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2019-10

帰宅困難の夜  - 2012.03.11 Sun

2011年3月11日 

 あの日は埼玉県の某メーカーへ訪問中でした。 工場の敷地内の資材部の建物の2階で見積書をテーブルに広げて、先方の資材部長と打ち合わせ中に2時46分をむかえました。 どーんという衝撃よりもぐるんぐるんと丸く揺すられ続けるゆなイヤな揺れ方。 
「地震の揺れが激しいのは最初の30秒」という根拠のない言い伝えを考えながらも1分を過ぎても収まる気配がありません。 部長と二人で机を抑えながら「自分の家のテレビは倒れたな」という覚悟をしていました。 揺れもおさまり二人で建物の外へ出てみると、多くの工場の従業員が敷地内の駐車場へ避難していました。 点呼やら安全確認やらで慌ただしく出入り業者の自分いは妙な居心地の悪さです。 
資材部長も地震の対応に奔走してるし見積もりどころじゃなくなっちゃったので、とりあえず帰ることにしました。

 営業車にもどりラジオを聴くと、いよいよ大変な事態になっているようでした。 すべての鉄道は止まっていて渋滞も始まっている。 九段会館の天井が落ちたとかスーパーだかの立体駐車場のスロープが落ちたなど。 お台場で火災が発生してるとかしてないとか。 今いる場所が自宅に近いので秋葉原の会社に戻ってもそこから帰宅する方法が無いことが予想されました。 たぶん多くの方々が帰宅難民になることが想像できます。 自分は直帰申請をしたかったんですが、なにしろケータイがつながりません。 サラリーマンの辛いとこで「事後報告だと怒られるかな?」って頭をよぎり、アキバに向かう覚悟をしました。 
結果としてはこの選択が正解だったんですが・・・ クルマは思ったよりは流れていて地震の影響を感じさせるような混乱や倒壊した建物もなく、ラジオの中の緊迫感と日常っぽい景色にギャップがありました。 いつもの習慣で金曜日は帰社前にガソリンを入れるんですが、こねも後々にとって正解だったようです。 相変わらず会社と連絡つかないので、まさか会社のほうも自分の安否がわからずに大騒ぎになっているとは思いもしませんでした。 道路は徐々に混み始め、歩道には溢れるほどの歩行者。 アキバ周辺まで来て大混雑ぶりにやっとラジオと現実が同期しました。

 やっとこ会社に戻ると想像以上の歓迎?を受けました。 他の営業マンはとっくに帰社していて会社全体で「自分待ち」の状態だったとのこと。 黙って帰宅していたらと思うとゾッとします。 社員全員が会議室に集まっているから早く来いとのこと。 さっきの資材部長に電話したかったんですが「今、仕事をしている会社なんかない!」と言い切られました。 
会議室に入るとさらに大歓声で迎えられて、ちょっと怪しい空気すら感じました。 カップラーメンとコンビニおにぎりが用意されていて、帰社と同時にお湯を入れてくれる気の使いよう。 夕礼が始まったが「お前は食べながら聞けばいいから」と言われる。 この食料は地震後の3時には社長の指示により近所のコンビニで社員の人数分を買い占めさせたとのこと。 今回の震災での“買い占め第1号”です。 夕礼では自分を歓迎してくれた総務部長が帰宅方法についての説明中でした。 ホワイトボードに4人づつのグループがわけられていて、千葉とか横浜とか書かれている。 なんと、千葉と書かれたその横に自分の名前が書き足されたのであった。 
会社としては、今日中の鉄道の復旧はあり得ないと判断。 パート社員は3時の段階で帰宅させ、電車で数駅分の距離の男子社員も順次徒歩にて帰宅したらしい。 問題になったのは遠方の社員と女子社員をどう安全に帰宅させるかということ。 4台の営業車に分乗する作戦で千葉方面が自分の担当に決まっていた。 さっきまで渋滞の中を走ってきたのに・・・ 千葉チームは全員女子社員で、水戸街道ぞいに松戸から柏、埼玉の上尾というコースです。 ガソリンのことを訊かれ「満タン」と答えると最近では一番褒められた。

 さっそく出発だけど女子4人組にはまずトイレに行かせた。 そして、おのおの机の中に隠し持ってるお菓子類を全部集めさせた。 何時に家に着くのか想像もできないから。 全員を送り届けたら総務部長に連絡をしたら終了との指示。 
17時30分 長い長い帰宅困難の夜がスタートしました。



