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2020-07

1年越しの回答 - 2020.07.30 Thu

1年前に見た謎が解明された件

 コロナ禍の中なれど 「GO TO キャンペーン」が強引に始まりました。しかし梅雨は終わらず豪雨や雷雨も止まりません。政府のヘンな扇動のせいで観光地がコロナの危険にさらされるという意見やこのままだと観光産業が全滅するといった意見がありました。結局は日本中の天気が悪いので観光地の出足が鈍り、自粛モードを保ちながら観光地では GO TO 気分を味わえる結果になったようです。
一連のコロナ禍で自分の影響は出社規制がかかり週2回の輪番休暇になったことです。ウチの会社は在宅勤務ではなくて自宅待機という形式のため、家で起きていれば(電話にでれる状態)何をしていてもおとがめなしでした。緊急事態が解除されたら内勤は時差通勤(ラッシュ時の交通機関を避けるため)ですが、元々出社時間にルーズなチームは平常に戻っちゃいました。
コロナに対する大学教授、医者、政治家、アナウンサー、タレント、有識者、ネット民など様々に人の意見が見事にバラバラで、専門家と称する意見には常に逆張りの意見があるのが面白いですね。
コロナ禍で一番違和感があるのは「コロナ禍」という言葉です。“禍”って何だよ?って誰も言わないのも不思議でした。この言葉を初めて聞いた時に「戦時下」と同じ「コロナ下」だと思いました。コロナの最中っていうニュアンスですね。文字で見た印象は「コロナ渦」で、これは渦中という言葉に引っ張られています。教養が欠けている勘違いは「コロナ鍋」ですが、鍋という字を“か”と読ませる日本語が思いつきません。
禍・渦・鍋・・・ この中でいえば“禍”が一番馴染みのない漢字です。禍は災いという意味なのでコロナという災いというニュアンスらしいです。報道用語としては新しいモノではないようですから、小池新語ていうわけではないらしいです。しかし明らかに書き言葉なので、アナウンサーが「コロナかの日本では・・・」という話し言葉で使う場合は意味が伝わらない感じがします。
先程の梅雨という言葉も話し言葉は“つゆ”ですが、漢字は“梅雨”と書きます。何で梅の雨なのか?という疑問ですが元々中国の梅のみの収穫時期に降る雨のことの梅雨(ばいう)と言葉が日本に来たようです。何しろ中国人は梅が大好きだから・・・ しかし梅雨(ばいう)の時期はカビっぽいから日本では黴雨(ばいう)という当て字が生まれました。黴雨は広辞苑でも出てくる言葉です。しかし“カビ雨”というのは風情がないから露(つゆ)に引っ張られて雨期の表現が(ばいう)から(つゆ)に変わったようです。書き言葉は「露の季節になり候・・・」って書くと天草に着く露とこんがらがるから、それまでの梅雨でいいんじゃね?ってことのようです。そもそも梅って風情があるからね・・・
日本人はつゆという季節に梅への想いをはせることがないのですが、季節のつゆを語るときには、露と混同しないように頭の中で梅雨と書きながらつゆと発音しています。しかし会話の中で「洗濯ものが片づかないから早くばいうが終わらないかな・・・」って言い方はしません。梅雨をばいうと発音するのは天気予報で「梅雨前線」と言うときだけでしょう。気象庁の図式に梅雨と漢字で書かれているのでしょうが、これを「つゆ前線」と発音しちゃうと小学生っぽくなっちゃいますね。
コロナ禍の類似品に「コロナ過」というのも思いつきました。過程の過なのでコロナ中って意味に取れそうですが、“過”は単体で「あやまち・大げさな物言い」という意味があります。コメンテーターたちのコロナ評論にピッタリな字だと思いますけどね・・・


