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2019-03

影響と才能の関係 - 2019.03.06 Wed

NHKの「SONGS」より、あいみょんさんのアレやコレや・・・(オトナ帝国からの助言)

 先日、NHKの「SONGS」のあいみょんさん出場回を観ました。以前取り上げた西野カナさんに続いて紅白出場歌手のお話です。いうても紅白でのあいみょんさんの出番も観ていませんし、紅白が歌手の評価のバロメーターとも思っていません。今回の記字は紅白ではなく「SONGS」に出ていたあいみょんさんから、興味深かったことについて書きたいと思います。
あいみょんというアジア系な感じの名前は「ドコの国も方?」って感じですが、当然だけどあいみょんは芸名で元々は彼女の友達のあだ名だったそうです。2014年に活動をスタートさせ2016年にメジャーデビュー。今年の3月6日で24歳になります。ついでに中学時代は陸上部で、好きな食べ物はイクラ嫌いな食べ物は魚とキノコ。動物好きで理想の男性像は父親、ドラえもんとラピュタがお気に入りとのことです。これら全部はウィキペディアに載ってる情報で、自分はそれくらいしかあいみょんさんのことを知りませんでした。
アーティストのファンになるということは、その方の発信するメッセージや生き方を支持するということでもあります。それは哲学や信仰に近かったりします。熱心なファンには「知りもしないヤツが何言ってんだよ」とか「知ったかで語ろうとするヤツ、ほんとムカつく~」って思われるでしょう。前回のにしの自分がそうだったからよく理解できます。とくに西野カナさんのファン層に比べて、あいみょんさんのファンの方々はとくに怒りそうな印象なので先に謝っておきます。べつに悪口を書くつもりでもないんですけどね・・・

 あいみょんさんのライブを観たのは今回の「SONGS」が初めてでしたし、フルで歌を聴いたのも今回が初めてでした。知らないにもほどがありますね。西野カナさんの記事のとき以上にあいみょんさんを語る資格はありません。
先入観無しで観たあいみょんさんんの印象は「なるほど、こーいう顔してるんだ」って思いました。ヘンな表現ですがあいみょんらしい顔っていう感じです。同世代の知らない歌手を5人並べて「この中で、どの人があいみょんだと思いますが?」と聞かれても誰があいみょんかを指せるような気がしました。
顔の特徴はユニセックスな表情を無理してやってるような印象。当人は無理してるワケじゃないんでしょうが「コレが私だから」っていう表情が上の世代からは「ガンバってる感」に見えるんです。単純なすみ分けだと西野カナさんのは正反対な顔です。どっちが可愛いとか美人とかでいえばどっちも可愛くて美人ですが、西野カナさんはマジョリティ指向の顔で、あいみょんさんはマイノリティ指向の顔って感じです。
同じような印象の顔を持った歌手で思いだされるのは川本真琴さんです。近年は三角関係でマスコミに名前が出ましたが、デビュー当時は別格の天才ソングライターでした。川本真琴さんは本質がマイノリティ側の人だったんですが、いきなりメジャーセールスになっちゃったので自身の性格とパブリックイメージが合わなくて苦労してる印象でした。
パブリックイメージをマイノリティに寄せることで成功したのがナントカ坂の平手嬢でしょう。どの坂だか判んない人でも平手という名前はイメージできる人も多いです。それまでのAKB商法は同じ味を大量に並べ、どのメンバーも差異なく応援できる環境そのものがウリでした。しかし平手嬢は異質な感じをウリにしているので、努めてマイノリティをアピールしています。
それが平手嬢という存在ありきで始まった企画なのか、もしくは企画に適任な平手嬢がたまたまいたのかもしれません。年配者から見た平手嬢のマイノリティなスタイルは、中学時代の文集を見返すような恥ずかしさでヒェ~ってなります。

