topimage

2015-08

人情話で28年 - 2015.08.14 Fri

深見じゅん さんの「ぽっかぽか」が全シリーズ完結しました。

 「ぽっかぽか」は28年間も続いた深見じゅんさんの作品で、もう一つの代表作の「悪女」 とともに深見さんをメジャーマンガ家にしました。「悪女」も8年間の連載で全37巻の大作です。 どっちもドラマ化されたりして、女性マンガ誌(いわゆるレディ・コミじゃないよ)の黎明期を支えたマンガ家です。 初めて深見作品を読んだ印象は「少女マンガというよりも少年マンガ的なレイアウトで、枠線をきっちり使うコマ割の女性マンガ家」っていう感じでした。 キャラが可愛いとか美人ってほどの画力も無いけど、一応当時の女性マンガと同じ方向に揃えようと努力してるって感じでした。
「ぽっかぽか」は集英社の「YOU」で掲載されていましたが「悪女」は講談社の「BE-LOVE」で掲載されていました。「ぽっかぽか」は当時の「YOU」の作家陣の絵柄やテーマに引っ張られていた気がしましたが「悪女」のほうは深見さんの世界観が全面に押し出されていたように思います。 以降、集英社のロング連載「ぽっかぽか」と講談社の中期連載の2本立てで作品を発表していきます。
当時は少女マンガが注目されていた時代なので少女マンガのテクニックやテイストを少年マンガに応用することが始まりつつありましたが、「悪女」は逆で少年マンガのテイストを少女マンガに持ち込んで成功した珍しい少女マンガ家です。「悪女」は日本初?のロールプレイングゲーム形式を採用したアドベンチャーマンガです。 当時流行っていたRPGゲームをマンガに取り入れようとしたマンガ家は多かったんでしょうけど、多くの少年マンガ家は「RPG=勇者対モンスター」って考えていたようでした。 深見さんは「ダンジョンは洞窟じゃなくて企業内にある」って気づいていたんでしょう。 このマンガは「BE-LOVE」よりも「ヤングマガジン」で連載したほうがもっと人気が出たのかもしれません。 深見さんはあんまり美少女が描けないけどね。

 「ぽっかぽか」は郊外の新興住宅地へ引っ越してきた田所夫妻と保育園に通う一人娘を中心にした日々を描いた物語です。 大きな展開のお話ではなく、不定期連載っぽく読み切り型の短編ストーリーで構成されています。 毎年お正月が来るけど28年間すーっと娘は保育園へ通い続ける“サザエさん時空”を採用した物語です。 麻美(はは)と慶彦(ちち)と娘のあすかを中心にした保育園の人間関係から育児マンガというイメージが強いのですが、深見さんがこだわっていたのは育児をするお母さんに向けた「お母さんマンガ」というジャンルだと思います。 講談社掲載の「悪女(わる)」やその後の長編はストーリーに不可欠な伏線や謎の展開、どんでん返し等のギミックを満載したマンガですが「ぽっかぽか」はオチが見えるほどの人情話です。 ストーリーを考えるときに正義と悪とか勝ち負けとか成功などがあると簡単なんですよね。 マンガのストーリーに勝負シーンが多いのは勝負の間は自動的に話が進むから。 じゃあ人情話は難しいのか?っていえば、お涙ちょうだいの定石(パターン)も存在しますからそれも様々です。 一般にマンガファンという方々の批評の対象に人情話のマンガが上がることは少ないです。 映画ファンが寅さんを語らないように、マンガファンも「進撃の巨人」は語るけど「人間交差点」は語らないモンです。
人情噺というと「良い人たちが情けをかけて良くない人や不幸な人を助ける」っていう話でくくれそうですが、必ずしも人の情けのお話だけではありません。 人情を「人の情け」と訳さずに「人それぞれの事情」と訳せばちょっと解りやすいかもしれません。 「ぽっかぽか」は様々事情を抱えた登場人物の悩みを、お節介な主人公の麻美(はは)が解決したり解決できなかったりするストーリーです。 「毎回展開が気になる」っていうマンガの楽しみ方をしているって人よりも、「時々出る単行本を見かけたら買う」ってくらいのファンが多いマンガでしょう。

