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2018-09

トトロの適性年齢 - 2018.09.06 Thu

宮崎駿さん監督作品「となりのトトロ」です。

 記事の内容は日テレ系の夏休みジブリ特集からです。本当はお盆休み後に書きたかったんですが、さくらももこさんの訃報があったので記事が前後しちゃいました。ズルズルしてる間に夏休みも終わっちゃいましたね。

 今さらトトロとか言ってる人も珍しいんでしょうけど、前々回からポスト宮崎駿にこだわって記事を書いてきたのでケジメと思ってください。普通に考えてトトロで新事実はもうありません。作品自体が1988年公開です。まだ徳間書店が角川書店より勢いがあったころで、アニファン的にはアニメージュ対ニュータイプって感じでした。ネットで調べたらテレビで放送されること実に16回らしいです。日本中でトトロを知らない人がいないと言い切れるくらいに有名なアニメです。また「もののけ姫や」や「千と千尋」のように解釈の相違とか、「ポニョ」や「風立ちぬ」のような、賛否が分かれる作品でもありません。誰もが同じ印象を持てる珍しいアニメでしょう。

 現在30歳未満の人はトトロを劇場で観ていない世代になります。公開当時はリアルにアニメブームだったので、トトロの適性年齢よりも「火垂るの墓」の適性年齢の人のほうが劇場に多かったと思います。しかし「火垂るの墓」は野坂昭如さん+高畑勲さん、しかも制作が新潮社という子どもアニメとしてはどーなの?っていう感じでした。
トトロのぬいぐるみを抱いてる子どもに焼夷弾をあびせるっていうのもどうなんでしょう?「子どもには、こーいう作品を観せなきゃいけない」っていう考え方に賛同できません。小さい子どもが観たいと思うものを観せてあげて欲しいです。その作品の内容やメッセージが無意味だとしても、まったく問題はありません。幼稚園児は幼稚なものを観るべきというにが大前提です。
モノの道理や社会の仕組みを伝えないまま、子どもに狂気や悲劇を見せて呪いをかけるのはよくないと思います。戦争の不条理とか真実とか、語ってるオトナは気分がいいのでしょうが、語られる子どもは迷惑だったりします。
自分はアニメ屋としての高畑勲さんを別格にリスペクトしています。しかし「火垂るの墓」はつまんなかったアニメ作品の上位にランクしてます。だいたい反戦アニメっていうスタイルがあんまり好きじゃないんでしょう。「この世界の片隅に」のアニメ版は観ていませんが、原作版は「戦争反対!」とアジテーションする目的ではなくて、昭和史として戦時中の呉がどういう日常だったのかがドラマだと思ってました。「はだしのゲン」も初回?は広島の戦中戦後ドキメンタリーでした。両方とも最初は呪いをかけるのではなく事実を描くことが目的でした。それは作者の作品に対するテーマとは別の部分で、作品の構成がそうなっているということです。事実を描くことがテーマだろうに作品が成長すると、事実を真実にすり替えちゃいます。とくにメディアミックスされて表現者が変わっていくと顕著に表れる現象です。元ネタの原作のメッセージをより誇張するので作品が呪いの書のようになっていくんでしょう。
原作は野坂昭如さんが「オール讀物」に掲載された直木賞作品です。「オール讀物」は文藝春秋の文芸たる由縁な雑誌で、自分の父親が生前に毎月愛読していたので常に家にありました。自分は読まなかったけど。原作が文藝春秋でアニメ制作が新潮社というのも今となっては不思議ですが、幼児が手を出していい部類の作品ではありませんね。
「火垂るの墓」は観ている子どもにストレスを与え続ける脚本です。戦争の恐怖よりも主人公の兄妹が隣人から受ける恐怖や、子どもが逃げ隠れしなきゃいけない異常な世の中から真実を直視しなさいっていう立ち位置で語られます。「コレは戦争の真実だから、今は意味がわからなくても何かが心に残るはず」っていう風にオトナは見せたがるんです。その何かが呪いでしかないのですけど。
「火垂るの墓」の適正年齢は小学校高学年の読書感想文が得意な自称優等生タイプです。新幹線がロボットに変形するとJRのダイヤが乱れるとか、モノの道理や社会の仕組みがわかってくる年頃にちょうどいいでしょう。高校生以降は当然ながら原作を読めってことです。

