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2015-04

生の芸術って何? 2 - 2015.04.11 Sat

NHK 「探検バクモン」から、アール・ブリュットという表現方法の違和感についての続きです。

アール・ブリュット(生の芸術)とは
『芸術的訓練や芸術家として受け入れた知識に汚されていない、古典芸術や流行のパターンを借りるのでない、創造性の源泉からほとばしる真に自発的な表現』

 NHKの「探検バクモン」は爆笑問題の二人が、あまり知られていない施設や一般の人は立ち入り禁止の場所を探検(取材)する内容の番組です。 最初のころは爆笑問題(特に太田さん)が大学教授の研究所に学問や研究を聞きに行く形式の対談番組でした。 しかし大学の教授が全て面白トークのできるテレビ向きなワケではなく、学者特有のマイナーキャラの人が多いので“まったく盛り上がんない”番組でした。 太田さんは頭が良い人が好きなので「大学の先生はお利口だから話が面白いはずだ」っていう先入観で番組を企画したんでしょう。 でも普通に考えてシロウトの大学の先生にテレビで面白トークを求めるのは無理です。 その反省から現場を探検するというテレビ的な演出の番組にリニューアルしました。 探検といっても誰も見たことがない映像ではなくて、職員や関係者は出入りしている施設を観に行くだけです。 自分の感覚ではへぇって思える回は3~4割くらいです。 これはきっと「タモリ倶楽部」の打率と同じくらいなのかな? 新日鉄の君津工場の回では、自分が小学校のときに社会科見学で見に行った所で懐かしかったです。

 今回取り上げる「バクモン」のテーマはアール・ブリュットという芸術のジャンルについてです。 番組を観た方や芸術に明るい方々以外では聞いたことのない言葉だと思います。 自分もアール・ブリュットって言葉は初めて聞きました。
NHKの説明では『正規の美術教育を受けていない人々が、自分の中から生まれた衝動に突き動かされ制作した芸術のこと。 フランス語で「生の芸術」を表すこのアートは我々の美術に対する固定概念を軽々と越え、心をわしづかみにし、今、注目を集めている』 ちょっと、何を言ってるのかわかんないですよね? 番組でまず紹介したのは浅草などで徘徊 活躍している帽子オジサンです。 突然オリジナル過ぎる帽子をかぶって日本を明るくすることに目覚めちゃったんですが、海外でも妙に評判になっちゃってフランスとかのイベントにも呼ばれちゃうくらいの有名人らしいです。 岡本太郎先生や楳図かずお先生のような真の芸術家系ではなくて、街によくいるような“なになにオジサン”そのものでした。 帽子は完全なオリジナルっていうワケではなくて、市販の帽子に市販の人形やグッズをのり付けしてる代物です。 ほとんどが版権が発生しちゃう有名なキャラばっかりなので、オフィシャルなステージに出るのは権利関係がアレな感じでいっぱいでした。 この帽子オジサンは本ネタのための前振りです。 こーいう美大出身や海外留学の経験がないシロートさんでも、「アール・ブリュット」という概念では芸術家と称されるんですよってことらしいです。

 本ネタのほうは「川口太陽の家 工房 集(しゅう)」というアトリエ工房への取材です。 自分は埼玉県の川口市に住んでいますので、ロケ地の景色を観れば「あの病院の裏あたりだな」って判る場所にあります。 このアトリエは社会福祉法人みぬま福祉会という障害者支援団体に帰属する工房です。 したがって工房 集で活動している作家はある程度以上の知的障害者です。 この日記を書くにあたり知的障害の程度の分類やなんやらを調べたんですが、自分の半端な知識で書けるほど簡単なモンではありません。 みぬま福祉会という施設は養護学校を卒業した生徒の受け入れ先として発足した団体なので、工房 集はそーいうイメージの方々が作家として活動していると思っていいです。
自分は芸術の特集で養護施設っていうのに違和感があったんですが、アール・ブリュットという芸術の概念では養護施設こそがアール・ブリュットなんだそうです。 養護施設も調べてると法律上やら難しいルールがあるようですが、一般に想像するような施設のことです。 多くのアール・ブリュットがアートセラピー(芸術療法)として知的障害や精神障害の治療やカリキュラムとして成立しているようです。 したがってアール・ブリュットの取材なら養護施設は不可欠でしょう。