 「SONGS」を観る前からあいみょんさんが評価されているというのは耳に入っていました。名前は何となく知っていたけど最近評価されているのは紅白出場したことで「あいみょんっていいよね」という声が音楽ファン以外からも聞こえだしたからでしょう。浦和レッズの森脇ごときですらあいみょんさんのライブに行ってるくらいだから(レッズサポは森脇には敬称略です)
評判の中には「若年層だけではなくミドル、アッパー世代にも共感される」とあります。前出の西野カナさんのファン層は明確に10~20代女子に限定されています。男子で聴いているのは彼女がファンというリア充な人でしょう。あくまでも恋愛現役世代のマイノリティ女子がターゲットですから。
それではあいみょんさんは何で先輩男子にもウケるのか? 調査不足なんですが、あいみょんさんよりも年上の女性にはあんまり受け入れられるタイプの人には思えませんでした。
あいみょんさんは何で先輩男子にウケるのか? そのヒントもウィキペディアに書いてありました。『音楽のルーツはハマショー、拓郎、河島英五、尾崎、オザケン・・・』とのことでした。拓郎はGLAYのTAKUROではなくて吉田のほうです。ハマショーが拓郎より前になってるあたりに若者が歴史を遡った感があります。尾崎も亜美でも紀世彦でもなくて豊です。河島英五さんは「酒と泪と・・・」の人でオザケンに至っては「何でオザケン?どこが渋谷系?」って感じですが、ウィッキペデアに『最初に目指した音楽性はフリッパーズ・ギターのようなモノだった』と書いてありました。
結果的に目指してる音楽の指向はアコースティック指向で往年のフォークソングのような“歌詞にメッセージを乗せるタイプ”のシンガーソングライターです。今さら渋谷系を始めないでよかったねと思います。

 誰の影響を受けたかは楽曲の制作に多大な影響を与えそうなので、そのアーティストへの評価の基準になったりします。簡単に言えば『不平や不満をタレ流してる若者と思われるよりも、拓郎や尾崎のようなメッセージを歌ってる若者』という印象のほうが評価されやすいです。あいみょんさんは絶妙に並べたラインアップが上手ですね。年配者からすれば「いいとこ突いてるなぁ」って思うし、若年層には「聞いたことないけど、名前はなんとなくイメージできるかな?」ってアタリです。尾崎豊をガッツリ聞いていた世代ではなくても、若い世代が「時代に関係なくいいものは残るんだよな」って言えばサマになる感じです。
今年になってフレディーマーキュリーに影響を受けていた人が多数出現しましたが、グラムロックがそんなに日本人に影響を与えたとも思えません。YOSHIKIさんレベルが言うのなら説得力もありますが、ほとんどの人はバンドの影響ではなくて映画からの受け売りなんじゃないかな?
注目するところは「ような」の部分です。立川志らくさんのように談志を受け継ごうとするあまりに談志のコピーになっちゃったら「あの、談志の真似をしてる噺家の人」になっちゃいます。世襲制度ならいいんですが、ミュージシャンは他人を真似して意味がないです。
過去に『 女 尾崎豊 』という称号を持っていたのは橘いずみさんだけです。関係ない歌手が尾崎豊を踏襲することも、その歌手に尾崎を求めることも意味がないことです。尾崎な感じの歌を歌おうとする人は男女合わせて沢山いたんだと思います。歌詞重視のアーティストも多いですが○○尾崎の称号に必要なのは歌詞の内容や歌唱スタイルよりも声の強さです。初めて橘いずみさんを路上に流れていた「失格」という曲は、尾崎と同等以上の強さのある曲でした。
「SONGS」であいみょんさんのライブを観た印象では歌詞の内容や歌唱の雰囲気はなるほどって思いました。しかし、強い歌が歌えてるか?というところはイマイチかな? 過去に「SONGS」で観た初見の歌手の中で「この人の歌は強い」って思えたのは高橋優さんです。彼も「平成の尾崎豊」という称号があったようなんです。自分が思ってたのは風貌から「平成の大江千里」を意識してるのかな?って舐めてたんですが、演奏を聴いたら「なかなか強い曲が歌える若者じゃないか」って会心しました。久々に高橋優さんのCDを買っちゃうくらいなんですが、あいみょんさんの曲にソコまでの強さが感じられたかといえば・・・

