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2014-07

ラジオが教えてくれたこと - 2014.07.30 Wed

水谷フーカさんの「 満ちても欠けても 」です。

 今回はラジオについてのお話です。 “radio”でも“レディオ”でも“ラジヲ”でもなくて“ラジオ”です。 小学生のころ、父親が唐突にラジカセを買ってくれました。 彼はメカメカしい製品が大好きな人だったので、こーいうモノは妙に買ってくれました。 現代っ子たちはラジカセという商品を見たことも文字通り聴いたこともないだろうけど、ラジオとカセットテープのデッキがくっ付いた商品です。 ソレまではドリフを観ていても歌手が歌い始めると「 早く終わんないかな~」って思っていたガキんちょを、“音楽の素晴らしさ”に目覚めさせてくれたのがラジカセでした。 ロック歌手たちの回想録のように「 親父のラジオからストーンズが流れてきてガツンと打たれたんですよ 」なんてことはまったくありませんでした。 小学生は英語の歌なんか聴きませんから、うっかり親に「 ギターを買ってくれ 」って言うこともありませんでした。 ギターに目覚めてたら別の人生を送っていたかも?

 自分がラジオで目覚めたのは音楽よりも言葉のほうでした。 ラジオから歌謡曲~ニューミュージック~ロックって目覚めたんですが、もっぱら聴くことに目覚めただけで、これは子供の通過儀礼のようなモンでしょう。 音楽よりも自分が食いついたのはラジオでしゃべってるパーソナリティーの話芸でした。 テレビというものは段取り通り、台本通りの予定調和でスムーズに進行することが当たり前でした。 ところが、ラジオって基本が無駄話から番組が始めるんですよね。 台本を読んでるっていう感じがまったくしないんです。 放送なのに好き勝手にしゃべってるのがアリなんだって思いました。 ラジオのアイドル番組で比べると、テレビ中心のアイドルはラジオでもやっぱり原稿を読んでる風に聞こえちゃいます。 当時で一番近いイメージは学校の先生が授業で脱線したときのフリートークかな? 映像がない分だけ会話のスピードが速く情報量(内容)が濃いイメージでした。 昔のテレビって今よりもゆっくりっとしゃべっていた記憶があります。 
最近のテレビの主流になってるお笑い芸人たちのフリートークも、あれはラジオのオープニングトークをパクったんだと思います。 ラジオでは無駄話の中にこそ一番面白さが伝わるのですが、同じことをテレビでやると内輪話をだらだらしゃべってるんじゃねぇよって印象になっちゃいます。 これはラジオが緩くてテレビが堅いということではなく、カット割りや秒単位の進行が必要なテレビがラジオのだらだらを真似しても違和感があるってことだと思います。

 やがて「 日曜日よりも平日ナイター後のほうが面白い 」って気づき、自分が寝たあとの時間帯のほうがエッチな話が多いらしいぞって気づきました。 どーやら深夜になるにつれてだんだん面白くなる仕組みのようです。 うちの親たちはヘンに寛容なところがあり、夜更かしして深夜放送を聴いていてもお咎めなしでした。 小学校の高学年の頃の男子は「 女の人のカラダ(特に一部のトコ)はどーなってるのか?」とか「 エッチっていうけど具体的にどーするの?」などの神学論争がさいだいのテーマです。 どーなってるもないんですけどね。 実際に深夜放送っていっても今よりも世の中のモラルが厳しい時代ですし下ネタエロ話満載っていう感じではなかったようでした。 まあエロ話も多いんですけどね。 そーいったラジオ情報?や独自のルートで入手出来ていた大人向けのマンガなどのフライングで得た情報は同級生には還元しませんでしたね。 

 なんだかエロエロ小学生だったような告白みたいですが、決して度が外れたエロエロであったわけではありません。 ましてや深夜放送の中にエロなんか「 乳頭の色は・・・・?」程度のささやかなモンでした。 むしろ衝撃だったのはリスナーからの投書にパーソナリティーが答えるという形式でした。 各コーナーにギャグやネタと言う名のエピソードを投稿するハガキ職人たちが番組をささえていました。 正直いってそーいうネタそのものにはあんまり面白さは感じませんでした。 だってシロウトが考えたギャグですから。 でも、ソレを拾うパーソナリティーの話芸が新鮮で面白かったんですよ。 ハガキのネタよりも、読み手の谷村新司さんが面白ろ可笑しくしゃべるのを楽しみにしていました。 深夜割増だから笑えるっていうのもあったんですけどね。