 「トトロ」と「火垂るの墓」は1本目がぬいぐるみが空を飛ぶような作品、2本目が妹が飢えで死んでしまうエンドの不思議な同時公開でした。ジブリファンのまっくろくろすけな子たちは辛気くさいアニメも観せられ、オトナな作品も理解できる自称優等生は迷子の幼児を捜索するだけのアニメを観せられました。非常に味わい深い2本立てだったんですが、自分は幼児でも優等生でもなかったので、どっちの作品にも「う~ん?」って微妙な感じでした。このとき映画館へ行った目的もデート的な何かだったので「ラピュタ」っぽさを期待してたんですけど微妙な感じでした・・・
この2本はコンセプトとか関係なしに、単純に尺の都合で2本立てになったようです。大きいお兄さんたちは平気でしょうけど、トトロの歌を合唱しにきた子どもたちは2本終わるまでおとなしく座っているのは大変です。引率するお母さんにとってもいい迷惑ですよね・・・
ここからは「トトロ」のハナシになりますが、この作品は多くのファンが最もジブリをイメージさせる作品でした。ジブリ的な女の子が主人公で、良いお父さん、優しいお母さん、役に立つおばあちゃん、おそのさんてきな近隣など。レプカとか出てこないところがモノ足りないんですが、レプカがいないことは作品の是非が分かれるところでした。
ここからはネタバレになっちゃうので、これから「となりのトトロ」を観るつもりの人や、TSUTAYAで借りっぱの人は注意してください。

「となりのトトロ」のあらすじ・・・

『母親の療養のために都会から埼玉県の所沢あたりに引っ越してきたサツキとメイ。新居はまっくろくろすけが住み着いていた古びた空き家。メイがトトロと遭遇しサツキも出会う。母親の容態が急変し退院予定日が先送りになる。イジけた姉妹は珍しく姉妹げんか。勝手に母親の病院へ向かったメイは案の定迷子に。村中で大捜索だが見つからない。トトロはサツキを猫バスに乗せて猫バスがメイを見つける。猫バスで病院に向かうと母親は風邪でちょっと退院が伸びちゃった田家と知りひと安心』

完結に書けば『トトロにあって猫バスにのってお母さんに会いに行くお話』ってお話です。レプカが出る場面はありません。それどころかイヤなオトナは一人も出てきません。都会から転校してきたサツキをいじめるヤツらも出てきません。カンタは論外・・・
この手のストーリーでは都会っ子VS地元っ子や村社会VSよそ者の構図が欠かせません。何故ならばそーいう構図にしたほうがお話を組みやすいからです。しかしそーいうステレオな図式を幼児が楽しいストーリーだと思うでしょうか?サツキ視点でも転校生を仲間外れにするお話を観るのが楽しいわけじゃありません。
あんまり指摘されていないことですが、この作品ではトトロという謎の生物?との遭遇シーンに特徴があります。そもそもメイが最初にトトロ一家?を発見するんですが、そのことをお姉ちゃんもお父さんも否定しないことです。ファンタジーで必ずある「信じてよー、本当に見たんだよー、ウソじゃないよー」っていう不毛なセリフが省かれてるんです。実際にトトロを見ることが出来たサツキはともかく、お父さんの神対応も見事です。トトロは劇中で間違いなく存在するんだから、それをオトナのキャラが「そんなのいるハズないよ」って否定するのは観ている子どもにはストレスでしかありません。劇中の全てのキャラがメイのことを否定しないというのが「となりのトトロ」の特徴です。
メイの行動パターンも「何かいるからついて行く」とか「寂しいからお姉ちゃんやお母さんに会いに行く」といった、子どもが見ても何をやってるのかが理解できるアニメです。何故、普遍的に子どもい愛されるアニメなのかといえば、子どもが消化できるストーリーの作品だったからです。オトナになってから見直せと面白い作品っていうのはたくさんありますが、子ども時代に100%面白いって思える作品のほうが子ども向けアニメとして正しい作品でしょう。
オトナになってから「トトロ」を観た自分には20%くらいしか楽しめない作品だったんでしょう。楽しめたシーンは冒頭のオート三輪、まっくろくろすけ、サツキがお母さんに髪をすいてもらうシーンなど。もう少しカンタとイチャイチャしてあげて欲しかったですね・・・

改めて「トトロ」を観たらカンタのばあちゃんが、しまおまほさんのモノマネにしか聞こえませんでした。しまおまほさんクオリティー高すぎです・・・


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