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2019-09

シュルツ かく語りき - 2013.11.20 Wed

4月27日の日記「出渕 裕の作るヤマト」の謝罪。

 4月27日の日記にて、TV版放映中の「宇宙戦艦ヤマト2199」について書きました。 この時ではまだ3話目までしか進行していなかったので、開始直後の印象で書いてしまいました。 本編は全26話がとっくに終了しちゃっていますので、観ていた方々には「今更・・・?」ですし観てない方々は「何のこと?」ってお話です。
この日記の中で「出渕さんが監督ですが、『出渕さんが監督なのですが、自分はとてもベストだったと思います』って書いちゃいました。 ようは昔のヤマトを知っていてしかも今風のアニメにも理解がある人材と思ったからです。 出渕さんの才能を評価したわけじゃなくて『ヤマトだったら唯一監督が出来そうなアニメ』だと思いました。 しかし、これは自分のまったくの眼鏡違いでした。 文責を取る意味からも謹んで謝罪申し上げます。

 ヤマト2199が最後どーなったのか?といえば、普通に地球に戻ってきて、艦長も死んで、雪は生き返って、地球はきれいになりました。 大まかには同じなんですが、細部は全くの別モノでした。 初めてヤマトを観たご新規ファンには結構好評なのですが、旧作のリメイクを期待した方はボーゼンだったようです。 最近のアニメにしてはストーリーに方向性があって毎回ドラマが進むアニメなので、ダイオウイカのアニメよりもよっぽどレベルが高い作品だったのでしょう。 でも旧作を知っている方には「その解釈はちがうだろ!」っていう気持ちでいっぱいです。 いっそのことイスカンダルにも行かず「薔薇座のエル星に行って、古代君がエルのお婿さんになれば地球が助かる」くらいに元ネタを無視してくれたほうが楽しめたかもしれませんね。 
ラストの展開(ガミラスの内政問題~イスカンダル到着~デスラー艦の流れ)がもう知らないアニメを観ているようでした。 何で誰もが知ってるアニメをわざわざ変えちゃったんでしょう。 その原因は“シュルツ冥王星前線基地司令官”にありました。 新作の中で出渕さんはシュルツを異常なまでに寵愛してました。 「シュルツって誰?」って方も多いでしょうが、冥王星で反射衛星砲を使った人です。 反射衛星砲はコレを観たレーガン大統領がスターウォーズ計画を思いついた夢の防衛システムです。 
旧作では最初にヤマトと戦うガミラス人なので太陽系内で戦死してるハズでした。 でも、出渕さんはシュルツがお気に入りなのか生き延びてなかなか死にません。 最後まで華々しくヤマトと戦って戦死、二階級特進で名誉ガミラス市民?になってます。 旧作では地方営業所の営業課長っぽいキャラで、本社(ガミラス)にいる重役たちに理解されず閉店を余儀なくされ本社からはクビ扱いって感じの人でした。 出渕さんはシュルツに目をつけて「このキャラは出渕によってキャラ替えされたよね」って言って欲しかったんだと思います。 サッカーの監督が替わるとDFをボランチにしたりFWをサイドバックにしたりします。 それも「オレが才能を見いだした」って自慢したいだけです。 コンバートが上手くいくのは、監督の着眼点よりもポジションを替えた選手の努力のおかげでしょう。 このシュルツ問題がじつは新作ヤマトの崩壊の一歩目だったんです。

 一般のヤマトファンにとってはシュルツやガンツなんかどーでもいい存在でしょう。 重要なのはむしろデスラー総統やスターシャです。 しかしkん回のヤマトにおけるデスラーのアホっぷりには目を覆いたくなるモノがあります。 同様に何言ってんだかわからないスターシャにも・・・ この二人地球をどうしたかったんでしょう? 当時、日本最高のヒロイン(お姫様)と日本初のダーク・ヒーローを今回のヤマトは台無しにしちゃったようです。 「いやいや、それほど酷いとは思わなかった」っていう方は、それはそれで幸せなアニメライフです。 どーぞ、来年公開の劇場版も観に行ってあげて下さい。 完全新作らしいです。 旧作を知らないファンが一番ヤマト2199を楽しめたんだと思います。 作画も綺麗だったしね。

では、旧作ヤマトはどんな展開だったのでしょうか?