 謎が解明された・・・っていう謎は、コロナ過とは関係ありません。梅雨もあんまり関係ありませんがちょっとだけ関係あります。自粛もGO TO もなかった2019年の6月30日の話です。当時も梅雨の真っ盛りだったので四国、九州方面は大雨に見舞われていました。そんな中、Jリーグの大分トリニータと浦和レッズの試合を観るために2泊3日の四国~九州観戦ツアーを計画しました。
スケジュールは29日の金曜日に新幹線で岡山~特急南風で琴平。その後、琴平から何かの特急に乗って愛媛の八幡浜で一泊。翌日は八幡浜からフェリーで大分入りし、夜はサッカー観戦してから大分で一泊。月曜日に新幹線で埼玉へ戻るという、弾丸ツアーが当たり前のサッカーアウェー観戦が旅行っぽいスケジュールになっていました。
「愛媛で一泊だったら松山空港から道後温泉に泊まれよ」というのがありきたりですが、宗教上の理由により飛行機に乗れないのと、そんなお大尽ツアーは組めないです。せっかくの四国~九州なんだから地元の電車に乗りたいっていうのもありました。


 大分 3
  観光地っぽい駅舎でいい感じの琴平駅
 
 西日本は梅雨で天気は全滅と聞いていたのですが、瀬戸大橋を越えるあたりから奇跡的に晴れました。四国の電車に乗りたいと思っていあたのですが、いきなり電車じゃなくてディーゼル列車でした。サッカーファンでディーゼル列車といえば鹿島臨海鉄道の一択ですが、アレよりもちゃんと走るディーゼルでした。以前に鹿島スタジアムに朝イチに着いちゃったので鹿島臨海鉄道に乗って大洗へ遊びに行こうした時に、あまりの遅さにキックオに間に合わないかもっていう恐怖を味わいました。


 大分 4
  金比羅さまの表参道 うどん屋さんと、お土産屋さんと、うどん屋さんと・・・
 
 香川といえば金比羅さま、金比羅さまといえば讃岐うどんですよね。今回のツアーでリクエストされていたのは「本場の讃岐うどんを食べる」ということでした。自分ら(埼玉県民)の想像する本場の讃岐うどんのスタイルは『普通の民家の土間で名物ばあちゃんが打ったうどんをセルフで茹でて醤油をぶっかけて勝手に食べる』というシロウトにはハードルが高いものでした。丸亀製麺をイメージしていたら大恥をかくことが予想されます。埼玉県民は甘やかされた山田うどんのせいで、うどんに対する執着度がとても低いです。埼玉にも武蔵野うどん的な食文化があるにはあります。
自分が親から受け継いだのはザルうどんを豚バラのつけ汁で食べる「パワーうどん」です。自分は子供の頃は都民だと思っていましたから、そんなうどんの文化はまわりにはありませんでした。東京っぽいうどんは、おかめうどんかな?
近年の粉モン・ブームによって肉汁うどんが武蔵野のうどん文化として紹介されたりしています。しかし埼玉県のうどんへの認識は山田うどんでベルなので、食文化と言えるのかは疑問です。
それでは埼玉県民が讃岐うどんをどう思ったかというと、同伴者ともども「うどんってこーいうことじゃないんじゃないかい?」って感想でした。あくまでも個人の好みの問題なのでうどん県にけんかを売るつもりではありません。
今回のミスはうどんの味よりもうどん1杯で金比羅さまへ登ったことです・・・


 大分 5
  参道入り口から奥社までの石段が1,368段・・・

 大分 6
  下界はあんなににぎわっていたのに、奥社には人影なし
 

去年は貧血で歩道橋を渡るのも死ぬ思いだったのですが、自己診断ではかなり改善したと判断しての金比羅さまでした。しかし1,368段は健脚でもこたえるコースです。最初に考えたプランはロープウェイで松山城というザ・観光っていうプランだったのですが、讃岐うどんを食べるというコンセプトだったので琴平下車になっちゃいました。
登っていく巨大なスクリューが展示してあったりして面白いですよ。

