とw
「ガンダムUC」ってスーパーロボットガンダムUCが
ひたすら敵を倒し続ける展開にさすがにこれはとか
思っていたんで…。
そういえばファーストガンダムまではMSが兵器とし
てきちんと描かれていましたよね。
 これ以降のガンダム作品ではオーラまとったり巨大
な武器庫背負ったりで訳がわかんなくなりましたので。
 自分もラジオで安彦さんの話聞いていたので、なんか
納得できる記事でしたw

それでは

J.B.HAGIさん、いらっしゃいませ。

福井さんが支持する富野的なガンダムと、セイラさんに象徴される安彦的ガンダム。
どっちが正しいガンダムなのかはUCとオリジンで決めればハッキリするでしょう。
UCが好きな人がいてもいいし、オリジンが好きな人もいいです。
でも、両方好きっていうのはなんだか飲み込めませんね。
モデラーの方々にとっては見栄えのするMSが出てれば満足なんでしょうけどね。
安彦さんはラジオでは遠回しに福井ガンダムを否定したんだから
福井さんも公の場でオリジンを批判をしてくれたら面白いんですけどね。


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