 17時30分に千葉方面チームは水戸街道に向けてスタートしました。 しかしスタートしただけでクルマはまったく進んでいません。 交通事情は帰社当時に比べてさらに悪化し、蔵前橋通りに出るだけで30分かかりました。 多分、時速500メートルくらいです。 歩いてる人たちのほうが速い状態です。 多くの方々が徒歩で自宅を目指す覚悟をしたようで、歩道はかつて無いほどの大混雑になっていました。 まるで花火大会のような景色です。 「渋滞に対する不満は絶対言うな」と言い聞かせてましたので、ブゥーたれる娘もいません。 
むしろ、この非日常な事態を楽しんでるかのようでした。 
「あんたが千葉チームの運転手になったのは私のおかげだからね」
ほぼ同期入社で二つ下のクッシーが、助手席で恩着せがましく言う。
「女の子ばっかで幸せ独り占めじゃないですか」
自分のアシスタントのあゆは、後部座席中央ですでにお菓子を開けてる模様。
「女の子じゃない人も混じってますよ」
運転席後ろは串田女史をクッシーと呼べる唯一の女子の穂坂さんだが、女の子に入るかの微妙なラインです。
「私、営業車に乗るの初めて!」
残る左の席は経理課の高橋さんで、唯一の既婚者です。 
たしかに、このメンバーじゃなかったらもっと陰々としていたと思います。 特に社長と常務を乗せた相沢クンの役員チームのことを思うと気の毒でなりません。 たまたま千葉方面に住んでる女子がクッシーのお気に入りの子たちだったのも幸運でした。 そう、クッシーはお局を通り超して“女帝”になりつつある我が社の権力者だからです。 彼女は嫌いな人には容赦しません。 それが女子社員でも上司でも取引先の担当の人でも・・・

 東京は大混乱というよりも大混雑という印象でした。 目立って被害を受けた建物も見かけずパニックや暴挙もありません。 歩行者は整然と、クルマは辛抱強く帰宅を目指して頑張っているようでした。 どう見てもクルマより歩行者のほうが早く帰れるようです。 でも彼女らはお喋りに夢中だから渋滞に文句を言いません。 車内は移動する女子会のようになっていますから。 
江戸通りから駒形橋を渡るつもりでしたが、まったく動かないので浅草を抜けて言問橋を目指す作戦に変更。 都心から放射状に伸びる幹線道路はクルマが集中しているが、横に向かう道は動かなくも無いようでした。 
水戸街道に右折で合流するのは実質不可能なので、なるべく左側を走るように工夫しました。 東向島から四つ木橋の手前までワープできたので相当“走った感”がありました。 あまりにも渋滞すぎて、クルマが走るというだけで車内は大歓声です。 クッシーがこんなに自分を褒めてくれるのも珍しいです。
「あそこら辺に見えるハズなのが東京スカイツリーで~す」
出発から4時間をすぎてもまだ荒川すら越えていません。 
「ラジオも渋滞情報はいいから“渋滞してない情報”を流せばいいのにね」
誰かが言ったごもっともな意見です。
ラジオで知った新たな情報はディズニーランドの駐車場が液状化現象をおこしてお客さんが帰れないこと。 千葉のコンビナートで火災が発生したこと。 JR等の主要駅が大混乱していること。 この地震の本当の姿は、まだ全然伝えられていませんでした。 

 ちょっと路地に入って小さな公園でトイレ休憩。 本当はコンビニに入りたかったんですが徒歩帰宅者の方々でごった返してました。 まさにマラソンの給水ポイントかまさにオアシスって感じでした。
なんか怖いらしく4人が交代で見張りをしながら用を足っしていました。 
「見ててやるから、あんたもおしっこしときなさいよ」  
クッシーが言いましたが、見なくて結構と断りました。
さすがにみんなも座り疲れたようなので、10分くらい公園で休憩しました。 道路はクルマも人も溢れもの凄い喧噪の中にいたのですが、街道以外は静まりかえっていて気配がまるでありません。 自分たちの声が響きすぎるので騒がないように釘をさしておきました。 
クッシーが「肩を揉んであげる」と可愛いことを言うのでお願いしました。 けっこうチカラがあって気持ちいいんですが、人に触ってもらうことがほっとするのかもしれません。 あゆと高橋さんがウチらを見て「ひゅーひゅー」とはやしたてました。 だから、騒ぐなって言ってんだろ。 ウチらと付き合いの長い穂坂さんはには「ひゅーひゅー」という光景には見えなかったようです。
さぁ出発というときにクッシーが自販機を指さし「肩揉んだんだから缶コーヒー買ってよ」と言い出しました。 どうやら、あんまは有料だったようです。 他の子たちが「それじゃ私も肩揉んであげる」って言い出したのですが、面倒くさいから全員分のお金を出してあげました。 