 マンガ家を目指す人がストーリーを勉強するときに友情や努力や勝利を勉強する人は多いのです。 しかし真剣に人情噺を学ぶ人が少ないような気がします。 「人情話=お涙ちょうだい」っていうイメージで軽視されてるのか、新人マンガで人情マンガでデビューを目指すっていう人が少ないような印象です。 前回の日記で取り上げた高野 雀さんのような新人マンガ家さんに多いのは主人公が一人称のマンガです。 主人公が自分語りのようなストーリーでマンガ自体の主語が「ワタシ」っていう感じのマンガです。 本来はそれでもいいんですが、それは主人公の日記や独白のようなマンガになっちゃいます。 よく言う「主人公視線」ですね。 これに対して人情話は三人称の視点で描かれている事が基本です。 寅さん映画では寅さんの視点だけで構成しているのではなくて、客観的な構成で寅さんに関わる人間模様を描いているんです。 それは人情話が「人のそれぞれの事情」をモチーフにしたジャンルだから。 マンガでは主人公を格好良く見せるとか感情移入させるという一人称のスキルも重要なんですが、キャラの関係性や物語での位置づけを表現するには三人称なスキルも必要です。 三人称でキャラを考えられればその中の主人公を特化させるだけで物語に感情移入できる作品になります。 基本は「それぞれのキャラは主人公のために存在しているワケでもない」っていうところです。
深見さんは「ぽっかぽか」では1話50ページくらいのボリュームで人情話を描いています。 これくらいの長さで完結できる作品が描ければ長期連載も読み切りも思いのままに表現できます。 実際に長期連載型のマンガ家のほとんどが読み切り作品はイマイチな感じがするモンです。 32ページ~50ページくらいでまとめられるスキルがあれば読者にもありがたいんですよね。
扱っているテーマが育児や夫婦間など家庭内に起こるストレスやトラブルなので、毎回すっきりとしたエンディングに落ちるとは限りません。 でも毎回オープニングとエンディングに永田 萌さん風のポエムでねじ伏せていました。 そーいう型を作ることも28年続けるには必要なワザなんでしょうね。




マンガにおける喫煙表現について

 「ぽっかぽか」は28年間にわたり同じ内容を描いているんですが、歳月によって変わっていったコトもたくさんあります。 当時の「YOU」などは「マーガレット」の主軸読者の女子中高生が、卒業し大人の女性になっても少女マンガを読み続けてもらうためのマンガ誌です。 読者を社会人女子へ設定してうのでマンガのテーマも学園ラブコメやファンタジーから就職や結婚に変わっていきました。 読者が子供から大人になるとキャラも大人の女性にする必要がありました。
大人の女性を表現する方法といえば“酒、タバコ、オトコ”ですよね。 オトコに関しては当時の少女マンガでは純愛にかこつけてかなりの主人公はとっくに経験済みでしたから、何を今さらっていう感じでした。 しかし乙女チックラブコメでは初体験が物語のゴールでしたが、大人向けではその先の結婚がゴールだから日々のエッチシーンなんか物語のいろどり程度です。 ポルノ系レディースコミックでは性描写にこだわっていましたけどね。 それでも少女マンガを描いていた方々がベッドシーンを公然と描けることが嬉しいのか、誰も彼もがいちいちセックスする作品が多くなっちゃいました。 そのマンガ家さんの作風や物語のテイストを考えると「そんなにエッチが必要か?」っていう印象もありました。 当時女性読者が読んでいてどう思ったのかはわからないんですけどね。
酒に関しては「合コンに向かない主人公が人数合わせで無理矢理かり出されたら、男性側で無理矢理調に達された相手役と喧嘩したりエッチしたり」という鉄板の展開があります。 女性マンガでの酒の飲み方はヘンなラウンジでマスターがカクテルを作ってるようなドラマで見たようなお店が多かったように思います。 当時の女性マンガ誌では酒はオトコにしなだれかかるためのアイテムなので「海街diary」の次女のような飲んべぇはあまりいませんでした。