1 ガミラスが遊星爆弾で地球を攻撃 地表は干上がり“放射能汚染”で壊滅

2 イスカンダルから“放射能除去装置”を取りに来なさいとのお誘いあり 波動エンジンの設計図付き

3 “大和をヤマトに改造”してイスカンダルに旅たつ タイムリミットは往復で1年

4  冥王星(反射衛星砲)七色星団(デスラー戦法)を経てマゼラン星雲へ

5 イスカンダル星へ行くつもりがガミラス星に着いちゃった ガミラス星とイスカンダル星は双子星

6 ガミラス星もまた崩壊寸前の星で“地球に移住するため”に遊星爆弾で放射能環境を作っていた

7 ヤマトで“ガミラス星をぶっ壊し”イスカンダルに到着 イスカンダルも滅びる運命の星だった

8 お世話になったイスカンダルを出発 死んだはずのデスラーに白兵戦を挑まれ“艦内を放射能汚染”される

9 こんなこともあろうかと組み立てた“コスモクリーナーDを作動させ艦内の放射能を除去” しかし雪は死亡

10 地球が近づき「何もかも懐かしい」と辞世のセリフで沖田艦長絶命 かわりに雪が生き返ったような?

 10行でわかる宇宙戦艦ヤマトです。 “ ”でくくった部分が相違点で旧作と新作で著しく違うのは6~9の部分です。 旧作のヤマトは放射能があると生きていけない地球人と放射能無しじゃ生きていけないガミラス人の戦いです。 旧作の物語のキモは放射能除去装置(コスモクリーナーD)ですが、新作ではコスモリバースシステムに変わっています。 これはアニメ特有のオカルト的な要素のあるメカです。 新作が2011年以降の企画なので、時節柄おおっぴらに放射能とかいうのは不謹慎だし大人の事情で自粛したのかもしれません。 ここでヤマトの大前提が変わっちゃいました。
旧作のヤマトのガミラス人は肌の色が青くありませんでした。 コレは古いアニメに多い指定ミスや手抜きではなくて、「ガミラス人の顔が青い」っていう設定は元々ありませんでした。 したがって、比較的初期段階で登場したガミラス人のシュルツやガンツの作画は肌色に塗られていました。 当然デスラーもです。 何で青くなっちゃったのかといえば「宇宙人だから地球人と区別できるビジュアルの方がいい」ってことで変更されたようです。 当時はまだ録画とか劇場版とかいうモノもありません。 ましてやアニメは子供向け番組なのでファンが検証したりムック本や薄い本が出ることも想定していません。 設定なんて言ったモン勝ちな時代でした。 だから新作は初めからシュルツを青く塗ってもストーリー上では何の問題もなかったんです。 しかーし、設定を考えることだけが唯一の趣味の出渕さんは、シュルツの肌が青くない設定考証を考え出しました。 何でシュルツごとき脇役に思い入れがあるのかは謎です。 誰もシュルツの顔色なんて気にしてないのに・・・

 新しいシュルツの設定では彼は大ガミラス帝星の植民星惑星ザルツ出身なので二等ガミラス臣民です。 植民星の人は遺伝子上のガミラス人ではないので肌が青くないっていう設定(言い訳)です。 旧作シリーズの白色彗星のイメージで全宇宙を支配するっていうSFアニメにありがちな大風呂敷です。 ガミラスをあまりにも強大な勢力に設定し過ぎちゃって、地球を攻めなきゃいけない理由が希薄になっちゃっています。 そうなると旧作の6の地球移住という設定が無くなっちゃいます。 仮に移住するにしてもシュルツの出身のザルツ星を乗っ取ればインフラも整ってるので好都合だしね。 デスラーにはどうしても地球を攻略しなきゃいけない理由が見当たりません。 旧作では「実はガミラスも大変なんだ」っていう部分にデスラーという人物像が単なるナルシストの暴君じゃない本物のダーク・ヒーローでした。 軍記モノというのは戦国武将でも第2次大戦でも、敵の将をリスペクトしなきゃ名作になりません。 敵が昆虫や得体の知れない物質では、戦いではなくて駆除になっちゃいます。 それじゃ人間のドラマではないですよね。 新作のデスラーは旧作以上に指導者として責任ある振舞いをとって欲しかったです。 今回のデスラーは「オレ、本当は父ちゃんなんだ」って言うダースベーダーよりかっちょ悪いです。 新作ではガミラスの内政問題やデスラーの暗殺や死亡説など「はっきり言って本筋には全く関係ないお話」に力をさいています。 そのほとんどが新しく考えたガミラスの設定をシナリオに起こしただけです。 デスラーとスターシャの“大人の恋愛”を膨らませるのか?って期待しましたが、アニメオタク出身の出渕さんにはハードルが高かったようであっさり終わりました。 



