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2014-04

「 かぐや姫の物語 」のこと - 2014.04.28 Mon

高畑 勲さんの「 かぐや姫の物語 」です。


 今はとて 天の羽衣 着るをりぞ  君をあはれと 思ひいでける


 この作品をまだ観ていない方で、DVDやBDになったら買うつもりや日テレ系でテレビ放送を待ってる方も多いと思います。 まだ情報(ストーリー)を入れないで楽しみにしてる方々には申し訳ないんですが、この日記の冒頭でネタばらしをしちゃいます。 
「 この物語はクライマックスでかぐや姫が“月に帰って行く”お話です 」
作品のラストを言っちゃいました! 楽しみにしていた方々にはゴメンナサイです。 「 そんなの知ってる 」って声が聞こえますが、それくらい“かぐや姫そのもの”のストーリーでした。 実はかぐや姫は未来人だとか月には異星人が住んでるとか、アニメ的な監督の思いつきのストーリーは一切ありません。 高畑監督が解釈した独自のかぐや姫というのも感じませんでした。 つまり2時間半の上映時間をかぐや姫だけの物語で押し通した作品です。 ネタバレも何も日本人なら誰もが知ってるスタンダードですね。 しかし桃太郎のようなラストを大幅に書き直した日教組版?しか知らない世代や、忠臣蔵とか知らない子もいるので何ともいえませんけどね。
この原作重視の作り方が「 竹取物語なんかわざわざ観る必要があるのか?」っていうファンの疑問につながっていると思われます。 昔話といえば「 マンガ日本昔話 」を思い出すところですが、アレの劇場長編版っていうイメージも間違っていません。 それじゃ「 子供向けのアニメなのか?」っていえばガチガチの大人向けアニメです。 ここら辺がこの作品をどう捉えていいのかの判断に悩むところなんでしょう。 前回の日記で取り上げた「 風立ちぬ 」よりもさらに誰に向けて作ったアニメなのか?が難しい作品です。

  

 そもそも「 かぐや姫の物語 」を観にいこうと思い立ったのは、高畑さんの至高のアニメーションを観たいって思ったからです。 早々に引退宣言をした宮崎さんよりも、高畑さんのほうが最後の作品って思いますよね。 高畑さんの年齢や仕事のペースを考えると次回作は無いだろうって誰もが考えちゃいます。 
自分はかねがね「 テレビや映画のアニメーションって絵が動いていないじゃん 」って思っていました。 格闘シーンなどでアニメファンが“スゴい作画”と評価している作品でも、普通のシーンでは絵をずらしてるだけだったりします。 コレを言うとアニメファンは必ず「 それじゃ予算がいくらあっても足りない 」とか「 そーいう技法 」とかいってスタッフを擁護してきました。 クッシーのようなアニメ業界に思い入れが無い人に説明すると同意されるんですけどね。
1秒でも止め絵を使うとそこの部分は動画では無くて紙芝居になっちゃいます。 動かないシーンでもそれは時間が止まってるわけではありません。 この「 動かない時は描かない 」という技法は最古のアニメ「 鉄腕アトム 」で手塚治虫さんが考案した経費削減と時間短縮のためだけの裏技です。 
例えばテレビドラマで役者が立ち止まってるシーンがあるとします。 このシーンは役者が動いていないのでアニメのように2秒間を静止画像にしたらどうでしょう? ものスゴく違和感があると思います。 なぜアニメでは違和感が無いのでしょう? それはアニメはそーいうモンだと認識しちゃったからです。 この技法は60年間何の疑いも無く使われていて、アニメファンですら許容しているようです。 ミサイルやロボットの激しいシーンでも速く見せルためにコマ数を割愛してるだけだったりします。 それだと1秒あたりのコマ数が足りないので、やっぱり動いていないことには変わりないんですよね。 