 ケータイも電話は相変わらす通じないので、他チームの進み具合がまったくわからない状態でした。 不意にあゆのケータイに着信音。 大森~鶴見方面の神奈川チームからのメールでした。 発信時間が20時なので、メールの着時間にすごいタイムラグが発生しているようです。 メールの内容は「東京タワー なう」 彼らは先行して出発したそうなのですが、4時間でまだ浜松町あたりで苦戦しているようです。 立て続けにメールを着信。 21時の発信で「まだ東京タワーがある」 1時間でまったく動いていないようです。
こっちは休憩もいれて気分一新。 なんとか第一目標の四つ木橋をクリアして、ふたたび裏道に挑戦しました。 お花茶屋を抜けるルートでかなりポイントを稼ぎました。 中川大橋の手前でみごと水戸街道に再合流に成功。 ここからはもう土地勘がないので大人しく道なりに行くことに。 まったく動かなかった道路も大渋滞といえるくらいの流れ方になってきました。 
新葛飾橋まで来てやっと千葉県入りです。 橋を渡ながらふと左手を見ると、そこには車内のすべての灯りが消えた常磐線が橋の途中に止まっていました。 動かなくなって鉄橋上に放置されたままの電車。 それは不気味というか明らかに非日常の景色でした。 地震が発生してから初めて見た震災の現場でした。



かなり前にラジオのアナウンサーが日付が変わったことを告げていました。 クルマは微速ながら進み続けて最初の目的地の新松戸までたどり着きました。 松戸界隈でも歩行者の姿が多く見られ、東京から歩いたんだなぁと車内から関心の声がしきり。 高橋さんの家は以前も送ったことがあるし、新松戸の顧客を担当していたことがあるので道はだいたい解ります。 記憶を頼りに路地を曲がって行くと高橋さんに「スゴイ、覚えてるの?」とお褒めの言葉。 でも、どの建物かが解らず記憶なんてこんなモノですね。 玄関で高橋さんを下ろすと家の中から旦那さんが出てきました。 挨拶やらお礼やらでお互いにぺこぺこしてると、なんと彼は大田区の蒲田から歩いて帰ってきたそうです。 彼自身もいましがた着いたとのこと。 娘たちは「旦那さんすげえ」って話で持ちきりになり、なぜか運転手である自分はダメという評価になっています。 旅はまだまだ続くので早々に出発しました。 ふたたび水戸街道を柏へ向けて合流したころ、あゆのケータイにまた着信音。 他チームの進捗状況かなと思ったら、先ほどの高橋さんからでした。 

「気仙沼が燃えている」

その短いメッセージは、車内の中の震災と現実の震災が全くの別物であることを教えていました。 交通情報や首都圏の災害をくり返す関東ローカルのラジオでは地震の全体像が解らないでいました。 とにかく全員を家に帰ることが重要な課題でした。 「燃えている」で思い出したのが阪神淡路大震災の長田区の映像です。 あの時も関東の早朝のTVニュースは死者19人とか言っていたが、それどころの話じゃなくなっていきました。 新たなキーワードで“津波”が加わりました。 津波で思い出せるのは奥尻島やスマトラ島です。 知識も根拠もないんですが、なんとなく島という文字が共通しています。 津波=丘というイメージがありません。 さすがにクルマの中でもバカっ話をする雰囲気ではなくなっていました。 