 自分がラジオに求めていたモノはお笑いやサブカルよりも“リアルな青春の苦悩”でした。 苦悩っていっても自殺したいとか薬物が止められないといったハードな苦悩ではありません。 好きな人がいるとかクラスメイトや親友との関係、親や先生に対する不満、将来の心配など・・・ ハガキ投稿という匿名性と本名や住所を書くというリアリティーが、今のネット書き込みよりも親身になれる不思議なメディアでした。 パーソナリティーはリスナーよりも年上ですが親や教師とは違った話のわかる先輩や身近な兄貴て感じでした。 バカ話も聞くし悩みや不満も聞いてやるから何でも書いてこいって感じでした。 今ではそーいう青々しいのはバカにしたりされたりしますが、当時は書く人も読む人も聴く人も誠実に向き合っていました。 そーいったお兄さんお姉さんの考えは自分の同級生では絶対に知り得ない貴重な学習機会でした。

 そのころ自分の考え方の基礎を作ってくれたパーソナリティーがいます。 まだ東京に出てくる前のゆき姐です。 当時は東京の某所の7 階に住んでいました。 深夜になるとラジオの受信状態が良くなるのですが、ベランダに出ると東海ラジオまで受信出来ました。 その中で「 あ~わかるわかる、でもな、こっちもこ~だよ・・・」って景気のいいしゃべりをするお姉さんに耳が止まりました。 ゆき姐と呼ばれていた姉御調のパーソナリティーは東京に進出する前の兵藤ゆきさんでした。 「 リスナーからハガキでかかってこい 」って感じで、自分が一番聴きたいタイプのパーソナリティーでした。 しかし夜中のベランダにいつまでもいることも出来ず、東海ラジオの放送は聴いたり聴かなかったりでした。 その後に文化放送のセイヤングのパーソナリティー決まって東京進出。 普通に部屋の中でゆき姐を聴けるようになりました。 憧れのパーソナリティーが向こうからやってきたって感じです。 

  

 それでゆき姐から何を学んだのか?といえば、それは「 ものごとには結論なんか無い 」ということと、「 結論がなくとも考え続けなきゃだめだ 」ということです。 そして「 親にも教師にも友人や嫌いな人にも立場によって考えも都合も様々 」ということです。 印象に残ってるのは「 キミの言い分もわかる、でもそー言った先生の立場もわかるんよ 」っていうフレーズ。 物語を考えるときにもっともベースになってる考え方です。 それまでは背伸びしながら聴いていたラジオもリスナーの先輩たちと等身大で聴けるくらいには成長できたと思いました。
その後、ゆき姐とばんばんがライバルのTBS パックインミュージックに移籍してびっくりしました。 全日に電撃移籍したスタンハンセンとともに自分の中の2大移籍でした。
 
 もう一つの金言は那智チャコの野沢那智さんが「 小中学生のリスナーからもたくさんハガキが来ていたのだけど、番組の水準を下げないようにあえて全てをボツ(読まない)にしていた 」って回想していました。 「 あーハガキ出さないでよかった 」ってことですが、これもお話作りの基礎になっています。 自分の経験からいえば、マンガもラジオも子供のころは背伸びしてわかったふりをしてるくらいのほうが丁度いいです。 子供時代に子供向け番組を観るのが死ぬほどイヤでした。 それは家にいる子供が自分だけだったという不思議なコンプレックスだったのかもしれません。 アニメもアニメマニアが評価してるタイプしかみたいと思わなくって、巨大ロボとか特撮戦隊モノには蔑視的なスタンスでした。 正義の味方っていうストーリーの基本である 勧善懲悪 の悪って侵略する宇宙人?って感じです。 ゆき姐は「 君たち若者が善って訳ではないし、親や先生が悪って訳でもない 」って教えてくれました。

  