 「SONGS」の中であいみょんさんが神保町の古本屋めぐりと岡本太郎記念館(もしくは美術館)に行くロケもやってました。これはあいみょんさんが『何にインスピレーションされて楽曲を作ってるか?』のシーンで使われていました。岡本太郎さんは「モーレツオトナ帝国の逆襲」で太陽の塔を知って岡本太郎さんの人生観に共感したそうです(ウィキペディアより)
古本屋のほうは作詞のインスピレーションに官能小説を買い漁るとのこと。古本屋のシーンでは宇野鴻一朗大先生のエロ小説を、エロシーンを読み上げながらご購入されてました。NHKもご丁寧に字幕までつけて・・・
20代前半の女子がハマショーとか言ってるのも本当はアレ?って観じなんですが、岡本太郎とか言われちゃうとさすがに「ちょっと作りすぎじゃないかい?」って印象です。「岡本太郎好き」なんてオトナの入れ知恵とも思えないから、あいみょんさんのセルフ・プロデュースなんでしょう。
岡本太郎さんの評価はフランスなど海外では前衛芸術家として世界トップの扱いになる。戦後日本では才能を持て余し気味で日本人も扱いに困ってしまう。万博で太陽の塔を作って爆発っぽさが大成功する。グラスに顔が入る。晩年、面白キャラがテレビメディアとマッチしてキワモノ扱いの日々。没後、再評価されキワモノ扱いなんかできないくらいに日本を代表する芸術家と認知される。
ウチにも顔のグラスがあったくらいに岡本太郎は日常に浸透していました。おもにイジってたのは鶴ちゃんだったような気がします。岡本太郎さんのような強烈な個性は生前だと評価しにくいモンなのかもしれません。生きてるころは当人が「ソレは違う!」って必ず言いそうだから、没後のほうが評論家や研究者も都合のいい解釈で評価できるんでしょう。
いずれにしれも過去の人っていうイメージはありますよね。強いて言えば岡本太郎さんの再評価は済んでるから、岡本太郎という人物にイメージがない世代が「過去の再評価を再認識」してるターンになってるのかもしれません。マンガで例えると新人マンガ家が「ボク、手塚治虫に影響されてマンガ家を目指したんです」ってコメントしてる感じでしょうか?大御所や知識人が「手塚先生は偉大だった」と言うのは理解できますが、それを真に受けて若者が言い出すのはヘンな感じですよね。
岡本太郎さんが偉大だったことは間違いない事実ですが、影響されたとか言っちゃうのはハズカシイです。どれくらいハズカシイかというと、爆笑問題の太田氏がNHKとかで言ってそうですよね。あたかも逆張りのつもりで『岡本太郎の偉大さをを理解するオレ』っていうアノ観じです。
「SONGS」のオンエアで一番見過ごせなかったのは古本屋で官能小説を買い漁るくだりで、宇野鴻一朗さんを手に取るシーンでした。エロ本を読むことに偏見のない性的リベラルを気取ってるのか、自身の作詞の糧にしているとか表現が面白いからよく買っているとのこと。それなのに宇野鴻一朗先生をチョイスするセンスは疑問です。川上宗薫先生や団鬼六先生あたりだったら「へぇ、なるほど・・・」って言えなくもないんですけどね。
本気で官能小説からインスピレーションを得てるのなら宇野鴻一朗先生の文体は選ばないハズです。それは先生の本を読んだことがあればわかると思います。この古本屋のシーンは『子どもがオトナにいっちょ前の口をきいてる気恥ずかしさ』が満載でした。NHKのロケスタッフも編集でカットしてあげるのがオトナ帝国の住人としての優しさなのにね・・・

