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2015-08

銭湯に行こう - 2015.08.25 Tue

釣巻 和さんの「のの湯」です。

 このマンガは浅草で人力車の車夫をしている鮫島野々(のの)が、岫子(くきこ)とアリッサの仲よし3人組で銭湯巡りをするというお話です。 基本は釣巻和さんのオリジナル作品なんですが、原案協力にあの有名な久住昌之さんが担当しています。 (クレジット有り)
釣巻さんと久住さんでは知名度で圧倒的に久住さんの勝ちだと思います。 「ダンドリくん」や「かっこいいスキヤキ」の泉昌之の原作のほうの人ですが、最近では「孤独のグルメ」や「花のズボラ飯」で有名なマンガ原作者です。 マンガの人というよりも文化人(蔑視的なニュアンス)としてタモリ倶楽部系サブカルの人っていう印象が強いかも知れませんね。 方や釣巻さんは描き込み系の女流ファンタジーマンガ家です。 あくまでも個人的な嗜好の問題で久住さんの原作マンガっていうのはほとんど読んでいません。 そもそも“ガロ系”のマンガにも“こだわり系”のマンガにも“劇画タッチのミスマッチ系ギャグ”のマンガにも関心がなかったからです。 今でも“意外なものを面白がれるボクたち”っていうサブカルのノリだけのお話がイラっとするんです。 所ジョージさんやみうらじゅんさんにはイラってしません。 だぶんそれは所さんたちは自分で行動(実現)しているのにウンチク作家たちは「知っているだけ」だからです。 会話(トークショウ)の中でのウンチクの披露だけだったら知識の有無も芸のうちです。 でもマンガなどの出版物のようなタイムラグのある知識の披露は「究極、調べれば誰にだって書けるじゃん」ってことになります。 マンガにおける差異を見せるのはソコじゃないっていっつも思っていました。 当然ながらマンガにも知識やディテールがあったほうがイイのですが、知識だけでOKっていうマンガが多いのも気になります。 だって美味しいお店が知りたければ「食べログ」でイイじゃん。

 一方の釣巻さんはデビュー単行本?の「童話迷宮」で高度なマンガテクニックを駆使したファンタジー作品が印象的でした。 当時の自分のブログでベタ褒めにした記憶があります。 しかし同人誌出身のマンガ家にありがちな「自分の世界観に対するプライド」を強く押し出すような作風になじめずにそれ以降は読んでいませんでした。 イメージは植芝理一さんと三浦靖冬さんの間っていう感じで、「同人誌っぽい独創性」のアクがキツくて敬遠しているマンガ家さんのタイプでした。 不思議な展開は好きですが不思議なモノが出てくるだけの当たり前の展開は、普通の展開よりも読んでいて面倒くさいんですよね。 逆に3人ともファンタジーが好きな人からは絶賛されているようです。
釣巻さんには「童話迷宮」でスゴいなって思わされちゃったので、いつか不思議なモノ(ファンタジー)に頼らないマンガを描かないかなって思っていました。 ファンタジー好きの釣巻ファンの方々には申し訳ない話なんですけどね。 そうしたら今回取り上げた「のの湯」を見つけたんです。 「くおんの森」とか「水面座高校文化祭」などのタイトルに不思議少女感がいっぱい出ている気がしませんか? 短編の「あずさゆみ」も梓巫女の弓を連想させるんですが、内容は淡い少女マンガ系らしいので伊勢物語の“梓弓”から来てるのかも知りません。 なにしろ読んでいないので・・・
しかし「のの湯」のタイトルには『原案協力 久住昌之』と書かれています。 久住さんといえば知識をはべらかすタイプの作風のマンガだから、実在の銭湯は出てきても「千と千尋の神隠し」のような神々は絶対に出てこないだろうって予想できます。 久住さんの得意そうな銭湯アルアルには興味はないです。 でも不思議のない現代劇を描く釣巻さんには興味があったので、「童話迷宮」以来久々に弦巻作品を買っちゃいました。

  

