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2018-01

前前前世の続き - 2018.01.20 Sat

新海誠監督 長編アニメ「君の名は。」の続きです。

 前回の記事は『自分にとって「君の名は。」は予想外のヒットだったんですが、作品をテレビで観たらヒットした理由も納得できました・・・』という内容でした。それまでの新海誠さんの過去作にはあんまりな印象しかありませんでした。「期待値ゼロ、むしろ何で世間は絶賛してるんだ?」くらいのスタンスで観ました。そーいう先入観はダメなんだと自己反省ですね・・・

 過去にこの作品と同じような世間の評価を受けた日本アニメ作品は「サマーウォーズ」だったと思います。両作品ともそれまでのアニメファンにのみ評価されようとする作品とは違う、一般向けも意識した感じがしました。でも「サマーウォーズ」はそんなに面白いかな?っていう感想でした。リアルな日常表現や設定は従来のアニメとは一線を画すっていう監督の意図が鼻につく印象でした。結局はアニメファンだから許されるようなドタバタやアニメ的なお約束に基づいて作られたクライマックスっていう感じだったです。「サマーウォーズ」の細田守さんはアニメファンへ日和った反省からか、次回作の「おおかみこども・・・」や「バケモノの子」などアニメファンのアニメ的な期待をことごとく裏切る作品を発表してきました。しかしアニメファンに迎合しない姿勢は、新作発表ごとにアニメファンの期待値を下げていくという結果になっちゃってる印象です。もう次世代を担うアニメ監督は細田守さんじゃないでしょう。

 新海誠さんはアニメファン向けっていうよりも、新海誠ファン向けに作品を作ってきました。特定のマニア向けの作品は観ないけど、新海誠作品だけは評価する人も多いようです。新海誠作品はアニメのクオリティーには疑問があろうと、新海誠らしさという謎のブランド力のおかげで成り立っていたと思います。
「君の名は。」が成功した要因のトップはストーリーや演出の根幹の部分を製作委員会という“みんなでアイデアを出し合う方式”にしたことです。シナリオや作画背景、音楽、俳優(声優レス)とその筋のプロフェッショナルにお任せしたことが作品の見栄えをよくしました。新海誠さんが一人で考えていたら、こんなに上手くいかなかったような気がします。逆に言えばこの企画、スタッフがそろっているのなら、細田守さんや米林宏昌さんが監督になっても同じような作品になったでしょう。もしかしたらジブリの老監督たちが10年前に全員引退してたら、ジブリで米林宏昌さんが撮っていたかもしれませんね。それくらい新海誠さんが作る必然性を感じさせない作品って感じです。多かれ少なかれ新海誠節が押さえられる結果、ヒットにつながったのは事実です。その代償なのか一番のよりどころだった新海誠らしさが一番薄い作品になっちゃったようです。

 この作品がよく考えられて作られていると思えるのは「やり込み要素」が多いところです。やりこみ要素とはゲームソフトでクリアした後も遊べることですが、コレは同時期に公開された「シン・ゴジラ」にもいえることでした。初見で観て終わりではなくて、くり返し観ることで気がつかなかった伏線とかセリフの裏読みを探す楽しみです。「まどか☆マギカ」や「進撃の巨人」など話題になった作品は、わざと理解できない情報量で「作品の内容が濃い」と思われたがる傾向にあります。1度観ただけでは全ての意味が判りきらない作品はアタマがいい人向けっていう、映画やアニメファン特有の思い込みがあるみたいですね。本当は1度で全部理解できるように演出することが、監督の求められる力量なんですけどね。