 そんな空気を一変させたのは、やっぱりあゆでした。 そろそろ柏駅の近くなので家までの道順を案内させてみたら、実は柏駅はぜんぜん最寄り駅じゃありませんでした。 日頃から柏に住んでると言っていたくせに、実際には柏ですらありません。 しかも地元の道を案内させてるのに道に迷う始末。 水戸街道から複雑に曲がるくねった末にたどり着きました。 着く直前にあゆが家に電話したので、お母さんが玄関前で待っていました。 「まったく箱入り娘だから」ってクッシーにからかわれながらも、あゆはほっとしたようでした。 恒例なので、クルマから降りてお母さんとお互いにぺこぺこ。 
来た道を水戸街道まで引き返す途中に、クッシーが「ここを曲がったハズだ」とか言い出しました。 「コンビニがあったから覚えている」って妙に自信満々なので曲がってみると、まったく見覚えのない工場の横を走っていました。 早めの決断で引き返し先ほどの角をしばらく直進すると、ふたたびコンビニが現れてきました。 穂坂さんがクッシーを批難していますが自分は気にしていません。 クッシーにナビ能力がまったく無いのはよーく知ってますから。 
程なく、穂坂さんの住むマンションに到着。 さすがにマンションなので家族のお出迎えはありません。 穂坂さんにちょっと待っててと言われ、しばらくするとクッシーとふたりで缶コーヒーを買ってきてくれました。 「おやすみなさい」とか「おつかれさま」とか言い合ってると穂坂さんが捨てゼリフを一言。

「今日だったら16号沿いのラブホはみんな空いてるんじゃない?」

 
 国道16号を岩槻方面に。 柏インターの前後は渋滞のイメージが強いんですが、予想外にクルマは順調に流れ始めました。 もう深夜なのもありますが高速が閉鎖されているせいかもしれません。 深夜の16号は長距離トラックの天下なんですが、トラックをまったく見かけません。 商業活動がすべて停止しちゃたようです。
「ラブホテルで地震にあったら新聞に載っちゃうよね」
「東京のラブホは帰宅難民で満室なんじゃない?」
車中は、さっきの穂坂さんの言葉を受けての無意味な会話。 ほかの女子がクルマを降りて場を盛り上げる必要が無くなったクッシーは、過剰にはしゃいだしゃべり方じゃなくなっていた。 さっきまで騒いでいた子たちだって無理やりでもはしゃいでいた感じでしたし。 自分も3人を無事に送り届けて残るはクッシーだけになった安堵感と渋滞がなくなったことで気分が軽くなっていました。
「土曜日は埼スタでJリーグあるから、もう寝る時間はないなぁ・・・」
「観に行く気なの?」ってクッシーはあきれ顔。
春日部を越えたあたりで走っているクルマはほとんどありませんでした。 なんとなくスピードを取り締まるパトカーも出払っていて、捕まる心配もなさそうです。 でも、せっかくだからゆっくりと流すようにクルマを走らせました。 会話が弾むというわけでも気まずい沈黙というわけでもなく、思いついたことをポツポツと喋ってるだけって感じです。 やっぱり地震という非日常の出来事に興奮状態だったみたいですね。
思えばクッシーとは長いつき合いです。 彼女が入社した一月後に自分が転職で入社したので微妙に先輩なんですが、歳はこっちが上です。 営業とアシスタントとしてコンビを組んでいたのでお互いの善し悪しを全部知り尽くした仲です。 もっとも長く付き合っている女友達のひとりですね。

 岩槻インターあたりのラブホテル街を無事に素通りして上尾市内まで。 勝手知ったる道を走ると、しばらくしてクッシーの住むアパートに到着しました。 やっと長かった3月11日に終わりが見えてきました。 とっくに日にちは変わってるんだけど。 彼女は一人暮らしだから、お家の方が出てきてぺこぺこというやり取りはありません。 靜かにクルマを走らせてアパート前に止め、エンジンを切った。 ちょっと寂しい感じのここは、人の気配すら響くほどのシーンとしていました。 クルマから降りるのを待っていたら彼女はなかなか降りません。 「どうしたの?」と訊いてみたら助手席から左手の袖を引っぱりながら・・・

「ひとりで部屋に入るの怖いから、一緒に来てくれない・・・?」

「なに甘えてるんだか」って思いますが気持ちは判らなくもありません。 自分もTVがどうなってるか怖いですから。 すっと袖を掴んだままのクッシーに引っぱられて彼女の部屋のドアの前へ。 もしも部屋がぐちゃぐちゃだったらこの女は片付けを手伝わすつもりだろう。 カギを開けて、せーので中に入ってみると・・・ ぜんぜん散らかっていません。 食器棚の中のガラス類も本棚も32型のブラビアも・・・みんな無事だったようでした。 脱ぎ散らかしたパンツとか部屋干しのパンツとか無いのかなって見回してみても、わりと几帳面なクッシーはそんなヘマはしないようです。 「もう帰ってもいいよ」などと暴言を吐くクッシーに「コーヒーくらい淹れろ」とリクエスト。 1回つづレギュラーコーヒーをドリップできる紙細工みたいなヤツで淹れてくれました。 意外と文化的な生活してるんだと感心しました。 
TVをつけると3月11日になにが起こったのかを、現在なにが起こっているのかを伝えていました。 考えてみれば東北で発生した地震が東京でもあれだけ揺れ、現地ではどれだけの揺れだったんだってことです。
 高橋さんのメールの意味も解りました。 感想とか意見とかを受け入れられないほどの惨状です。 クッシーは泣きそうな顔でコーヒーをすすっています。 

