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2014-06

そんなに編集者が悪い? - 2014.06.07 Sat

小野田真央さんの「 花咲さんの就活日記 」の完結です。

 2013年の6月にも記事にしたが、全3巻で完結しましたので再び取り上げてみたいと思います。 前回の記事ではマンガ家に資質とマンガ家を目指すことについて書きました。 「 花咲さんの・・・」は一度はデビューできたマンガ家が31歳で再デビューを目指すというストーリーです。 作者の小野田真央さん自身も大学4年でマンガ家デビューしたが挫折、マンガを離れて就職。 職種に恵まれいい人生経験を積めた頃、以前の編集者との縁で再デビューしたという経緯です。 まんまマンガの中の花咲さんのストーリーと同じ流れですね。
前回の日記でもこの作品の登場人物に共感が持てなかった旨、あんまり好きなタイプのキャラでは無かったと書きました。 夢を追いかけ続ける苦労と苦悩を表現したかったんでしょうが、自分は花咲さんが踏み込めなかった普通の就職の側の人間なので余計にイラっとしちゃうんでしょう。 小野田真央さんも意図的に「 読んでいてイライラするようなマンガ 」を描きたかったようなので、狙い通りの作品だったのかもしれません。 
2巻まででは人生を壊されたと逆恨みしていた水谷編集長に「 マンガを描く 」って宣言するところまででした。 これは「 花咲さんが再びマンガを描いて最終回な展開だ 」って思っていたら、ほぼその通りのクライマックスでした。 この設定でシナリオを書くのだったらマンガを描き上げる以外の展開はあり得ないでしょうからね。

 「 花咲さんの就活日記 」はマンガ家と編集者のリアルなやり取りやマンガ業界の暴露?という話題性で人気が出たようです。  新人マンガ家の花咲さんが担当編集者の水谷さんの支援でデビューできたが、水谷さんの指導方法(だめ出し)に疑問を感じるようになっていく。 水谷さんが編集長に出世し担当から外れるのを期に、花咲さんは自らの連載を放り出してマンガ家をやめてしまう。 その後就職するもマンガ家の道が捨てられずに、再びマンガ家を目指すことで水谷さんと対決するっていうストーリーです。 物語のキモは高圧的に支配する編集者とそれに従う新人マンガ家の構図の理不尽さをリアルに表現していることのようです。 そういうマンガ家裏事情はマンガ業界の方々やマンガ業界好きの読者には共感できる内容なのかもしれません。 
自分が以前にいたSNSにはマンガ家志望者が多くいました。 そのころマンガ家と編集者の関係についての記事を書いたとき、多くの方々がマンガの善し悪しやマンガ家になれるかどうかは「 良い編集者に出会えるかどうかだ 」っていう意見でした。 マンガは「 編集者と二人三脚で作るモノ 」っていうことらしくて、ヘボな編集者が担当につくとデビューどころか面白いマンガを描けるようになれないって言ってました。 持ち込み経験者のブログなんかでも自分のことは相当棚に上げて編集者に「 こんなこと言われた 」とか「 何にも解っていない 」とかレポートしています。 そーいう人はたぶんダメだった人なのでしょう。 編集者に認められた人はそんなブログや暴露話はNGだろうから。 
このときの記事のテーマは編集者はマンガ家のために出来ることについてだったんですが、多くの方々がマンガは編集者と一緒に考えて作るっていうことで納得してるようでした。 マンガ家と編集者が二人三脚でもかまわないんですが、なんだか違和感がある考え方ですよね? 一般の読者の方々は「 何で編集者がいないと面白いマンガって描けないの?」って思うんじゃないのかな?

 そもそも出版社はマンガ家にとって依頼主であり、編集者は発注担当者です。 マンガ家と編集者は商取引の上では対等な関係であるべきであって、師匠でも先生でもありません。 ビジネスパートナーというのが妥当な表現でしょう。 このマンガの水谷さんのような憎むべき宿敵っていうのもヘンです。 多くの持ち込みブログで「 こんなこと言われた 」って書いてある内容は、だいたいが言われて当然って感じの正論ばっかりです。 それなのに「 このマンガ誌の編集者は新人マンガ家を育てる気がないですね 」とか「今日の持ち込みは、時間の無駄でした (T-T) 」とか的外れなコメントを書いちゃってるんですよね。 自分のことを棚に上げる前に“自分が描いたマンガが一般的に見て面白いのか?”を判断しなきゃいけません。 編集者の常套句の「 ウチの雑誌には合わないね 」という言い回しは「 高橋留美子くらい良く描けてるけど、ウチは少年誌じゃないから・・・」っていう意味ではありません。 「 もうウチの編集部に持ってこないでね 」って遠回しに言ってるんでしょう。 彼らだって雑誌の傾向と自分のマンガの傾向が合ってるかどうかぐらいは自分で判断して欲しいでしょう。 そんなことはマンガを描く前に考えれば解ることだと思うしね。