  ブログ画像 君の名は。2 jpeg

 興行的にも成功し多くの観客が満足したんだから今作は言うことないんですけど、なんか腑に落ちない感じですよね。前回の記事では「よくも悪くも良く出来た作品」であって、「よくも・・・」の部分が製作委員会システムによる大資本アニメによるモノっていう結論です。ちなみに製作委員会システムと似て異なモノなのが「この世界の片隅に」のクラウドファンディングです。「この世界・・」は監督が撮りたい作品に企業が金を出さないから、この監督の作品が観たいという一般のファンが出資を買って出るシステムです。だから監督が撮りたい内容は“決して変えてはいけない”ことになります。今回の作品でも新海誠さんのポリシーだった「主人公はクライマックスでヒロインと出会えない」というのが、出資企業の圧力?で再会するエンディングに成り下がっちゃいましたね。
腑に落ちないのは「よくも悪くも・・・」の「悪くも・・・」の部分がのどに引っかかってるからで、実際に公開時にも大絶賛の陰で飲み込めずに口の中でもぐもぐしてた人も多かったようです。
大絶賛組でも否定的な意見の人の指摘にはぐうの音も出ないところがあります。否定的な人の言い分は『物理的、考証的、作画的、演出的におかしい』というモノばっかりだからです。そーいう不具合でも今までのアニメになれてる人には「神作画、神シナリオ」ってなるんだろうけど、やっぱり「ヘンなモノはヘン」という人もいます。有名な「何故その場所の事件を忘れる?」も、大絶賛に人たちだって「そんな事実はありません」って言っているわけじゃないんでしょう。作品の価できるポイントを数える加点法と、ヘンな部分を数える減点法があります。どんな作品にもよい部分と悪い部分があるんだから加点でも減点でもいいんですが、いいところがあるんだから悪いところを気にする必要はなしとはなりませんよね。今回はプラ・マイでマイナスになった人に向けた記事になります。大絶賛した人にはオススメ出来ない内容です。まだ観てないけど観る気はある人も、今回は本気のネタバレなのでオススメいたしません。

 
 あくまでも大ヒット作なので「つまらない」と言うほうがマイノリティーなんでしょう。でも面白さは多数決じゃないんだから個人的に腑に落ちない部分は譲れません。楽しめた人にとっては気にならなかった重箱のスミのようなことばっかりだけど、あえてヘンなところを上げるとしたら・・・という感じで羅列してみます。

「君の名は。」の腑に落ちなかった部分

対象年齢が低め。
ストーリーの中のウソの設定の数が多すぎる。
組紐がよく判らない。
日常シーンのチープさ。アニメ的なお約束シーンばっかり。
前前前世の使い方が思っていたのと違う。
可愛いと思えるキャラが出てこない。
モミモミするシーンがクソ。

ネットなどで上がっているアンチ派の意見と被るところも多いですが、主人公が災害の地を覚えていないのはおかしいとか、彗星の軌道など作画の間違い探しなど有名どころの指摘は省きます。個人的に演出上のハテナ?だったりガッカリだったりした部分だけクローズアップしてみました。

 ※ 対象年齢が低め…

コレは一番強く感じたことです。公開時の雰囲気では子供から大人まで全年齢を対象にした作品って印象がありました。アニメだけど大人が観ても楽しめるっていう評判だったと思います。前回の記事でも書いた通り新海誠さんの中学生っぽさは、制作委員会のおかげでかなり薄まってました。
ピクサーのように子供向けに作られた作品と言い切ってくれれば、その中に大人にも飲み込める食材が入っていたりすると「なるほど、思ってたよりいいな」って感じます。逆に子供の大好きなメニューを並べて「さぁ、大人気メニューですよ」って言われても、甘いハンバーグや甘いナポリタンばかりだと喉を通らないでしょう。
「君の名は。」では高校生の視点から見た「政治をなりわいにする大人」や「きれいなお姉さん」や「習わしを教えてくれるおばあちゃん」しか出てきません。主人公たちが成長して社会人になった姿は、やっぱり高校生の視点で描かれた「大人になった高校生たち」って感じです。一人称だけでシナリオを作るのは若い世代の作家にありがちなことだと思います。傲慢な展開が自己主張だと思ってる世代では、自己中心的な話にどうしてもなりがちです。この作品でもいろんなエピソードが詰め込まれていますが、気になるのは主人公の自己中心的なセカイに物語が終始するところです。
日本のスタンダード・ストーリーの「桃太郎」は、主人公の一人称(都合)だけで物語が進みます。これは子供に読み聞かせるストーリーのボリュームだからこれで正解です。でもこのお話を大人の視聴に耐えられるようにするには「鬼を退治する理由」を明確にしなきゃいけません。そこには鬼に苦しむ村人や行政側の視点も必要になります。この視点を取り入れて怪獣映画を大人の視聴にも耐えられる作品にしたのが円谷英二さんの「ゴジラ」と庵野さんの「シン・ゴジラ」です。

