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2017-08

僕が私に・・・ - 2017.04.15 Sat

平沢ゆうなさんの体験ルポマンガ「僕が私になるために」です。

 このマンガは実際に性同一性障害(GID)の性別違和だった平沢ゆうなさんが、“男性から女性になる顛末の実体験”をマンガにした作品です。平沢さんはLGBTでいうところのT(トランスジェンダー)にあたります。タイトルの僕が私に・・・は比喩的な表現ではなく、タイで性別適合手術(SRS)を受けることを意味しています。性別適合手術とは昔でいう性転換手術のことです。どうして呼び名が変わったのかは他のLGBT用語と同じで、当事者たちが言葉の意味をどう捉えるのかによるみたいです。
平沢さんのマンガにはマイノリティーレポートにありがちなメッセージ性や問題提起がありません。当人が性別適合手術をした時の怖かった体験や痛かった体験をそのままマンガにした作品です。小雪&裕子さんのエッセイマンガでも「社会に判ってもらえない私たち」という立ち位置なので、LGBT 対 無理解なマジョリティという図式になりがちです。
平沢さんはこの作品のあとがきで『自分からは何も伝えないようにしよう』と書いています。LGBTに限らず世間から風当たりの強い立場の人たちは「私たちを認めて」と主張するほど「認めてくれない人を認めない」という自己矛盾を回避できません。だから「差別をやめよう」とか「社会的にこうして欲しい」という要求部分は終始、排除するようにしたとのこと。小雪&裕子さんたちのエッセイには「社会に認められないもどかしさ」や「誤った知識や思い込みで語る世間に訴える」という語気があります。LGBT報道の第一人者である北丸雄二さんも最新の海外LGBTトレンドを伝えていますが、その立ち位置は社会運動とか哲学論のような報道ベースになっちゃいます。LGBTの正しい?解釈は北丸さんの受け売りも多いのですが、本質は『オッパイがいらない人やオッパイが欲しい人』の話なのであって、正しいとか間違ってるというたぐいのことではないんでしょうけどね。北丸さんは最も賢いタイプのマイノリティなので、論破することが解決策になる信じています。しかし普通の人々は論破した相手のことを絶対に受け入れません。このジレンマの無意味さを訴えていたのが、前回書いた牧村さんの脱LGBT宣言なんでしょう。

 平沢さんの体験した“僕が私に・・・”とは具体的にいうと、僕(オトコ)が私(オンナ)に変わる手術をしたということです。トランスジェンダーとは「身体はオトコでも心の中はオンナ」っていう漠然としたイメージですが、身体はそのまま気持ち(生き方)だけはオンナでいようとする人から、オトコの身体でいることが我慢できない人、オンナの身体を手に入れたいとする人まで千差万別です。LGBTを考えるときの注意すべきは『そーいう人もいるが、そうでない人もいるので、一緒くたに分類してはいけない』ということです。社会的な役割だけ男性から女性に変わればいい人も、身体も戸籍も女性になる人も個人の事情や自由によります。北丸さんのようなジャーナリストの発言には個人の都合を許さないようなところがあるので、平沢さんのようなマンガ媒体のほうがマイノリティのテーマを扱うのに向いているのかもしれません。「最先端のアメリカのレズビアンの活動は・・・」って言われても、日本人のレズビアンはアメリカのレズビアンになる必要はないですよね。
タイで性転換手術というのはけっこう昔から言われていたハナシです。だから空港でブローカーにスクーターで連れられて、ジャングルの奥にある無免許医が無謀な手術代を請求するけど、タイの物価が安いので大丈夫だったっていうイメージでした。平沢さんが実際に経験したタイは送迎は日本車でホテルのスイートルームに待機、病院も大きくて性別適合手術の先進国らしくてサクサクと進みます。日本でも性同一性障害の治療や性別適合手術を受けられますが、サクサクとはほど遠いみたいです。なんだか人目を忍んでタイでこっそり性転換してくるっていうイメージではないようです。タイではトランスジェンダーの方も普通に職場で働いていて、日本なんかよりもマイノリティの市民権は保障されてるようです。

