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2014-06

優しいインモラル 1 - 2014.06.28 Sat

仙石寛子さんの「 夜毎の指先 真昼の果て 」です。

 仙石寛子さんは芳文社の4コマ誌「 まんがホーム 」に掲載していたマンガ家さんです。 オリジナル系同人誌出身のマンガ家さんで、男子生徒と女教師や百合、姉と弟などのインモラル系と幽霊や擬人化などのファンタジー系を得意としています。 テーマに一貫性が無いような印象ですが、同人誌マンガにありがちなテーマということで一貫しています。 
元々「 まんがホーム 」というガチガチに保守本流の4コマ誌でデビューしたので、テーマのきわどさの割にセクシーなシーンはほとんど出てきません。 それは編集の方針というよりも作者の嗜好のためだと思います。 モロに描写するよりもシチュエーションを想像させるほうがよりエロいという狙いでしょう。 あまりエロマンガとは思えませんが、作者自身はエロマンガのつもりで描いてるのがありありです。
タイトルの「 夜毎の指先 真昼の果て 」は「 夜毎の指先 」という作品と姉弟ラブモノと「 真昼の果て 」という学園ボーイズラブモノと「 どうせまた、朝がくるから 」という書き下ろし百合モノの3作品が掲載されています。

 作品の傾向はインモラルと非現実(ファンタジー)など様々なテーマを描いています。 しかし、芳文社からはBL(ボーイズラブ)だけは描いちゃダメって言われていたようです。 編集部の検閲問題は前回の日記で取り上げましたが、BLを認めなかった芳文社の言い分は理解できます。 「 まんがホーム 」に掲載する作風と合わないということよりも、仙石寛子さんについているファンの嗜好と合わないのが理由でしょう。 百合も近親相姦も教え子もインモラルとしては大差ないのですがBLだけは毛色が違っています。 女性読者にはあまり関係ないのかもしれませんが、男性読者にとってBLは他のヘンタイ?に比べても認知度が桁違いに低く、BLと聞いただけで敬遠されたりしちゃいます。  特に女性の同性愛については不必要なまでに理解があるのに、男性の同性愛には生理的に受け入れがたいという都合のいい読者ばっかりです。 女性だってすべての読者がBLを生理的に受け入れてる訳ではなくて“文学的”に受け入れてるんでしょうけどね。 多くの男性読者にはその文学が備わっていません。 掲載してるのが女性誌だったらまだ問題がないんでしょうが、「 まんがホーム 」は男女の別がありません。 仙石寛子さんのファンには男性読者も多いから、BLマンガを描いたなんて言ったら純情な男性読者が大ショックを受けると思われます。

 編集部に止められていたBLネタが描けるようになったのは、単純に掲載誌が芳文社の「 まんがホーム 」から白泉社の「 楽園 ルパラデェ」に変わったからです。 「 楽園 」といえばレベルの高いマイナー系作家を集めた安定の趣味マンガ誌です。 当然、ジャンルはオープンなので「 BLがダメ 」とかの規制は一切ないようです。 エロの扱い方がポルノではなくてフェチなので、仙石寛子さんの作風にはピッタリですね。 今回、仙石寛子さんのBLマンガが読めたのですが、この作品で今までの作品とは違った一面が出ていたのが興味深いです。
仙石寛子さんのキャッチは「 ハートフルしんみり系の旗手 」(白泉社発)です。 どんな旗を持ってるのかは不明ですが、「 透き通った 」とか「 叙情的 」とか「 純粋すぎる恋のエチュード 」(いずれも芳文社発)っていうイメージですね。 インモラルがメインのテーマですが、絵のタッチやセリフに下品なところがないので嫌悪感なしで読めるでしょう。 仙石寛子さんと同じように同人誌出身で、絵がそれなりに上品でハートフルストーリーを売りにしているマンガ家に佐原ミズさんがいます。 佐原ミズさんの作風については以前に日記で取り上げたんですが、キャラの心の動きがが極端で突飛な言動に走る傾向にあります。 ソレがマンガで最も大切な“ストーリーやキャラに共感する”というところでマイナスになってると思います。 佐原ミズさんはそこらの絵師よりも作画に魅力があるので、多少のとんちんかんなセリフでもハートフルなマンガって思ってもらえるんですけどね。 