 「のの湯」は久住さんの扱いが原作ではなくて原作協力になっているところがこの作品のキモだと思います。 主人公の野々とアパートの住人たちが毎回都内の銭湯に行くのがストーリーのお約束なんですが、想像していたほど銭湯知識満載でもオススメ銭湯満載でもありませんでした。 毎回銭湯に入るということは3人の女子キャラが毎回“おっぱいポロン”なんですが、女性マンガ家ということもあって極めて欲情しない作風(浴場とかけてあります)です。 3人の関係性や徒歩移動の3人が電車に乗ってまで銭湯に行く整合性には、相変わらず同人誌出身の作家さん特有の都合よさがあります。 浅草~上野周辺だけで銭湯巡り、もしくはチャリで2キロ圏内の下町だったら「下町銭湯モノ」っていうジャンルだったんでしょう。 主人公が人力車で営業しているエリア内の実在の銭湯を取り上げるんだったら、設定とウンチクの整合性がとれた作品になったと思います。 しかし久住さんが提供してくれる「オススメ銭湯」には麻布十番や蒲田といった「わざわざ食べに行くラーメン屋」っていう感じの銭湯なんです。 だったら銭湯同好会とか銭湯部とかイマドキの文化部系マンガみたいな設定のほうが通りがイイって感じです。 しかし久住さんの中の世界観では「同好会=ミーハー」で「孤高のこだわり=ホンモノ」というワケのわからん定義があります。 これは80年代のサブカルの人特有の「知らないヤツらよりも知ってるオレたちのほうが偉い」というヘンな優越感です。 アニメの中でオタク語で長文を演説するメガネをかけたキャラのベースはこの人たちが起源です。 スマホ時代では「知識はネットで共有するモノ」っていう概念ですが、昔は勉強した人にしか語れないジャンルが存在しました。 だからオタクっていうのはその世界の評論家になれるくらい勉強してやっと認められる称号だったのですよね。

 今回の「のの湯」は久住さんの原案協力というのが「あそこにこーいう銭湯があるよ」っていうレベルなのでマンガのテイストはほぼ釣巻さんワールドです。 しかし久住さんという社会人?に見せるという前提で作られてるのである程度の一般向けマンガにはなっています。 でも両者がチカラを出し切らないということでバランスを取ってるようにも見えて「いちいち銭湯に行かなくてもいいんじゃないのかな?」っていう風にも思えちゃいます。 「だったら読まなくて結構、このマンガは銭湯を愛してくれる方々に向けて描いてるんです」って言うのも同人誌みたいで違う気がしますよね。 なんで銭湯に行くの?っていうそもそも論が「銭湯好きの女の子」っていう設定だけじゃ説得力がゼロです。 設定だからじゃなくてストーリーのなかで説明できなきゃマンガの読者には伝わるけど通用しません。 主人公が銭湯好きっていう表現はたくさん描かれてるんですけどね。

 自分はグルメ作品などの食事をしているシーンが苦手なんです。 大ざっぱに説明すると大将やコックが作るウンチクをたくさんかかった料理を主人公が顔をほころばせて口からご飯粒をまき散らしながら「うんっめぇぇ~」って叫ぶシーンが大っ嫌いなんです。 これだけで読むのを止めちゃいたくなります。 本当に美味しいモノを食べた時に全身で叫んじゃうくらい美味しいというのは、本当に美味しいモノを食べたことがない人だから描けるんだと思います。 貧乏人やモノを知らない読者が読むんだからこれくらいして上げなきゃわかんないでしょ?っていう作為は、コロコロコミックなみに読者の設定年齢をみくびっています。 「のの湯」でも1話目で1ページ全面を使って「生き返る~」をやっています。 この段階で「うんっめぇぇ」マンガかな?って思いましたが、それ以降はあんまりやらなかったので何よりでした。
銭湯マンガよりも人力車マンガにしたほうがストーリーもウンチクも広がりがあるんじゃないのか?って思います。 せっかくの珍しい女性車夫という設定なのに「車夫だから汗を搔く~銭湯に入る」だけではもったいないです。 いっそのこと岩下尚史(ハコちゃん)さんを原案協力にすれば相当のウンチク下町人情マンガになりそうです。 主人公は浅草の人力車なんでけど要望があれば神楽坂でも麻布でも大森でも飛鳥山でも走ってくれる元気少女で、行く先々でお客さんと銭湯に入ることで有名な車夫って設定とか。 そのほうがお話的にも作りやすいんじゃないのかな?

 自分は2巻以降を読むのかは微妙ですが、「ふれあいの湯」は必ず出てくると思います。 このマンガの雰囲気では欠かせない銭湯だと思います。 それを確認するまでは読もうかなって思っています。

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