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2018-07

挫折・夢・コミケ ? - 2018.07.21 Sat

石田敦子さんの「ざせつ男とまんが少女」です。

 石田敦子さんは元アニメーターですが現在はほぼマンガ家さんです。元アニメーターっていうと動画マンで食べていけなかった人と、人気原画マンがマンガ家やイラストレーターに脱サラするケースがあります。石田敦子さんの場合はアニメに挫折したんじゃなくて、有名アニメーターからマンガ家に転身したっていう感じです。自分はアニメーターの石田敦子さんをまったく知りませんでした。初めての石田敦子さんは「アニメがお仕事!」というマンガで、そのマンガに描かれていた経歴でアニメーターなんだと知りました。
アニメの経歴では90年代のサンライズ・ロボットアニメ「勇者ダ・ガーン」の作画監督で頭角を現したそうです。勇者シリーズ自体を知らなかったのですが、バンダイのオフィシャル映像のアーカイブスで観ると、ガンダムの1話のアムロとフラウをノリノリの90年ラブコメのノリでやってました。カウンタックのパトカーが、喋る巨大ロボットに変身するお話です。後のサンライズアニメでやってるロボットの基礎が詰まってる感じでした。思わず1話まるごと観ちゃいました・・・
勇者シリーズの後 CLANP さんの「魔法騎士レイアース」のアニメ化に際して石田敦子さんが逆指名されてキャラデザインと作画監督に襲名されます。当時のCLANP さんたちは人気絶頂でしたが、個人的に王子サマ頭身の作風が苦手だったのであんまり興味がありませんでした。美少女キャラの作品が多い傾向ですが、彼女らが描きたいのは間違いなく王子サマ系の同人二次作品だったんでしょう。
石田敦子さんの原画監督キャリアは90年代アニメの「絵を動かすからアニメーション」ということを代表してる印象です。最近のアニメは止め絵で考えてるファンが多いように思います。動画よりもポスター絵の可愛さのほうでキャラを評価してるんじゃないかな?アニメーターも動かすことへの執着が感じない作品ばっかりです。90年代は新しい動き(アクション)を貪欲に作中にぶち込んでいる作画監督が多かった気がします。

  ブログ画像 レイアース JPEG

しかし、「レイアース」も名前は知っていましたが一度も観たことがありませんでした。魔女っ子アニメに興味が無かったのも原因ですが。80年代アニメから90年代アニメになり、美少女のスタンダードや作品の嗜好が急速に変化していきました。世代を切るとすれば「パトイレイバー」が最後の80年代アニメじゃないのかな?アニメの歴史では90年代がアニメ元禄って感じです。以前アニメファンだったという人たちのアニメは90年代アニメを指す人も多いです。その後、00年代にこげとんぼさんの「デ・ジ・キャラット」が萌えキャラのシンボルになり、アニメは動かなくても可愛い蹴れば成立するようになりました。これ以降は本格アニメを指向するアニメファンと萌えアニメを嗜好するアニメファンに分かれでしまい、アニメファンの「ちょっとアブナイお兄さんたち」っていう世間のレッテルを自らはっちゃった感じです。80年代まではアニメの市民権を獲得するために、ファンも頑張って理論武装していたんだけどなぁ・・・

 アニメーターからマンガ家へ転身した人では「アリオン」や「ガンダム・オリジン」の安彦良和さんでしょう。あと垣野内成成美さんや間宮騎亜さんなど、アニメっぽさを色濃く残しているマンガ家さんなどが思い浮かびます。マンガを描く上でアニメ経験がアドバンテージになるのか?といえば、あんまり関係ないように思えます。でもアニメ出身の人の作画は、それだけで一線以上をクリアしてる感じです。サイバーコネクトツーの社長曰く、アニメーターのように『頭の中で絵が作れる人』は即戦力になるそうです。
実際には多くのアニメ出身のマンガ家がいると思いますが、マンガとしての魅力が出せないのならアニメの作画力も意味がないので名を残すのは大変なようです。作業としての作画をこなす量が多ければ多いほど、マンガ創作で描く作画の見せ方とのギャップを感じちゃいます。アニメ出身ではないのにアニメの作画を意識しすぎたmアン画家のほうがたくさんいます。それこそ両者は見せ方が違うのに「マンガよりもアニメのほうが絵が上手い」という固定観念なのかマンガ紙面でアニメーションを描こうとするマンガ家さんです。このタイプでメジャーになったマンガ家さんは少ない気がします。

 自分が最初に石田敦子さんのマンガ作品「アニメがお仕事」を読んだときは、マンガとしての違和感はまったくありませんでした。キャラの立体感とかさすに手慣れた人だなぁって印象。このマンガはアニメーターになりたい人へ向けたハウツーものではなくて、アニメ業界のリアルな現実を当事者目線で暴露した作品でした。業界の因習や雇用問題、才能への妬みや恨み言の数々がストーリーマンガで描かれています。エッセイ形式だったらネタっぽく読めるんですが、駆け出しアニメーターの主人公兄妹の青春マンガなのであんまり笑える内容じゃありません。どちらかといえば「安易にアニメーターになりたいんです」って夢見る子羊たちに「業界のドロドロした現実を教えてやる」っていう感じでした。アニメーターを目指す人がこのマンガを読めば心が折れること請け合いです。動画マンはコーヒー農園に売られてきた子どものような扱いに描かれています。人権も意思も賃金も不当な扱いをうけ、しかも同業の中で足を引っ張り合うストーリーです。男の方の主人公の正確も含めてイヤな正確のヤツしか出てこなかった印象です。石田敦子さんの描くイヤなヤツっていうのが、マジクソみたいなイヤなヤツなんですよ。財力に物を言わせるボスとかジャイアンのような粗暴キャラといった作り話な悪役キャラではなくて、同僚だから殴りたいけど殴れないイライラする感じのイヤなヤツばっか出てきます。マンガを読んでいてこのタイプが多く出てくるマンガはあんまり面白いとは思えません。だって読んでいてイヤになるから・・・ 石田敦子さんのキャリアの中でアニメ業界にイヤなヤツしかいなかったのかも知れません。このマンガを連載中にアニメの仕事からは徐々にフェードアウトしてったようです。まさに最後っ屁のような暴露マンガなのかな?
現在、元アニメーターの描くアニメ事情暴露マンガは花村ヤソさんの「アニメタ!」があります。自分はこっちを読んでいないのですが、良心的なアニメーター志望ハウツーマンガらしいです。ジャンプのバックヤードを良心的に描いた「バクマン。」のアニメ版って感じみたいです。