 仙石寛子さんの読者は圧倒的に作者買いが多くて、そのきっかけも表紙買いが始まりだと思われます。 それは佐原ミズさんにも共通してるんでしょうね。 ふわふわしたセリフや切ない系のストーリーには好き嫌いが分かれるところです。 あえて結論なき結末って感じの作風になじめない読者も多いようです。 恋愛マンガ至上主義の自分も、どちらかと言えばあんまり高い評価はしていません。 叙情的とか文学的とかの ~ 的なシナリオっていうのはイメージがいい割に作るのが簡単だったりします。 マンガというジャンルは物語のどこで終わるのも作者の自由というところがあります。 しかし、シナリオを書く上で一番難しいのは結論と結末です。 一度でも自分でマンガを描いたことがある人なら、最後のページを描くことがどれほど大変なのか知ってるハズですよね。 仙石寛子さんの単行本のあとがきには「 芋虫を描きたい 」とか「 女子の肌が描きたい 」とかのコメントが多く見られます。 典型的な同人誌タイプの作家です。 この手の作風は同人誌を描きたいというアマチュアの方々にとっては「 まさに、こーいうマンガが描きたかった 」ってことなのでしょう。 そーいう意味ではマンガマニアな人ほど共感できるマンガなのかもしれません。

 自分が仙石寛子さんの一連の作品を読んでいて気になったのは、好きという言葉の薄さです。 少女マンガの恋愛モノで好きを乱発しすぎて言葉が軽いというのはよくあります。 少女マンガの「 好き 」と少年マンガの「 正義 」くらい、軽々しい言葉はありません。 仙石寛子さんはセリフ回しをとても意識しているマンガ家さんで、そのセリフ回しにファンがついていると思います。 作品のストーリーやセリフ回しは勝ち負けとか達成感ではなくて、様々なカップルの関係性についてがテーマです。 一般の恋愛マンガでは「 好き 」という言葉は物語のクライマックスですが、仙石寛子さんの作品では「 好きって言ったけど、本当に好きなのかは私にもわからない 」っていう感じの「 好き 」です。 好きという言葉の中の好きという要素が薄いんですよね。 「 ごめん 」っていうセリフに「 何であやまるの?」って切り返すパターンも多いです。 
好きやごめんが上滑りな感じなのは、セリフと裏腹のキャラの心の迷いや本音を表現したいんだと思います。 でも、セリフと本音があまりにもかけ離れると作文としての違和感のほうが気になっちゃいます。 キャラの言動が読者の想像通りに進まないと、読者はキャラに感情移入する気がなくなってしまいます。 作者は個性的なキャラのつもりでも、魅力的なキャラと思ってもらえないのなら意味がありません。 作り込んでるのに感情移入出来ないっていうのは、同人誌系のマンガ家さんに多いような印象です。
もう一つ気になるのは、絵柄の可愛さや清潔感とは裏腹にキャラの表情が乏しいことです。 困った顔、思い詰めた顔、あ然とした顔、イヤミな顔、薄ら笑い、から笑い・・・ 表紙やイラストではハートフルな絵柄が生きてるんですが、本編ではあんまり素敵なカットが見当たらない気がします。 なんだか全編通してびっくりした顔が多くて、相手キャラに心をゆだねるシーンがないのか?って感じです。 作品中のキャラが猜疑心にとらわれてるようにしか見えません。 多くのキャラが相手を疑うようなセリフ回しですしね。

 そんな?仙石寛子さんの新刊の「 夜毎の指先 真昼の果て 」ですが、何も書けないまま長くなっちゃったので次回に続きます。 この作品でそれまでの作風に比べて、ちょっとだけ変化が見られるんですよね。 

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