 宇宙戦艦ヤマト2199に足りなかったものは何だったのでしょうか? まずストイックさだと思います。 今回のヤマトクルーは999名も乗っています。 旧作では114名だったので少なすぎ?という意見があったようです。 出渕さんの仕事は旧作ヤマトにおける設定の矛盾を解消することなので999人になりました。 何でこんなに大人数なのかといえば、ヤマトの乗員を3交代制にするためです。 乗員の労働環境を改善するため? 3交代制じゃないと乗員を確保出来ないっていう設定? そいうことがリアリティーなんでしょうか? ドメル艦隊と交戦中でも3分の2の乗員は寝てるんでしょうか? 最近のアニメ(ここ10年くらい?)で、主人公は異星人と戦争してるけど高校に通っているとか日常と非日常を両立させる演出が全盛です。(エヴァの学校のシーンとか) しかし戦艦大和をモチーフにした作品でゆとりのある就業環境は違うと思います。 元々地球のピンチで後がない状態で帰還出来る保証もないまま志願した決死隊です。 その乗員たちが快適な旅を満喫するって、宇宙戦艦ヤマトの前提条件としてもおかしいでしょう。 旧作では生存者67名、戦没者47名でした。 ボロボロになりながらの航海だったからこそ艦長の「何もかも懐かしい」が効くんですよね。
乗員が増えたおかげで女子キャラ枠も一気に増えました。 今風に複数のタイプのヒロインを並べてっていうアレですね。 そもそもアニメにストイックを求めるのもどーかなって思いますが、こーいうのがやりたいのならマクロスのリメイクをやれば良かったのに。
新作のヤマトに信念を貫くとか行動に責任を持つっていうタイプが一人もいません。 それどころかそーいうタイプの主人公のアニメ作品が今あるのかどーかも疑問です。 ヘンに現実的で冷めてる現代っ子が主人公だったり、無慈悲に人を殺して「ボクと遊ぼうよ」ってキャラばっかりのような気がします。(ロボットものやバンパイアものはコレばっか?) ヤマトでは地球を救うために戦う覚悟をもっと見せて欲しかったです。 沖田艦長ですら昔の戦闘をくよくよ引きずってるおじいちゃんにしか見えません。 旧作では頑固親父っぷりでしたが、新作ではハイジのおじいさんっぽっかったです。 デスラーにガミラス存亡の覚悟がなかったように、作品全体に「人類滅亡まであと何日」という責任感がかけていました。

 あとヤマトに一番足りなかったのはロマンですね。 松本零士さんが作品で一番こだわるのはロマンのあるお話です。(たぶん) 松本さんも西崎さんもロマンの塊です。 二人は裁判沙汰になるほど仲違いしますが、ロマンという一点では共通してます。 出渕さんのストーリーにはロマンを感じませんでした。 自分が読んできたSFをひけらかしてるようじゃロマンは到底無理です。 宮崎駿さんなどにもロマンがあります。 水島新司さんの野球マンガだってロマンがあります。 どこかのイイ話を真似したってロマンのある話はできません。 作者自身にロマンがなくっちゃ駄目なんでしょう。 それは設定をいじくってるだけの監督には無理です。

旅立つ男の胸には
ロマンのかけらが欲しいのさ

まさにコレに尽きます!

「ほぉ」って思ったら押してね

● COMMENT ●

コメント失礼いたします。

もうアニメを観る事が無くなって久しいのですが
人物の画を見ただけで「松本零士」ではないと感じ
未見です。

こちら、10年程前の作品になりますが
「インターステラ5555」
http://www.youtube.com/watch?v=VOFS-DsB394

「ダフト・パンク」が彼らのアルバムに画を付けてもらった
松本ワールド全開(?)の作品で、オヤジ世代は大喜びでした。

是非、ご覧ください。

また、ご存知でしたら重ねての失礼を
お詫びいたします。

まあ、「同じような感じを味わう」ために見るのだったら、過去の録画を見ればいいですし、画質がきれいなものが見たいのだったらデジタルリマスター版を見ればいいのでありますし。