 大分 7
  本日の撮り鉄はアンパンマン号 四国は観光列車が多いが乗れずじまい

 
 石段の下りは上り以上に足が笑ってしまい、参道入り口まで降りてきたらもう出発予定時間になっちゃいました。ここから宿のある愛媛の西の端まで列車で行かなきゃならないのですが、本数に限りがあるので追いうどしている余裕がありません。乗り遅れたらマジで交通手段がなくなっちゃいます。アンパンマン号ではない普通っぽいのに乗りました。
FC愛媛がJ1に昇格したら今度こそ伊予灘物語~道後温泉~松山城コースをやってみたいです。
1日目の宿は八幡浜(やわたはま)にあるみかん温泉です。ここは原則ビジネスホテルなので、駅周辺で何かつまもうとおもっていたのですが、8時前なのに駅はまっくらでした。四国の鉄道網は海沿いを周回するようになっています。オーシャン・ビューなのはいいのですが、実測の距離感よりも時間がかかってしまいます。まさかのうどん1杯で本日終了?って事態に喧嘩寸前でしたが、ホテルの近所にチャンポン屋があったのでなんとかしのげました。
ちゃんぽん屋さんは、だべってる店員と思っていたケバ系のお姉ちゃんが実はお客さんだったというくらい地元密着の召せでいい感じでした。八幡浜は長崎につぐチャンポン処らしいのですが、なにぶんちゃんぽんといえばリンガーハットな埼玉民ですから・・・
懸念されていた雨も本降りっぽくなったので早々にホテルへ駆け込みました。途中にパブっぽいネオンの店に親戚一同(大人から子供まで)が入っていきましたが、さすがに一見で入る度胸も人生経験もしていません。


 二日目は朝一番のフェリーで大分へ渡ります。この日はJリーグの試合の日なので荒天出船が欠航した場合でも九州へ行けなければなりません。その場合は予讃線から瀬戸大橋~岡山、新幹線で小倉から大分・・・ っていう一日がかりのコースになります。
朝起きた段階で外に出るのもためらわれるほどの豪雨でしたが、九四オレンジフェリーのサイトを確認したら通常通り航行するとのこと。「さすがは瀬戸内海は穏やかな海だから・・・」って小学校の地理の授業のような情報で船に乗ったんですが、フェリーの航路は瀬戸内海ではなくて豊後水道でした。
豊後水道は海流が速くてガッツのある泳ぎで脂がのったアジやサバが捕れるところです。さらに朝からの豪雨で観光客の目にも波が高いって感じでした。乗船してるのはカーフェリーにトラックを乗せた運チャンと親戚込みの大家族(地元民)、そしてソロの兄ちゃん(たぶん旅人)と自分たち(サポーター)しかいません。
二等の雑魚寝スペース1ブロックは1組づつで使える貸し切り状態でした。座ってると重心が高くなって気持ち悪くなるので、ずーっと寝そべっていました。2時間半くらいの乗船中はほぼ無言でした・・・

 大分 8
  完全に公園と化している臼杵城跡 雨のためか観光客ゼロでした

 昼前に大分県の臼杵(うすき)へ上陸しました。観光としては臼杵石仏が有名なんだそうですが、臼杵に来た一番の理由が海鮮丼を食べるということでした。海無し県の埼玉県民は「海の幸」という言葉に非常に弱く、湘南へ行ったらしらす丼、新潟へ行ったらお寿司やさんっていう安直なアウェーグルメを楽しみにしています。埼玉のスーパーにだってしらすは売ってるんですけどね。
臼杵大仏はバスに乗って行くようなのでパスし、サッカー観戦=城めぐりという定番のコースを選択。船酔いから回復するまで臼杵城の城下町をウロウロすることにしました。
臼杵は派手さはないけど江戸時代の城下町の古地図の区画が今も残っていて、歴史の趣が感じられる街です。キリシタン大名だった大友宗麟が作った城で、元々は城の際まで海だったので珍しい海城だったそうです。城の天守閣などは喪失していてすっかり公園っぽいのですが、各所に戦う城だったんだなぁと思える面影がありました。

 大分 9 
  二の丸の正門の大門櫓 2001年の復元されたものですが十分にいい感じです

 城めぐりは酔い覚まし(船酔い)と腹減らしのためであって、臼杵のお目当ては海鮮丼です。臼杵城の城下にある海鮮のお店で、稲葉家下屋敷のあたりっていうざっくりとした情報で探していたんですが、全然場所がわかりません。武家屋敷と教会が混在する不思議空間で、大林監督もゆかりの地なのも納得です。(どういう縁なのかは知りません)ウロウロするのも観光なので歩き回っていたんですが、時間を見るととっくにお昼をまわっていました。「ランチは終了しました」とかだと大変なんですが、気がついたら本気でどこにいるのかが判んなくなっちゃいました。

 大分 10
  こーいう感じの石畳が雨に濡れて趣が倍増しています

 大分 11
  ここは何処で写真を撮ったのかすら判りません・・・

 大分 12
  地元の猫がいたので海鮮丼の店を聞いてみました

 猫にもすがる思いで地元民(猫)について行くと川に行き当たりました。川が判ればなんとかなると思った思ったのですが、そこで謎の建物を見たのです。(この記事は何故についてのハナシです)

 大分 14
  謎の〈金〉のマークを発見!

