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2018-06

水木先生大往生 - 2015.12.05 Sat

平成27年11月30日午前7時18分、水木しげる先生が永眠されました。
謹んで哀悼の意を表するとともに、心よりご冥福をお祈りいたします。
水木先生、安らかにお眠りください。

 水木しげる記念館のHPより抜粋しましたが、享年93歳でありながら最後まで現役のマンガ家だったという“妖怪の域に達していた”水木先生は、追悼というよりも「はなむけ」っていう言葉が似合うと思います。 藤子Fさんや石ノ森さんと並ぶ日本人なら誰でも知っているマンガ家ですね。 しかし著名なマンガ家でありながらそのマンガ作品を読んだことがある方はそんなに多くはいないように思います。 元々は画家志望で戦後のどさくさに紙芝居絵師、貸本マンガ家をへて少年誌でデビューという戦後の風俗史を体現してきた経歴です。 自分が少年マンガを読み始めたころには水木先生は活躍の場が大人向けの本へ移っていたと思います。 「ゲゲゲの鬼太郎」という国民的アニメも自分は観たことがなかったので、水木先生との作品での接点はほとんどありませんでした。 「ど根性ガエル」のドラマ化で吉沢やすみさんを思い出したのと同じ原理でしょうか?
自分はどちらかといえば新しいマンガを探していましたので、手塚治虫さんやトキワ荘のマンガ家たちにはあまり郷愁がありません。 ましてや昭和というか戦前からってイメージだった水木先生の作品は読もうっていう発想すらありませんでした。
水木先生の訃報に対する多くの方々のコメントは先生の生い立ちや経歴、独特な人徳にたいする賛美や思い出でしたが、作品を評する追悼をしていたのは町山智浩さんくらいでした。 そもそも水木作品の影響を受けたっていうのもめずらしいんでしょうけど。

 水木先生の代表作といえば「ゲゲゲの鬼太郎」「河童の三平」「悪魔くん」の妖怪三部作ですが、前記の通りで自分はどれも読んでいません。 鬼太郎のアニメ版は何度もアニメ化されている人気コンテンツです。 大抵の日本人は自身が小学生の時に必ずアニメが放送されていたんですが、自分は小学生のころこそ妖怪とか子供向けというコンテンツを毛嫌いしていたので観ていませんでした。 したがって当然ですが鬼太郎ファミリー?のフルメンバーを知りませんでしたし、目玉おやじの「おいっキタロー」っていう物まねの定番フレーズ以外のセリフを知りません。 レギュラーキャラの一反木綿を“いったんもんめ”だと思っていました。 木綿って何だよって思いましたが、アノひらひらしたヤツは木綿製っていうことだったんですね。 会社の女子に指摘さてるまでずーっと「あのひらひらしたヤツの重さが1匁(もんめ)」だと思ったんですよ。 だって布に見えないじゃんアイツ!
妖怪や怪奇を題材にする場合、サービス精神が行き過ぎちゃって丹波哲郎さんやつのだじろうさんのように「本気で霊界は存在する」って感じのパフォーマンスに走る傾向があります。 水木先生も妖怪業界では大御所なんでしょうけど、立ち位置はは円谷英二さんが怪獣業界の大御所っていう感じに近かったんじゃないかな?円谷さんは怪獣は実在するって言わないでしょう。 ただ当時はオカルトブームっていうのがあったし、日本では河童もいる設定だからややこしいんですけどね。 子供のころに住んでいたところにあった用水路にも河童の絵で「あぶない!」の立て札がありました。

 