 ※ ストーリーの中のウソの設定の数が多すぎる。

物語とは「創作という作り話」のことをさしているので、ウソのストーリーは問題ありません。でも一つのストーリーでついていいウソは一つまでだと思います。例えば『何らかの理由でゴジラが出現する』というのは「そんなことあるわけないじゃん」とはなりません。でも『謎の組織が密かに怪獣を作って破壊活動をする』というウソも一つのウソです。たまたま同じタイミングで偶然ゴジラも出たし秘密結社の怪獣も出たっていうのはうそが多すぎますよね。近年の「クライマックスで真実が明かされる」という感じのシナリオも。ウソ(作り話)を増やしてるだけのことです。でも、こーいうウソ(設定)の上重ねは、物語を盛り上げたい一心なので否定ばっかりではありません。
「君の名は。」の中のウソ設定は『男女が入れ替わる』『1000年に一度の彗星と隕石落下』『宮水神社の神事』等々…そこに『入れ替わりは3年のタイムラグがある』とか『突然入れ替わらなくなったり、口噛み酒で再び入れ替わったり』などストーリーを正当化するためのウソの上重ねなどですね。
偶然こっちには怪獣、あっちにも怪獣というストーリーはお子様向けですよね。結果として入れ替わりも隕石も1000年も口噛み酒も一つの物語の中に集約されるんですけど、普通に観てる人にとってはこれらの設定を関連づける演出の工夫がほとんどありません。理解できない人はもう一度観るか監督のインタビューや関連本を読んで設定を調べて下さいっていう感じですよね。
そもそも男女入れ替わり(とりかえばや)がやりたいのか、隕石パニックサスペンスがやりたいのかも定まっていません。大きく分けると「入れ替わりパート」と「三葉を探すパート」と「隕石パート」になります。隕石パートはコレがないとストーリーが終わらないって思ってる人の定石です。それゆえにもっとも陳腐なクライマックスだと夏井いつき先生も言ってました。(ウソ)

 ※ 組紐がよくわからない…

演出意図とか云々ではなくて、組紐というものがよくわかんなかったということです。宮水神社の名物とかお土産として娘たちが作らされてるのか、神具として奉納されるのか?ウィキによると仏具とあるから神社はどーなの?って感じがするし… 間々田紐は下駄の鼻緒に使われる工芸品です。
瀧クンの手首に巻いてある組紐はミサンガにしか見えませんでした。原画の人が組紐のイメージがなかったのかな?ばーさまの「より集まって…」というセリフが撚り紐(ロープ)と混同しそうです。写真で見るイメージしやすい組紐は帯留めですけど、アニメの中の組紐と違う感じなんですよね。

 ※ 日常シーンのチープさ。アニメ的なお約束シーンばっかり…

王道の青春アニメとしたら学生生活やバイトの日々を謳歌してるシーンが不可決です。そーいう主人公と友達のやり取りが盛り上がんないのが致命的だと思います。とくに三葉の側の土建屋の息子とか瀧クン側の屋上組たちは笑わせるくらいのシナリオが必要でしょう。彼らとのやり取りで盛り上げられないのは面白いアニメとは言いにくいです。ドラマ冒頭の糸守町でカフェを探すネタは『この作品は特別笑える作品ではないので、ストーリーの深刻さを楽しんでください』っていう宣言のようなつまらなさです。監督や脚本が「面白いことを言い合ってる主人公たち」っていう設定でコンテを引いてるようじゃ面白くなるはずもありません。
ほとんどのアニメ演出家やアニメファンが勘違いしているのは、日常のシーンを日々の行動の切り取りで表現しようとすることです。だらだらと付き合うクラスメイトとシーンで、文字通りだらだらと実のない会話で関係性を表現しちゃうんですよね。アニメファンもそれに慣れちゃってるからだらだらとした会話を『日常をリアルに表現してる』って評価しちゃうところがあるみたいです。
押井さんや宮崎さんは作品に合点がいかないことも多いですが、彼らの若いころの作品の凄さはアニメで笑わすシーンは全力で笑わせにいきます。最近のアニメーターのような面白いという設定のシーンを置きにいくようじゃダメなんでしょう。