 花咲さんはデビュー前に水谷さんが担当になり、水谷さんに振り回され続けているうちに自分を見失ってマンガ家をやめてしまうって展開です。 でも、水谷さんがどう振り回しているのかが読んでいてもよく分からないんですよね。 水谷さんは新人を担当して新人賞を取らせて連載も始まったという順風満帆なデビューの仕事をしています。 キャラ作りのために「 水谷さんって変わってるなぁ」というシーンを描いてるんですが、さして変わってるというほどでもないんですよね。
このマンガの1巻と2巻を読んだときの感想は「 マンガ持ち込み体験記のブログを、そのままマンガにした 」っていう印象でした。
マンガの面白さというのは主観が入り込むので一概にジャッジするのは難しいと思います。 客にキャラや背景など一目瞭然で善し悪しが出るとこもあります。 マンガを他人に評価させるのであれば“有無を言わせないほどの面白い作品”を描くしかありません。 面白くない作品を編集者に見せるから「 こーいう話は嫌いだ 」とか言われちゃうんです。 大ざっぱな言い方ですが「 マンガは面白いマンガが描ける人が描くモンだから、面白いマンガの描き方が解らない人には向かない職業 」だと思います。 以前のSNSで、マンガ志望の彼らは「 マンガは編集者の協力があってこそ作品になる 」っていう意見が多かったです。 その通りなんですが、それはある程度の技量があって「 あとはどうやってヒット作を描くか?」という段階での話です。 プロ野球やプロサッカーの新人でも全くのシロウトなんか一人もいません。 それぞれが逸材なんだけど、それでも下積み時代が必ずあります。 彼らは下積み(二軍)だからといって投げ方や蹴り方がわかんないワケじゃありません。 アマチュア時代に通用してもプロはさらに厳しい競争があるから、さらなる努力をしているんでしょう。

  

 「 花咲さんの就活日記 」の3巻目(最終巻)の巻末に「 舞台裏 」というタイトルの作品セルフ解説が載っています。 それによると「 主人公の設定、行動はフィックションで、自分自身をモチーフにした訳ではありません 」と書かれていました。 あくまでも取材して書いた旨、勘違いしないでよねって風ですが、まざ自伝的創作マンガと考えるのが妥当でしょう。
1巻目の説明で「 モノローグは重いもの、エグいもの 」「 ざらついたセリフ 」「 彼女のギリギリな様子が表現できた 」などの言葉が並びます。 それが3巻目の説明では「 今までにはなかった主人公の闘っていく姿を描きたかった 」に変わっていました。 「 ずっと描いてこれなかった達成感や爽快感をようやっと作品に持たせることが出来た気がして、私自身、救われた気がしています 」という解説です。 この爽快感や達成感のなさは小野田真央さんのマンガやコレに似た最近の青年マンガ全般にいえる問題点でした。 マンガを読んでると、こーいう無気力感のあるマンガがとても多いんですよね。 
小野田真央さん自身が狙い通りに“ぎすぎすしたマンガ”を描いたんですが、それにはストーリーに対してのヘンテコな信念みたいなモノがあったからだと思われます。 このヘンテコな信念はマンガを志したアマチュアのほとんどが持ってる自己的な思い込みです。 絵が描けないのは努力不足、ストーリーがつまんないのはセンス不足、そしてソレを改善できないのはヘンテコな思い込みのせいです。 小野田真央さんもエグい言い回しや粗雑な描写に「 主人公はこうだから・・・」とか存在意味が分からなかったと話題のアロワナも「 この作品の意味する何たらかんたら・・・」っていう理由があったんだと思います。 でも3巻目になると読んで違いがすぐにわかるくらい読みやすいマンガになっていました。 これには小野田真央さんの努力というよりも、ちょっとしたからくりがあったのでした。

 2巻と3巻の間に小野田真央さんの担当編集者が交代したようです。 本編でも「 担当替えなんて当たり前なんだよ、この業界!」っていう水谷編集長のセリフがあります。 作中では花咲さんがそれでマンガ家をやめてしまうんですいが、リアルのほうは作品にまとまりというか安心感が出ました。 新しい担当が小野田真央さんに2巻までの問題点をいちいち指摘したみたいです。 想像するに新担当編集者が小野田真央さんの「 爽快なマンガなんてクソだよ 」っていうヘンテコなプライドをへし折ったんじゃないのかな? 
この作品は主人公の人生を台無しにした原因の編集者を憎むテーマのマンガでしたが、描いてる本人が編集者のアドバイスでマンガがちゃんと?完結できたという皮肉のような作品です。 初めから今の担当が付いていたら小野田真央さんはマンガから離れなくてもよかったのかもしれません。

3巻目での花咲さんのセリフ 「 そうか・・・外の世界に向けて描いていなかったのかー!」 

 なんで、そんなあたりまえのことに初めから気づかないのかな? マンガは自分の鬱積をはき出すために描くのではなくて、他人に楽しんで貰うために描くものです。 自分の内面を表現するっていうのは格好いい言い方ぽいけどマンガってそーいう道具じゃないから・・・ 
このマンガを読んで感動したり共感した人の描くマンガには、あんまり期待出来ないような気がします。  

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