 石田敦子さんの作品は「マンガがお仕事」以外は読んでいませんでした。上記も通りあんまり楽しいマンガではなかったのと、広島カープ・ラブのマンガばっかりだったためです。石田敦子さんはズーム・ズームで始球式をするほどの広島ファンで、広島ファンを主人公にしたマンガを描いてましたが、横浜ファンには読む理由がまったくないのでスルーしていました。
今回取り上げた「ざせつ男とまんが少女」は「マンガがお仕事」以来の単行本購入でした。この作品は『福山の高校生のまんが少女とアニメーター崩れの高校教師が同志になってコミケを目指す』というストーリーです。キーワードは夢をクラッシュさせる(無謀な夢は早期に諦めさせる)ことと描けないという挫折。石田敦子さんの作風で本気で上を目指す人が目指さない凡人を見下すことでマウントを取るタイプのロジックになりがちです。マンガを描かないマンガ研究会のメンバーと私(主人公)は違うんだっていう差別意識、描く道を選んだことの優越感などは、マンガを描くということとはまったく関係ないと思います。本気でマンガを描くこととコミケでマンガを売ることは同義ではありません。

 ちょっと批判的ですがコミケを目指す人へのアドバイスで申し込みや製本、搬入についての文章はよく見かけます。しかし『コミケで同人誌を売りたいのなら面白いマンガを描きなさい』というアドバイスを見たことがありません。同人誌ってマンガ家の真似事がしたいのか出版社ごっこがしたいのかイマイチよくわかりません。
リアル指向の石田敦子なので主人公が「絵だけはうかぶけどストーリーにならない」と悩みます。これは大半の人に当てはまる『作品を発表したいのではなく、コミケに参加している自分に憧れる』という症例です。自分は「マンガを描いたり・・・」のブログを書いていながらなんですが、コミケに参加することがマンガを上手に描くことと直結していないように思っています。それは絵師を目指す方々がpixivで名を上げようとしているが、閲覧数の多さがが画力アップにつながるわけじゃないのと一緒です。
「ざせつ男と・・・」の主人公も、描けないって悩んでいたのに結局はコミケに委託販売で参加します。委託とはコミケの他人のスペースに置いてもらう方法です。コミケの記述までにマンガが仕上がりそうになくて泣き言を吐いてた主人公ですが、「やっぱり描けん。ネームやらコンテやらわからんまま描いてきたツケが・・・途中までしか仕上がらんかった。最後「つづく」でいいよね?あとはラクガキ集みたいにして一冊にしちゃえば・・・」っていう状態でした。何でマンガが描けないのにマンガを売ろうとしてるのかが、イマイチ理解できないですよね?
石田敦子さんはアニメ業界もマンガ業界もプロなので、この主人公のコピー本はコミケで売られている同人誌の実情なんだと思います。この主人公は未完成品と自認しているはずなんですが、コミケで一冊も売れなくて挫折しちゃうんですよね逆に未完成マンガやラクガキ集がどうして売れると思えたんでしょう?
最後は夢を捨てないとか描きたい気持ちとかで再びコミケを目指すんですが、今度は何故か売れちゃうんですよ。頑張って夢を捨てなかったから報われたっていう展開なんですが、どうして売れるマンガが描けたのかは説明されていません。

 別に面白いマンガなんか描かなくても、個人が楽しく製本するんだったらそれは何よりです。文化祭よろしくワイワイと活動するのが同人サークルのよさでしょう。そこに夢は毒とか後悔とか挫折とか夢を壊せとか・・・ネガティブな呪いばっかりなのは「アニメがお仕事」からなーんも変わっていませんでした。石田敦子さんの作品が苦手なのは他の青春マンガよりも挫折とか後悔とかに囚われているキャラに真実味があるんですよ。この真実味というのは主人公も脇役も悪役もみんな落ち込むと愚痴や謗り、妬みを言い出すんですよね。そのキャラたちがウザすぎて読む意欲が薄れるんです。以前によく取り上げていた佐原ミズさんの描くキャラがイライラするのに似ています。
しかもネガティブだった主人公がポジティブ指向に変わったことで、面白いマンガが描けるわけではありません。マンガが努力や諦めない心で描かれているんじゃないことを、一番知っているのが成功者の石田敦子さん自身のはずです。マンガ家志望のキャラがでてくるときのテンプレートな感じにずーっと違和感がありました。しかし、その違和感の正体がマンガ家を目指してコミケに参加してる人たちが本当にテンプレな感じだったとしたらちょっとガッカリです。
面白いマンガを描くこととコミケで同人誌を売るといことは、目指す意味合いがまったく違うんだと思いますよ。


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