 そしてタバコなんですが昔からマンガの世界では大人を描くときにタバコを吸わせて子供との描き分けをしてきました。 主人公が少女から大人の女性に変わるので、とりあえずタバコを持たせるとかキャリアウーマンの上司だからタバコを吸わすっていう安直な技法に走っちゃったんですよね。 それまでは女性の喫煙表現にはやさぐれた年増女、すれっからしの不良少女、水商売のお姉さんなど、ちょっとマイナスなイメージがありました。 吸う、吸わないは個人の勝手なんですが、世の中の女性喫煙に対するイメージはあまり好意的ではなかった気がします。 男性の喫煙は渋いオトコ、ちょっとワル目なニヒルなど次元大介的なプラスアイテムなんですけどね。
漠然と80年代あたりから若い女性が堂々と喫煙するようになったっていう印象です。 当時のパートのオバサマ方を見てたら実際は多くの方々が吸っていたんだろうけど、あくまでも風俗的な印象です。 この頃のトレンディードラマ(死語)などで人気女優がかっこよくぷか~ってやっていましたし。 新しい女性のタバコへのイメージは知的、キャリア系、芸術系、自立、といったハンサムなイメージです。 タバコえのイメージというのは本当はメーカーやコマーシャル、メディアが作り上げたでっち上げのイメージです。 映画スターや憧れのタレントが格好よくタバコを吸ってるということからの思い込みに過ぎません。 自分は格好イイ信仰がほとんど無いのでタバコを吸ってる人が格好よく見えたことがありません。

 「ぽっかぽか」の主人公の麻美(はは)はもともと喫煙者でした。 育児中もかなりの確率でタバコをくわえていました。 これは麻美が独身時代はバリキャリで派手な暮らしだったので「一般に求められるような理想の主婦像」にはほど遠いキャラです。 深見さんのキャラ作りの方針で家事が苦手で朝が起きられない、いいお母さんにはなれない」っていう設定でした。 したがって子供ができてもタバコを止めないっていう自我を通すキャラになったんだと思います。 タバコを吸いながら赤ちゃんを抱いてるお母さんなんて実際にはたくさんいるようですから、それ自体はリアリティーというならそうなんでしょう。 ただ間違いなく喫煙のマイナスのイメージをあえて主人公に付けることで「ぐーたらなお母さん」を表現したんでしょう。
しかし最近の「ぽっかぽか」を読んでる方たちには「えっ?麻美って吸ってたっけ?」って思われるでしょう。 テレビドラマ化されたときも喫煙シーンがあったらしいので間違いはありません。 じつは旧シリーズの3~4巻くらいのころまでは麻美は喫煙していたのですが、それ以降はピタッと喫煙表現がなくなっちゃったのです。 ストーリー上で麻美禁煙したっていうワケではなく、喫煙のシーン自体がなくなりました。
先程の通りキャラがタバコを吸おう吸うまいと作者の自由なんですが、深見さんもさすがに子供の前で吸うのはモラルの問題以前に子供の健康上や教育上マズいだろうって気がついたんだと思います。 そしてマンガの中で麻美のようなキャラにシンパシーを持つ女性読者が「ワタシも子育て中に喫煙してもいいんだ」って思われることの危険性に気がついたんじゃないのかな? 喫煙を始める原理ってこれだけなんですよね。 多くの医者や学校の先生が“健康に良くないからタバコを吸っちゃ駄目”って言うのですが、その人の中に「誰かの肯定」があれば喫煙を始められるんですよね。 男子の喫煙者はほぼ全員が中学生ころに始めてるんでしょう。 おかしな話タバコって子供が吸ってるんですよね。 その習慣が抜けない大人が継続して吸い続けているだけなんでしょう。 しかし女子の場合は成人してから吸い始める人が案外多いようなんです。 想像では中高生のころにつき合っていた男子の影響で吸い始めたケースが多いんだと想像しますが、成人からタバコデビュー女子の場合は、前記の通りにタバコに大人の女性のプラスイメージがあるんでしょうね。

 個人的な意見なんですがマンガは男女問わず全面禁煙にしたほうがいいと思っています。 これは出版社レベルで性器描写と差別発言と喫煙表現は印刷しないっていう慣習にしちゃうんです。 この問題では表現の自由論者が面倒くさいんですが、性器や差別や喫煙がないとできないような未熟な表現は必要ないんですよね。
深見さんには何で主人公の喫煙設定を止めたのかについて説明してくれたらいいのにって思います。 現役のマンガ家に教えてあげて欲しいです。 麻美の奔放な主婦ぶりを演出する喫煙は一人称のマンガを象徴していましたが、喫煙しないことを決めたころは三人称マンガの人情話になっていたんでしょう。
おりしも「悪女」で主人公の麻理鈴が出世のために最初に教わったことが「出世したければタバコを止めなさい」という教えでしたっけ。

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