 ※ 前前前世の使い方が思っていたのと違う…

これはもう単純にそう思っていただけですが、CMでかかっていた「前前前世」はクライマックスの一番アガるシーンで流れると思っていました。実際はとりかえばやのシーンがはっきりしたところから入れ替わりのダイジェストのシーンに流れます。曲が流れてる間にバスケで活躍する三葉や先輩とデートする瀧クンなど… 先ほど書いたアニメで全力で笑わせに行くシーンです。
この作品で観客が観たいモノは何でしょう?隕石から村人たちは救えるのか?瀧クンが先輩と付き合いるのか?宮水神社の謎と伝承について?市長選の結果…?全部違います。観客が観たいのは男女が入れ替わるストーリーでしょう。だってそーいう宣伝してたから。男女が入れ替わるラブストーリーだと思ったから観るんであって、自己都合で考えた原理や入れ替わりの法則やタイムラグなんかはどーでもいい設定なんです。何で?という疑問よりも男の子になった女の子や女の子になった男の子のお話が観たいんです。それがまさかのダイジェスト。しかも宣伝のまんまって感じです。それこそ隕石なんかは曲中の3分でサクッと解決してもいいくらいありふれた話です。隕石が…とか、最終兵器が作動する…とか、そんなありふれた展開に時間を割いて何でとりかえばやを描かない!ここは素直に男女入れ替えに時間を割きましょうよって夏井いつき先生も言ってます。(2度目の登場)

 ※ 可愛いと思えるキャラが出てこない…

これは三葉を可愛いと思うかどうかによりますが、アニメっぽいキャラにしか見えないです。妹は典型的なしっかり者の小学生というアニメワールドのレギュラーです。瀧クンは過去の新海誠作品の主人公のような同じコミュニティにいても絶対に友達にならないタイプほどではありません。でも自らが面白いタイプの主人公ではありません。
脚本の基本設計に女性がいない感じです。男目線でぼんやりイメージした女子キャラ。古典の先生とか先輩女性は最たるモンでしょう。新海誠さんは女性キャラに魅力が無いから作品に魅力を感じないんでしょう。ストーリーが大ざっぱなんだからせめてキャラで頑張るべきなんだけどね…
奥寺先輩は唯一可愛いと思えそうな位置づけだったんですが、バイト仲間と一緒に瀧クンと糸守町へ行くシーンで、深刻な瀧クンとの対比で観光気分ではしゃぐ奥寺先輩に幻滅でした。キャラがぶれてるようにしか見えないです。何でそこで全力で笑いを取りに行くんだ?そこは違うだろ!

 ※ モミモミするシーンがクソ…

このシーンがこの作品のすべての評価を決めるところです。三葉に入れ替わった瀧クンが朝起きてモミモミするシーンですね。現実にあーなった時のリアクションだとウソ臭いし、観に来た男子が期待したシーンはあんなモンじゃないハズ。小さいお子さんも観にくることへの配慮だったらR指定にすべきです。むしろ小さいお子さんだっていろんなことをしますよ… 
それがあるからこそのとりかえばやでしょ?シーンはオブラートやモザイクに包んだとしても、そっちな展開は必要でしょう。何でできもしないとりかえばやを題材に選んだのか?ここらが対象年齢の低さなんでしょうね。

 この作品は変電所を爆破した段階で自分の評価はゼロでした。防災無線をオモチャにするアイデアも不快でした。1000年前に隕石が落ちたことと、地震や津波が歴史上繰り返されていることがごっちゃになってるみたいです。
いろんな設定が組紐のように絡まってるイメージの作品を作ったんでしょう。ややこしい設定は制作側の都合でややこしくなってるだけです。「2度観たくなる」というのは当時の映画評で多く聞きました。何度も観ればややこしさも解読できるのかもしれませんが、2度も観るのは面倒っていう人には通用しない言い分です。観客が鑑賞中に「アレ?」とか「どうして?」とか思った瞬間にその人の頭の中は作中の世界から現実に戻っちゃってます。興ざめという現象ですね。本当に引き込まれるストーリーとは、疑問に思う瞬間だどないくらいにストーリーがカラダに入ってきて、違和感なく観終わったあとに「考えてみるとあのシーンって…」と味わえるもののことでしょう。


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