「作る目的が違う」のだから「視聴後の感想」が違って当たり前ですしねえ。

出渕監督のやりたかったことは、「ロマン」を語ることでも「人間ドラマ」を語ることでもなく、もとの「宇宙戦艦ヤマト」の矛盾点やら疑問点をすべて解決した一個のアニメ作品を撮ることにあったと思われますから、それが趣味に合わない人はつまらなく思えて当然であります。昔のファンがやろうとしては失敗し続けてきた「宇宙戦艦ヤマトをハードに解析する」という難題に対する回答としてはほぼパーフェクトでしょうが、同時にそれは古代や雪や沖田艦長に感情移入することで楽しんでいた人は排除するということでありますし。

また、これはある意味商業的なニーズもあるものと思われます。ガンダムが、半分信者のようなファンたちにより、過剰なまでの裏設定をされて、それによりシリーズが延びたり、玩具や映像の売り上げが伸びたりしている現状では、2199のような作品もそれに見合ったマーケットがあるのではないでしょうか。そしてそれは、過去の「宇宙戦艦ヤマト」を支持した層とは微妙にずれて重なっているのでしょう。

まあ、2199にも過去の「ヤマト」にも、どちらからも拒絶されているように思うわたしですが……。

らいか様
最後の10行・・・につきますね。
私たちホントは仲悪いんです・・・(笑)
雪はメインヒロインとして他の4人と関係してますが、良く考えたら他のガールズ同士の会話は殆どなかったな…と気付きました。

gohtama さん、いらっしゃいませ。

ヤマトは松本零士さんを追放した段階で松本色は無くなっちゃいました。 
佐渡先生に松本キャラの面影が残っているのが、かえってイラってします。 
いっそのこと、高島礼子さん風の色気年増なイイ感じの女医さん?にしてくれたほうが
よかったのかもしれません。 (個人的な好みで・・・)

「インターステラ5555」は初めて観させていただきました。
当時の“最先端のOTAKU culture”が松本零士さんだったんですね。 
コレを新作マクロスにしてもいいんじゃないですか? 松本キャラ・マクロス

ポール・ブリッツさん、いらっしゃいませ。

初代ヤマトはまだビデオデッキが普及する前だし、当時の映像を持ってる人は皆無なので
「新作でイスカンダル編をリメイクする」って聞けば懐かしく観ようっていうのは人情でしょう(笑)

自分の日記でずーっと言い続けていることなんですが、設定はストーリーではないです。
SF考証はストーリーの為にあるんであって、矛盾点を解決することと物語を作ることは別です。
出渕さんは科学考証にはこだわるのにストーリーの大局には無頓着な印象でした。

商業ニーズで考えれば、旧作を観た人たちが劇場に行ったりDVDを買ったりしないから
新作ヤマトは営業的にはみんなが満足する結果だったのかもしれません。
しかし、そんなことは興行主たちの都合であって視聴者にとっては“知ったこっちゃない”ですしね。

ようこんさん、いらっしゃいませ。

出渕さんが唯一スゴいと思えたのは、ヤマトガールたちを仲良しグループにしなかったことです。
これは最近のアニメでは珍しい演出です。 
敵対してるとか憎み合ってるというのはありがちですが (レイとアスカみたいな)
ただ仲良しでないというのは意外でしたね。
ただ出渕さんが人間関係の描写が苦手っていうのもありましょうが・・・

http://blog-imgs-36.fc2.com/l/i/k/likea777/20131126221449145.jpg

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「ヤマトガールズの仲良し描写がほとんどない」という不思議が目立たないという事は、やはり人間関係が全体に希薄だからでしょうか^^。
漫画イラストありがとうございます!大感激!実に素晴らしく本質をついていらっしゃいます。会社の給湯室みたいなヌルさが非常にいいですね。
ちなみに「松本零士さんは現代アニメ・漫画の萌え&フェチズムの先駆者だった」という仮説を検証するのが私の中期目標です(見当違いかもしれないですが・笑)

