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2018-08

スーパーカー列伝 3 - 2016.08.16 Tue

サーキットの狼ミュージアムからの続きのラストです。

 いい感じにスーパーカーを見てきましたが、もう写真もネタ切れ気味です。 あまりにも写りの悪い写真や、相方が映り込んじゃってネットに上げられない写真ガ多いからです。 それよりも実車を前に1時間は語り合えるので写真を撮り忘れちゃった車種もあります。 展示台数は20台弱ですがスーパーカーに思い出がある方でしたら盛り上がること請け合いです。 学芸員のおっちゃん達もストラトスのエンジンルームやカウンタックのドアを開けてくれたり、聞けば10倍答えてくれるのでエンスーの勉強になります。
逆にスーパーカー?何それ?って方にはちょっとキツいミュージアムです。 自分らはサッカー遠征のついでに地方のトホホな観光を趣味にしてるから、かなりトホホでも許せちゃうんです。 しかし家族旅行とかデートにはまったく向かないミュージアムです。 お母さんや彼女さんは必ず怒り出します。 本気のクラッシックカーファンにとっても中途半端に70年代前後の車種しかないから物足りなさがあるでしょう。 

 ブログ画像 フォト サーキットの狼 14

お客さんんが移っていないのは他にひとりしか見学していないからです。 自分らはふたりなのでまだ間が持ちますが、ここにひとりでいるのは勇気がいります。 


 YATABE RS
 ブログ画像 フォト サーキットの狼 8

この異様なクルマは YATABE RS です。サーキットの狼でディノ レーシング スペシャルと言われていたマシンです。 その実車の存在はウワサレベルで聞いていましたが、まさかここで見ることができるとは思っていませんでした。 これは劇中で谷田部行雄という瀬戸内海の島に、マン島のようなサーキットコースを作っちゃうような富豪のおじさんが作ったマシンです。 それまで谷田部氏が目をかけていた沖田が結核で死んでしまい、遺品になったディーノ246GT を風吹祐矢のために本格レーシングカーに改造したって設定です。 谷田部といえば昔のカー雑誌に何度も登場する「谷田部のテストコース」というのがありました。 マンガに登場する谷田部氏はこのテストコースを作った人がモデルなんだと思っていましたが、テストコースは財団法人 日本自動車研究所の所有で谷田部町のあったから谷田部コースと呼ばれていたようです。 こーいう事実とフィックションを混ぜられると読者(子供)は混乱するんですよね。
このマシンは当時の自分のまわりの子供たちに波紋が広がりました。カウンタックもロータスヨーロッパも実在するスーパーカーなのに、このディノ RS は架空のマシンであるっということの子供でも疑問を感じていました。そもそも市販車であるディーノ246GT とマンガに登場するディノ RS はまったく似ていません。子供たちにも子供なりにリアリティを追求しています。 プラモ人気もイマイチだったんじゃないかな? (自分のまわり調べ) ちょうどその頃に童夢-零という林みのるさんが作った実在はするけど販売はしていない国産スーパーカーも現れます。 マツダのサバンナRX-7という値段も性能もスーパーではないけどリトラクタブルライトのスポーツカーもあり、スーパーカーの線引きはつねに曖昧なモンでした。当時としてもモンスター中のモンスターだったはずの AC コブラ だってアメリカ製、丸目、オープンカーということでスーパーカーという認識はされていませんでした。
自分がディノ RS で気になっていたのは流石島レースに風吹祐矢が出たとき、ほかのクルマがグループ2~グループ5(市販車ベース)なのに、ディノ RS だけがどう見てもグループ6(プロトタイプ)って感じでズルくないか?って思っていました。

 ブログ画像 フォト サーキットの狼 1

市販のスポーツカーが写真のようなレーシングカーになることに関しては、違和感よりもなるほどって思いました。 後追いの知識ながらフェラーリ 330P の意匠を継承するあたりに説得力のあるカタチだと思ったくらいです。このマシンも当然ながらディーノを改造したんではなくて、パイプフレームにアルミボディ、エンジンはフェラーリ 328 のV8を横置きにしています。 
このマシンの元ネタは67年にピニンファリーナが作ったディーノ206 コンペティツィオーネというコンセプトカーです。そのネタをパクってマンガ登場させたのがディノ RS だったんでしょう。 このディノ RS 実車化プロジェクトもピニンファリーナのマシンを大いに意識して作られたそうです。 イタリアのフェラーリ本社にもハナシは付いてるけど、車名はフェラーリでもディーノでもないクルマがフェラーリを名乗るのはダメらしくて YATABE RS となったみたいです。


 ニッサン R382
 ブログ画像 フォト サーキットの狼 10 

最後のマシンはサーキットの狼の本編に、まったく関係のないビッグネームです。 奥座敷に隠されるように展示?されていたのは ニッサン R382 でした。 このマシンはホンモノのレーシングカーで69年の日本グランプリでワンツーフィニッシュした時の2位になったマシンです。 R382 は北野元さんの20号車(オレンジ)、黒澤元治さんの21号車(黄色)、高橋国光さんの22号車(青)の3台が作られました。 その後、現車の保存状態が悪かったのと、レプリカとかレストアとか手際が悪く黄色号が2台になっちゃったりしてました。 このオレンジは復元不可能なパーツのみ部品を製作してリペアし、カウルなど当時のままで使えるパーツは当時の傷跡を残したままのレストアです。
やっぱり後追いの知識ながらこの ニッサン R382 は日産と書かれながら中身は旧プリンス自動車のメンバーが打倒ポルシェで作った R380  の後継モデルです。 プリンスはポルシェと第2回日本グランプリから数えて5回戦っていてプリンスの3勝2敗です。最後の対決になったのが69年で、その後トヨタ7に対抗するグループ7マシンの R383 を開発したけど、自動車会社の都合でレースから撤退し幻の名車になっちゃいました。 トヨタ7は先行して69年にデビューしたけど R382 ラップ遅れにされる体たらくでした。この頃のトヨタの本気でレースを取りに行かない姿勢は、現在のトヨタのレースチームにも重くのしかかっていますね。

 ブログ画像 フォト サーキットの狼 11

リアカウルやシートは外されてフロア内に散らかされていました。 見放題というかさわり放題な感じの斬新な展示方法です。 これは資料として写真を撮らねばって思ったんですが、何の役にたつ資料なんでしょうね?気がつけばこのマシンだけ写した枚数がやたら多かったです。あらためて思うのは自分が好きだったのはスゴい乗用車ではなくてスゴいレースカーだったんです。


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