 水谷フーカさんは自分が完全否定しているマンガ専門学校の出身です。 なんか「 手っ取り早くマンガの基礎を学べる 」って理由らしいのですが、当人のやる気しだいでは専門学校も有効なんですね。 最初のころは成人向けマンガの出版社から本を出してたんですが、内容はエロではありませんでした。 初期作品は同人誌色が強くてマイナー路線まっしぐらって印象でした。 同人誌~マンガ専門学校という流れはオススメ出来ませんが、逆の場合は同人誌~プロへ戻ってこれる可能性もあるというケースです。 同人誌は軟式野球でプロは硬式野球です。 軟式の人が学校に行くと上手な軟式ボールの打ち方を覚えちゃいます。 でも必要なのは硬式ボールの打ち方で、自分が軟球が打ちたいのか硬球が打ちたいのかをはっきりしてないと硬球は打てません。

 デビューしたエロ系出版社が倒産して、今度は芳文社で百合マンガを描くことになります。 いまいちマイナー系ですが芳文社はとりあえず潰れることはなさそうです。 百合マンガなんですが最近の百合マンガ家のような「 百合ならば読んでもらえる 」って狙いのマンガが下手な作家とは印象が違ってました。 自分は百合マンガで水谷フーカさんを知ったのですが、この人は普通のマンガを描きたいのに“何故か百合マンガを描いてる”っていう感じでした。 多くの百合マンガ家との違いは「 ちゃんとしたマンガのストーリーでお話を完結させようとしている 」ところです。 百合マンガファンでありながらこの人は普通のマンガを描けばいいのにって思ってました。 そしてチャンスがやってきます。 芳文社には4コママンガの最大手です。 ここで出世作の「 うのはな3姉妹 」を連載しました。 この作品で水谷フーカさんのキャラパターンが確立、安定したと思います。 作品の対象がマニアから一般のマンガファンに拡大しました。 面白いのは百合マンガの時は百合マンガ家じゃないことが作品の評価につながったんですが、4コママンガでも4コママンガ家でないからこそのストーリー性とテンポの良さが評価につながっています。 水谷フーカさんは作品ごとに評価がどんどん上がっていく珍しいタイプです。

 そして「 満ちても欠けても 」です。 この作品はラジオ番組を制作してる側に「 ラジオは好きですか?」と問う形式のお仕事マンガです。 番組作りのスタッフやラジオの周辺の方々にスポットを当てたオムニバスストーリーマンガですね。 この作品はラジオが好きという大前提のストーリーなのでラジオ愛がいっぱいつまったマンガです。 お仕事愛に「 うのはな・・・」で築いた人情モノをプラスした水谷フーカの完成形ですね。 掲載誌も講談社のKISSなので、いよいよメジャーのステージって感じです。
巻末によるとこの作品を描くにあたってニッポン放送に取材にいったとのこと。 取材相手が吉田尚紀さん(よっぴー)という適任中の適任。 よーするに吉田アナやニッポン放送のラジオ愛をそのままマンガにしたってことのようです。 マンガで一番必要な技術は「 素敵なことを素敵に見せる 」ことです。 イヤなことや許せないことが溢れてる世の中ですが、ソレを克明に表現出来たって感動にはつながりません。 人はイイ話に感動するんだからイイ話をどんどん描くことが面白いマンガにつながるってモンです。 そこは理屈じゃないんですよね。 

  

 水谷フーカさんが順当に出世していった要因に独特の「 普通すぎる絵柄 」があります。 デビュー前に編集者に絵柄を変えて下さいと指摘されたそうです。 専門学校時代のタッチはうかがい知れませんが、今の絵柄は単純なデザインながらマンガを描くのにとても応用が利くタッチです。 メリットは水谷フーカさんの絵に嫌悪感を感じる人がいないってことです。 好き嫌いの好みはあるにしても、誰にでも受け入れられるキャラデザインです。 前回のIKKIが休刊したって記事の中で、IKKIの作家陣の絵のタッチを批判しました。 その逆の他人に認められやすい絵柄っていうのは水谷フーカさんのようなタッチです。 特に上手な絵という評価はされにくいでしょうけどマンガに不可欠な要素はちゃんと入ってる絵です。 しかも絵を見ただけで作者がわかる独自のタッチです。

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