「総員玉砕せよ!」などの戦争モノも有名ですが、追悼記事でみんなが書いているほど読んだことがある人は多くないと思われます。 自分はマンガ出版の栄枯盛衰を見てきましたが、想像するに水木しげるの書き下ろしを買う人が多いわけがないでしょう。 水木先生にしても手塚さんや石ノ森さんにしても、マンガの黎明期を支えたマンガ家さんたちはマンガの新しい表現を模索する流れに上手く乗れないで苦労してりました。 鬼太郎などは赤塚マンガのようなキャラ=マンガというタイプですが、時代はより新しいマンガ表現に変わってしまいました。 取り残された水木先生や多くの先人たちは青年誌とかで大人向けマンガという前代未聞なジャンルを開拓しようとしましたが、そこに立ちはだかるのはさいとうたかおさんなど劇画系のニューウェーブたちです。 町山さんが絶賛していた「ベトナム戦争へ行く鬼太郎」や「セックスしまくる鬼太郎」などは水木先生の迷走時代の作品だと思います。
そんな「水木しげるなんか誰が読んでるんだよ?」って時代でもなぜか「ゲゲゲの鬼太郎」は定期的にアニメ化されるので水木先生の知名度は下がることはありませんでした。 尾田栄一郎さんの名前にピンとこない人もたくさんいますけど水木しげるという名前にピンと来ない日本人はほとんどいないと思います。 でも作品を読んだ記憶がある人って問うとかなりの方が「読んだことはないけどなぁ」って感じでしょう。
水木先生が世に再浮上したのは水木先生のマンガではなくて、マスコミが水木先生という人物そのものが面白いって気がついたからです。 その人物像は半端な人生を送ってきた人の何十倍もキャラが立っています。
いろんな意味で評価が高い「総員玉砕せよ!」は水木先生が南方戦線で部隊が全滅した戦争経験を題材にした作品です。 いろんな立場の人にとっても印象的な戦争マンガなんですが、水木さんの思い出をコメントした人のうちどれだけの人が「総員玉砕せよ!」を読んでたのかは疑問です。 水木先生を反戦マンガ家としての評価をするコメントも多いのですが、それは生い立ちや経歴をなぞってるだけって印象が多いように思います。

 何かのインタビューかで水木先生が『日本はバカだから戦争に負けたんだよ』という趣旨の発言をしています。 これは水木先生が南方戦線で部隊が全滅し爆弾で片手が吹っ飛びながらも生き残った実体験からの発言です。 机の上で戦争を語ってる有識者やネットの中で善悪を語る勇者たちにはかなわない言葉の重さがありますよね。 範馬勇次郎かよってくらいの修羅を見てきたんだからその言葉はホンモノです。 水木先生が亡くなったということはマンガ業界や妖怪業界?にも損失でしょうけど、一番の損失は戦争や戦後のどさくさ、戦後の復興とそのひずみの体験を教えてもらえなくなったということでしょう。 あんなに聡明で後生に伝える手段をもった方々は残り少なくなってきました。 描き残すことができるっていうのは貴重な財産だったんですよね。 とくに水木先生の「戦場ってこういうところだよ」っていうような、信条や思想よりも事実をそのまま知ることができる感じが必要なんだと思います。 水木先生のコメントで『戦争では争いは解決できないんだよ』っていう感じのコトを読んだ記憶があります。 国家や自由がどうあるべきかを国民ひとりひとりが考えるのは結構なんですが、腕が吹っ飛んで麻酔なしで切断手術をすることがどれだけ痛いのかも国民ひとりひとりが考えておいてもいいんじゃないのか?って思います。

 自分が唯一、水木しげる作品で読んだことがあるのは数年前に小学館の「ビッグコミック」で連載していた「ゲゲゲの家計簿」という作品です。 この作品はゲゲゲですが鬼太郎モノの新作ではありません。「ゲゲゲの女房」のゲゲゲ=水木先生で戦後引き揚げてきた水木先生の家族が、紙芝居の絵描きから貸本屋のマンガ家になるくだりを当時の日本の風俗と共に描いた作品です。 水木先生の兄が巣鴨プリズン(巣鴨高校ではない)に入ってるとか、冷蔵庫が中古で1500円とかその時代ならではの描写が面白かったです。 妙に扶養家族が増えてく中で絵描き(マンガ家)という不安定な収入で家計簿がプラスになったりマイナスになったりして、借金したり返したりするマンガです。 ここに出てくる若き日の水木先生は夢の中で妖怪と暮らすような晩年の風貌ではなくてまじめに家族を守るため働いている「標準的な昭和のお父さん」って感じです。 自分も全部を読んだワケじゃないんですが単行本にはなっていないのかな?

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こんにちは

はじめまして!あるブログを拝見していたら、このブログに出会いました。私もブログを開設しています。「鬼藤千春の小説・短歌」で検索できます。一度訪問してみて下さい。よろしくお願い致します。

鬼藤千春さん、いらっしゃいませ。

どうも、はじめまして!
稚拙なブログなれど人生の先輩にお越し頂きまして大変恐縮いたします。
“あるブログ”というのが気になるところですね(笑)


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