 今回の番組でインパクトを出していたのは作品名?「ドラえもん」というひらがなの“も”という字を紙に描き続けるアートの人でした。 説明しにくいので工房 集のHPを検索して頂ければ作品を見ることができます。 最初はど・ら・え・も・んの全ての文字を描いていたんですが、作品を描き続けるうちに他の文字が省略されていき“も”だけになったとのことです。 施設の職員の説明を聞くとアーティストっぽく聞こえますが、描いている当人を観ているとまったくアーティスト感がありません。 自分の個人的な感想を率直に言わせていただければ「何じゃこりゃ?」っていう感じです。 毒舌だけが売りの太田さんも苦笑いでした。 帽子オジサンはお笑い芸人が大好物の「ヘンなシロート」なのでツッコミ放題でしたが、相手が知的障害者という難敵だと分が悪いようでした。 帽子オジサンには獲物を狙う目をしていたのに工房 集では終始目が泳いでいました。 これは太田さんがコメントに困ったときや罰の悪い時の表情です。
番組には爆笑問題の二人とアール・ブリュットを解説する学芸員と工房 集の職員が出演しています。 解説の学芸員は芸術の専門として「“も”の絵」を説明しようとしていますが、 施設の職員はその絵を福祉の専門として説明しています。 完成した絵への評価は描いた当人の人間性や社会的な立場に影響される事なく下されるべきなんでしょう。 でも職員自身が彼らの作品の芸術的価値を評価してるのかな?って感じました。 綺麗事ではない障害者と綺麗事の芸術がくっつくと、そこはかとない違和感が感じられます。
はっきり明言しちゃうと彼らの作品や帽子おじさんの帽子に、何の芸術的感動や関心はありません。 それはたぶん自分のアール・ブリュットに対する考え方が視野狭さくだからなのかも知れません。 自分の考えが狭いのは「既存の芸術の枠に対して彼らはその枠を自由に超えちゃっていること」に対してなのか? それとも「知的障害の方たちのアートセラピーや社会貢献活動」に対してなのか? 福祉が入っちゃうとそれさえが曖昧になっちゃうんですよね。

 ハンデキャップがあることと芸術の善し悪しは分けて考え無きゃダメだっていうことを、我々は現代のベートーベンこ佐村河内守で学びました。 替え玉の作曲家が本物の作曲家だったので曲自体もちゃんとしていたのが話しをややこしくした原因だったんですが。 芸術は先入観ありきだと正しいジャッジができなくなります。 先入観なく鑑賞に耐えられて、それでこーいう人たちが描いた作品なんだよって知るのなら違和感はありません。 でも現状のアール・ブリュット芸術は福祉事業の一貫に組み込まれちゃっているようです。 アール・ブリュット=知的障害者の作品ということですが、それはこの日記の冒頭に書いた『古典芸術や流行のパターンを借りるのでない自由な表現』というアール・ブリュットの提唱とは違っています。 本来のアール・ブリュットの意味は知的障害者や精神障害者の創り出す芸術などと一言も言っていません。 だってそれだと番組前半に登場した帽子オジサンも知的障害者ってことになっちゃいます。 かなりきわどいキャラでしたが・・・
この工房 集の方々の作品の興味深いところは一般の方々に受け入れられていて個展や物販も盛況なことです。 それは福祉に熱い支援者たちが援助のつもりで買ってるのではなく、単純に作品を面白がったり評価して作品が流通してるようです。 自称芸術家とか自称ネット絵師たちなんかよりもよっぽど芸術家です。 しかし当人たちは芸術家を自称していないようなんですけどね。

 「芸術に良いも悪いもない、何をやっても自由なのが芸術だ」っていう意見もありますが、自分はそうは思いません。 何をどう表現しても構わないし金や名声のためでも無心でも構いません。 誉めて欲しいから描くというのは芸術に対するまっとうな姿勢だとも思います。 コレは芸術、アレは芸術じゃないって難しい話ですね。 唯一芸術をくくる要素を考えるとしたらそれは「意図的に創り出す表現」って言い方が当たってると思います。 美大で勉強するのも師匠に弟子入りするのも意図的に創り出す方法を学ぶためです。 芸術的だけど芸術ではないモノとしてはグランドキャニオンやエアーズロック などあり得ないような風景やミルククラウンのような物理現象など。 それらの写真は芸術だけどそれは写真で伝えるという写真家の意図があるから。 じゃあ工房 集の作品に意図がないのか?っていうのが難しい問題なんですが、彼らが同じ作品を繰り返し作ってる点がポイントかなって思います。 彼らの絵を解析するには美術家による作品自体の芸術的な価値と、福祉士による彼ら自身のハンデキャップへと観察と、脳科学者のよる作品を作る“作品を作り続けてしまう行動”の研究が必要でしょう。 キャンパスに細かくカラフルに描き続けられた絵の作者が描き続ける理由にこそ芸術があると信じています。 それを解明するのは美術の番組でも福祉の番組でもなく科学の番組だと思います。 今回の特集が「探検バクモン」ではなくて「ハートネットTV」で放送されていたとしたら、まったく違和感がなかったと思います。

 今 初めて俺にあと時の お前の叫びが聞こえる

 お前は夢を手にするために 生命がけで生き抜いたんだね

 マグリットの石 さだまさし

マグリットは芸術的訓練を受けていただろうからアール・ブリュットではありません。 でも『古典芸術や流行のパターンを借りるのでない、創造性の源泉からほとばしる真に自発的な表現』であることは間違いありません。 重要なのは訓練を受けていないことなのか、自発的な表現なのか? そーすることとそーなっちゃうことの境目が判りにくいですね。
日本が生んだ偉大なアール・ブリュットのアーティストに日本のゴッホこと山下清さんがいました。 裸の大将ですね。 彼の“ちぎり絵”は間違いなく芸術で、日本画史にのこる重鎮です。 今思うと「裸の大将放浪記」って昭和だからこそ制作できたドラマだったんでしょうね。

 

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