川の対岸にある工場だと思われるんですが、「金ってなんだよ?」ってことです。地元の猫たちは知っていて当然なんですが、多分観光名所とかじゃないんだろうとは思いました。

 大分 15
  アップで撮ってみました。この意匠がなんか気に入りました・・・

 単純にスマホで調べれば解決するんだけど、旅先の疑問をスマホで調べるのはオシャレではありません。旅先でスマホを開いてもいいのは時刻表と宿のHPだけっていうのがウチらのマイルールです。
何で迷子になっているかというと、観光案内所に置いてある絵地図を見ながら歩いているからです。
しかし地元猫の案内もあって無事に海鮮丼の店に着きました。

 大分 13
  この武家屋敷然とした風格のある『海鮮 かわ村』

 周囲の建物に溶け込みすぎて遠目には店に見えない武家屋敷造り?の『海鮮かわ村』です。自宅の近所にあったら絶対に近寄らないような店構えですが、観光という勢いがあれば暖簾もくぐれます。
実は事前に「臼杵・海鮮・ランチ」で検索すると必ず出てくる有名店でした。中は畳にテーブルという和洋折衷というか文化住宅な感じでした。自分らはテーブル席が埋まっていたので、宴会用?の和室に通されました。
今回のツアーの中で唯一の豪遊気分ですが価格はランチの常識内に納まるモノだったと思います。海鮮丼セットはうまうまで、さっき見た謎の工場の看板のことなんかはすっかり忘れてしまいました。

 大分 16
  臼杵駅にあった「おバカ駅名表示板」 鉄ファンには有名らしいです・・・


 その後はスタジアムへ直行し0-2で大分トリニータが完勝しました。アウェー観戦は勝利よりもその行程(旅行)が重要なんだと言い聞かせて2日目の宿に向かいました。2日間で道後温泉、別府温泉という二大温泉郷を通過しながらどっちにも泊まっていません。大在という駅前のビジネスホテルに泊まりました。個々にした理由は大在駅には特急が止まるからです。翌日は朝から新幹線で帰らなければならないからです。福岡から飛行機に乗らない理由は宗教上の問題ですね。




 そして2020年の7月です。Jリーグは再開したものの観戦は条件付きで再開、アウェー遠征などは御法度という状態です。勝った負けたどころではないにしても、形を変えた日常は徐々に動き出しています。そんな中、一年前を突然思い出すモノを発見しました。

 大分2

 いつものスーパーで買い物をしていたときに偶然見つけた味噌です。普段はマルコメの「味噌 料亭の味」一択なんですが、陳列棚にあったのが「フンドーキン 無添加 あわせみそ」でした。コレが何かといえば、あの大分の臼杵で見た工場の正体だったのです。

 大分 1
  拡大すると、あの〈金〉のマークが・・・

 自分はフンドーキンの味噌のことを知らなかったのですが、西日本では1、2位を争う味噌メーカーとのことでした。九州の人にすれば、あのマークは「フンドーキンに決まってるじゃん」ということでしょう。
有名ブランドとは思えないほどの道の駅で近所の農協が売り出してる感のあるラベルですから、臼杵の工場を見ていなかったら絶対に購入しませんでした。(食材に対して保守的ですから・・・)
フンドーキンの創業は1861年(文久元年)という老舗中の老舗です。しかし、もっと老舗の味噌メーカーは「カニ醤油 鑰屋」という1860年(慶長5年)創業というのがあります。「カニ醤油」は先程臼杵の城下町をうろついていたときに出てきた稲葉家の独りが創業した味噌蔵で、臼杵の城下町ができた当時から存在する400年の歴史があるらしいです。臼杵、奥が深い・・・
フンドーキンの味噌は東日本の味噌に比べてやさしい味だと思います。我が家のオフィシャル味噌になりました。


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マンガを描くという事を目標にして
マンガの描き方を考えるブログです
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