 自分をセルフセールスするためのキャラ作りをするのは芸能活動ではアリです。松田聖子さんの素性がどんな人物かは知りませんが、アイドルの女王として君臨している聖子ちゃんというキャラは自身の努力のたまものです。じゃあ、平手嬢は何年くらいセンターにしがみつくつもりなんでしょう?松田聖子さんは還暦まで聖子ちゃんを続けると思います。尾崎豊さんは20歳でもう尾崎を続けることに破綻し始めていました。デーモン閣下は何歳だかわかりませんが、ずーっと悪魔を続けています。完璧な自己プロデュースと思われた西野カナさんは10年で活動休止になりました。レベッカのノッコとか椎名林檎さんも自分でまいたイメージに苦しんでいた印象です。
歌手人生の評価は、まず「誰もが知ってる曲がある」次に「10年以上活動している」そして「30周年を迎えた」ってことです。音楽性はそれぞれの好みですが歌手という職業を続けるパワーはそれだけで賞賛されるべきです。1曲しかないと「アノ曲を歌った歌手の○○」ですが、10年活動すると「アノ歌手の歌った○○という曲」って記憶になります。漠然とキャラづくりで頑張った人よりもナチュラルなキャラでやってる人のほうが30周年にたどり着ける人が多いと思います。西野カナさんもちょうど10年が分かれ目でした。
売るためこじつけたキャラ設定は10年で必ずといえるほど自分のクビを閉め出します。その時に10年前の自分が岡本太郎とか宇野鴻一朗とか言っていた黒歴史は、活動休止しても消えない過去になっちゃいます。そのきつさは過去に調子こいていたオトナ帝国の我々が経験で話せる唯一のアドバイスです。今回の感想はひとえに『NHKのスタッフはあいみょんさんに教えてやれよ・・・』です。


 元祖『女 尾崎豊』だった橘いずみさんも7枚目のアルバム以降ぱたっと音沙汰がなくなったんですが、現在は榊いずみのいう名前で活動してるそぷです。結婚して橘から榊に変わったんですが、字面が絶妙にヤヤコシイんですよね。自分はミニアルバムの「SUPER SUNNY DAY」まではCDを買ったんですが、その頃はすでに榊さんだったらしいです。アルバムの表記は橘いずみでした。


 アーティストが「私は○○の影響を受けました」というのは普通によく聞く話です。自分は音楽の世界はまったくの不調法者なのですが、最初に影響を受けたレコードは さだまさし さんでした。自分が小学生のころにちょうどオーディオブームがあり、父親がスピーカーを自作したためアンプやプレーヤーを一式揃えました。彼は音楽に精通しているのではなく電気工作がしたかっただけだから、いえには聴くようなレコードがありません。西部劇のサントラ盤やどこぞの演歌歌手のLPがあったんですが、何しろ聴くレコードが不足してました。
そんな親が買ってくれたのがさだまさしさんの「私花集」というソロ3枚目のLPでした。当時、覚えたてのラジオから「雨やどり」が流れていて「この面白ソングのさだまさしって誰だ?」となり、親に買ってもらったLPでした。中身はまったく面白ソングではなくて、百恵ちゃん提供曲の「秋桜」やさだまさしさんの名曲中の名曲「主人公」が入っていました。
それまでは歌謡曲と学校曲の2種類しかなかった音楽に、自分で作って歌う人がいることを初めて認識させられたのがさだまさしさんでした。『歌を作ることでメッセージを伝える』ということがスゴいと思いました。今思うと歌を歌って伝えることじゃなく、自分で歌を作ることがスゴいと思ってたようです。「何しろ上手いこと言うなぁ」って関心してしまい、これは自分も作らねばなるまいとヘンなスイッチが入っちゃいました。しかし、前記の通り不調法者がゆえギターができるわけでもコードが理解できるワケでもなく、作詞作曲がしたいわけでもできるわけでもありませんでした。
小学生時代は漠然とマンガを描かねばなるまいと活動?していましたが、ホンモノの創作を知ったら「こんな幼稚なことをしてる場合では無い」と思っちゃいました。だってさだまさしさんは♪こんな小春日和の穏やかな日は~ですよ。♪自分の人生の中では、誰もがみな主人公・・・ですよ。そーいうちゃんとしたモノを作りたいというか、そーいうモンじゃなきゃだめでしょって思いました。
その後さだまさしさんのレコードを前後買い集めて(親はもう買ってくれない)ラジオも聴くようになりました。ラジオのさだまさしさんはやっぱり面白いお兄ちゃんで、楽曲は日本語がちゃんとした曲でした。自分がマンガを描くとか、文章を書くとか他の何かを作るのか将来のイメージがまったくなかった小中学生のころに、さだまさしのように作りたいと決めたくらい自分は影響を受けた歌手でした。
そんな自分は何も作ってはおらず、さだまさしさんはまさかの未だに制作活動をしていてそんな未来を想像していませんでした。つくづく不調法者を思い知らされる日々です・・・


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