中学生の感想

初コメント、失礼いたします。
ときどき、らいかさんのブログを読ませていただいてきました。

今回、ヤマト2199がネタだったので、この作品を全部見たうちの中学3年の息子に、らいかさんの記事を見せたところ、

「過去の作品と比較して、あーじゃこーじゃ言ったって時代は変わってるし、今の僕は楽しかったんで、それでいいんじゃない」

とのことでした。

息子は過去のTVシリーズは知りません。
なので、比較対象とすることは出来ないのですが、新作のヤマトが息子にとって100%の完成度だとも思っているわけではありません。

彼の中では、雪が生き返るのはナシだそうですし、デスラーがアホ過ぎて笑えたとのこと。

それでも、自分が生まれてから見てきたアニメの中ではヤマト2199はベスト5に入るし、いい作品の部類だったんじゃないかって思っているそうです。
なので、こういう意見もあると聞いてほしく、私が代わりにコメントを書かせていただきました。

ちよこ さん、いらっしゃいませ。

「この日記を息子さんに見せた」っていうのは、今までにないパターンで面白いですね。

旧作ヤマトを知らない世代にとっては新作こそがスタンダードだから
「今の僕は楽しかった」それでいいですです。
ただ、この日記は息子さんが100%の完成度って思えなかった原因を「旧作と比較することによって考えてみよう」というモノです。

自分は旧作至上主義でも新作排除論者でもありません。(そもそも論者ではないし)
旧作が100%の完成度だと思ってもいませんし、実際は70%くらいの出来なんでしょう。
新作ヤマトは「ソレを出渕さんが足りなかった30%を新作で埋めて100%にする」っていう趣旨で
始まった企画だったんだと想像します。
しかし新作は足りない30%を補っているうちに旧作の本質の部分が30%抜けてしまいました。
無くなった部分が「デスラーがアホ過ぎて笑える」とかです。
第1話から出ていた敵役がクライマックスでアホに見えるのは、ただ単に“出渕監督が無能”からです。 言うまいって思ってましたが言っちゃいました(笑)

「時代が変わってもデスラーがアホになっちゃ意味がない」って息子さんに伝えてください。
たしかにアニメなんて観ていて楽しかったらソレでいいんですけどね。

デスラーがアホに見えたのは、

「デスラーがアホでないとヤマトを合理的に勝たせることができないから」でしょう。

話のすべてを合理的にするためにそう改変したことからも、旧作と新作では、作る目的が違っていたことは明白なのではないでしょうか。

というか「デスラーが賢い敵でならねばならない」と前提している時点で、「旧作至上主義」であるとしか思えないのですが(^^;)

現在の視聴者が見て面白いと思うのであれば、デスラーがアホでも、スターシャが悪女でも、古代守が人間兵器でも、ヤマトが旅の途中で沈んでも、それはそれでいいのではと思います。ぶっちゃけ、テレビ番組なんぞ、コマーシャルによる収益があってなんぼの、「お菓子のオマケ」みたいなものですし。テレビ番組ファンは、オマケほしさにお菓子を買いまくる手伝いをしているようなものですな。構造的には。

ポール・ブリッツさん、いらっしゃいませ。

デスラーがアホでなきゃ合理的に勝たせることが出来ないのなら
そのシナリオを書いた張本人(出渕さん)がきっとアホなんだと思いますよ。
たとえデスラーが登場しなくても、ガミラス人がぶよぶよ星人だったとしても
ヤマトが勝つ理由が“相手の指揮官がアホだったから”じゃ半年間も観続けた人はアホらしいです。
次回作があるならアホ以外の敵とも合理的に戦える本物の演出家にお願いしたほうがいいです。
ぶっちゃけテレビ番組なんぞ・・・っていう一般の方々にだって
半沢直樹やあまちゃんのようにちゃんと作ればちゃんと観てもらえます。
制作者が視聴者や読者を見下すことだけはやっちゃいけないことです。

「テレビ版のデスラーはアホだけど劇場版ではアホじゃない」って言うなら、それも酷い話だし・・・

僕は生きることへの熱が足りないことが気になっていましたが、この記事を読んで色々と合点がいきました。
作品を売りたいが優先されて、おかしくなってしまったのを残念に思います。

甘エビver.2 さん、いらっしゃいませ。

「生きることへの熱が足りないこと」・・・まさにこれ!
言いたかったことを的確に表現していただきました。 
もっとも適切な感想だと思います。
収益を優先して実際にも興行上は成功したんでしょうけど、必死に生きるドラマを作っても
それなりに成功すると思うんですけどねぇ・・・

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