 それでは平沢さんがタイで受けた性別適合手術とはどんなもんでしょう?シロウト考えでもオンナになるためにジャマなものといえばチンチンでしょう。そこまでは想像できますね。じゃあ切っちゃえばオンナっていえるのか?といえば、それじゃ満足いかないでしょう。本編ではソーセージと揚げ巾着袋、厚揚げ、ちくわを使って施術を再現しています。ザックリソーセージはチンチン、揚げ巾着袋は陰嚢、中のうずらの煮卵はタマタマ、厚揚げは恥丘、ちくわは腸の一部を表しています。
だいたいイメージ通りなんですが“ちくわ=腸の一部”というのがひっかかりますよね。腸の一部は膣を作るための部品です。これを造膣というそうで、腸を使うのはS字結腸法といいます。日本語の便利なところは漢字で書くと内容が想像できるところです。S字結腸って、うわっって感じですね・・・
腸を使うのは施術的にも予算的にも負担が大きいので造膣なしでもOKだそうです。その場合は揚げ巾着とソーセージの中身をくり抜いた皮で、大陰唇と小陰唇を作って外見がそれっぽく見えればいいそうです。外見の形状が女性器のソレっぽくないと戸籍変更ができないレギュレーションなので、切りっぱなしというワケではないようです。当然、膣がないんだから性交渉は出来ないので、オンナになってオトコに抱かれたいという目的には向きません。しかし社会的身分や行政サービスを手に入れることが目的ならば必ず造膣しなきゃイケないってことではないです。これはマジョリティな女性にもいえることで、すべての女性がオトコとセックスしたいと望んで生きてるんじゃないでしょう。しかし平沢さんは男性との性交渉を前提として女性になりたかったんですね。
自分は性転換手術というモノはもっとフェイクな整形手術だという認識しかありませんでした。女性器を作るといっても、卵巣が作れるわけではないので生殖機能までは無理です。でもアッチのほうの機能に関してはかなり実用的に作られてるようで、手術前にナースから『How long ? you want ? 』って聞かれるとのこと。コレは膣の深さの希望を聞いているんです。ソーセージを使う膣は当人のソーセージの長さが膣の深さになるが、腸を使う場合は限度までは希望が叶うとのこと。お相手の感触もホンモノにかなり近いらしいので、膣も内臓なんだなぁと思い返す日々ですね。

 マンガのハナシなんですが、平沢さんはマンガ家としての活動をベースにしていくとのことです。したがって性同一障害の人がマンガを描いたのではなくてマンガ家を目指していた人が性同一障害だったっていう感じです。ちょっと気になるのは本当のことをマンガで描いて出てきたマンガ家は、その後の作品で評価される可能性が低いっていう印象です。フィクションがマンガなのにノンフィクションを先に出しちゃうのは、次回作以降に何を描くかが大変になっちゃいます。作者の作品が評価されたんじゃなくて体験の面白さ(興味深さ)が評価されたっていうことになっちゃうから。
平沢さんの描く「僕が私になるために」はとてもテンポ良く読めて、絵柄も好感がもてるマンガらしいマンガです。全編通して手術の痛さや痛さや痛さがとても伝わってくる作品です。切り取ってもう存在しないハズのソーセージの幻肢痛(失ったはずの部位の痛み)とかダレーション(どう説明すればよいのやら)などなど・・・
興味深いのはコマの割り方やナレーションの入れ方が、完全に少年マンガの定石なんですよね。平沢さん自身が自分のことを男性よりも女性なんだって決めたんですが、マンガの描き方は少年マンガの技法なんです。今後はせっかく性別を変えたマンガ家がストーリーを考えるんだから、男女の機微をテーマにしたマンガを描いて欲しいですね。


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