 深夜も3時を過ぎて女性の家に上がり込んでいる時間でもないので、「そろそろ帰るから」と切り出しました。 このまま泊めてくれと言えば彼女は拒まないと思います。 ひとりで部屋に入るのが怖いというのも彼女なりのきっかけ作りなのも承知してます。 お互いに今さらどーこーしたいということも、ましてや恋愛感情もありません。 たぶん、妹がいるとこんな感じかなってことでしょう。 むこうは弟だと思ってるようですけどね。
「運転大丈夫?」って声をかけられたので、靴を履きながらおいでおいでをしました。 ぎゅっと抱くと怒り出す可能性も捨てきれないので、軽く肩を抱きながら頭や背中をぽんぽんとたたきました。 「ぽんぽん」と言いながら・・・ 「なんで、ぽんぽんなんだよぉ!」ってクッシーがやっと笑った。 
「土曜日はサッカーを観に朝一番で家を出るから」と言い訳めいたことも言ってみると、「こんな時にサッカーなんかできるの?」とご指摘。 そりゃそうだ。 この段階ではサッカーも野球も日程がすべてキャンセルになるとは思いもしませんでした。 ベガルタ仙台は試合どころじゃないとは思ったけど

 ついにひとりだけになったクルマを自宅に向けて出発しました。 もう交通情報も被災情報も必要無いのでラジオをFMに合わせて。 NACK5を聴いていると、なんとこの非常時に音楽を流していました。 簡単な被災地へのメッセージといっしょに。 さすがFM局は違うなと関心しました。 そこで流れてきた曲が佐野元春の“SOMEDAY”でした。 この曲は地震のあった夜を思い出す曲になりました。

 4時をまわった頃、なんとか家に着いたので部長に電話。 全員の帰宅を告げると「おつかれさま」と労をねぎらう言葉。 神奈川チームはまだ連絡が入っていないとのこと。
家の中はとくに被害もなく、懸念されたTVも無事でした。 さすがにもう寝よう、サッカーももういいやって思い着替えていると・・・ 強烈な揺れが始まり、慌てて今消したばっかりのTVをつけました。 
余震とのことですが、余震という言葉のイメージを覆すような“本気の揺れ”でした。 「怖くて眠れないだろ」って叫びたくなりました。
しばらくしてクッシーから電話がかかってきました。

「怖くて眠れない・・・」

3月11日は終わらないまま朝をむかえました。



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● COMMENT ●

あの地震は参りました。
社内(都内)にいたのですが、サーバ室内の酒瓶は割れるわ、目茶目茶でした。
一部署の面々は戦前に作られたビルに入っていたので、本社以上の揺れを体験したそうですけど、建物自体は無傷ってのが凄いと思いましたw
結局、会社から歩いて帰った根性人以外は呑み屋で時間潰して、次の日に帰りましたね。
呑み屋では常連の外人さんが埼玉まで歩いて帰るって聞いた時、「一杯やってから歩くのかよ」と思いましたw

ぱんぴ さん、いらっしゃいませ。
「帰らない」という選択もアリでしたね。
でも、居酒屋にしてもカラオケにしても決断の早さが勝敗を分けていたようです。

初めまして。
自分もあの地震の時に線路上で放置された電車を見て、不思議な印象を受けたのを覚えてます。
他にも家の側にある踏切が遮断されたまま電車も通らないのにサイレンが鳴り続けてたり、警官が出張って交通誘導したりと、自分には異様な光景でした。

Me262 さん、いらっしゃいませ。
電車って走ってる景色が当たり前なので、止まってる電車の違和感って不思議な感じでした。
鳴り続ける踏切とかって往年の押井守演出っぽいシュールさがありますね。


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管理人のらいかです

マンガを描くという事を目標にして
マンガの描き方を考えるブログです
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