 秒24コマを実現していたかつてのディズニーアニメも、時代の流れでフルCGでアニメを作るようになっちゃいました。 セルに彩色するという方法はすでに過去のモノになっちゃいましたし、デジタルアニメなら構図や動画もプログラムでこなせるというメリットがあります。 ディズニーは一番コストがかかる動画スタッフをクビにしちゃったので、もう手描きアニメは作れないそうです。 本来、秒24コマ作画すれば動くハズのアニメーションですが、CGアニメにすることによって無限の動きと特殊効果を手にすることが出来ました。 しかし、手描きのころは原画マンの技量で差が付いていた映像も、誰がやっても同じ結果が得られるということになっちゃいます。 アニメ作成のプログラマーや監督が明確なイメージを持たないと“神動画”というのは生まれなくなっちゃいそうです。 だって監督は絵描きじゃないから。 絵が描ける技能者たちはクビになってます。
ハリウッド映画の監督は役者に何十テイクも芝居させてその中から一番いい演技のシーンを使うそうです。 コレは黒澤明さんが納得できるシーンが撮れるまでNGをだすのとは似ていて異なモノです。 ハリウッドの監督には最高の演技というモノがイメージできないので、沢山の演技パターンを撮影しておいてその中からベストのカットを選ぶようです。 
アニメのデジタル化も絵が描けない監督が作画まで介入出来るけど、まったくの自由な中から最善のカットを見つけ出す能力が求められています。 ハリウッドの名優たちは気の利いた演技を勝手にしてくれますが、アニメの主人公は監督のコンテ以外の演技をしてくれませんからね。

 ディズニーは株主の利益のために昔ながらのアニメ制作を捨ててしまいましたが、日本でも慢性的なアニメーターのコスト問題と作画レベルの維持が難しいという問題があります。 ほとんどの制作会社はファンの罵声とは裏腹にカツカツの予算とへんてこなタイアップなどで不本意な仕事を強いられているんだと想像します。 そんなアニメ界の深刻な悩みを高畑さんは制作費50億円、先鋭スタッフを囲い込み、キャストは地井武男さん宮本信子さんら名優を配置。 制作期間は8年くらいかけて、ありえないような破格の体制で作られたアニメです。 これが自分が「 至高のアニメーション 」と思った由縁です。 
宮崎 駿さんは音楽でいえばサザン・オール・スターズのような存在です。 35年以上も日本の音楽セールスをリードし続けている存在で、新曲がリリースされると言うことがニュースになる数少ないミュージシャンたちですね。 常にファンに受ける楽曲を求められ、新しいアイデアや仕掛けでびっくりさっせてもセールスは外さないというプロ集団です。 別に小田和正さんや中島みゆき嬢でもいいんですけどね。
それに対して高畑 勲さんは指揮者の小澤征爾さんのようです。 折りしも両氏は78歳(1935年生まれ)で同い年です。 J-POPSの桑田さんが下でクラッシックに小澤さんが上というわけじゃありません。 音楽もアニメもジャンルに上下があるわけじゃありません。 その品質に上下があるんです。 「 風立ちぬ 」にファンが求めたのは、サザンの久々の新曲のような期待感でした。 「 かぐや姫の物語 」にファンが求めたのは、小澤征爾という指揮者の健在ぶりを確認したいという気持ちでしょう。 常にジブリを背負ってきた宮崎 駿さんに比べても,
高畑 勲さんは何をしていたのかの情報が聞こえてきませんでした。 ジブリでも「 ぽろぽろ~ぽんぽこ~ホーホケキョ 」のあと14年間も作品を発表していませんですしね。

 今年、小澤征爾さんは国内で精力的に指揮を執っているようです。 ご高齢と健康面の不安ゆえにファンの方々は今年の国内公演は押さえておくべきだと思います。 必ず「 あの時に観ておけば・・・」ってなりますから。 そーいうことってありがちですから。 忌野清志郎さんとか立川談志とか中村勘三郎さんとか・・・ 
自分にとっては「 かぐや姫の物語 」が高畑 勲作品の見納めのつもりで観にいきました。 まだまだご健在なんですが、この先高畑さんが7年もかけてアニメを作るとは思えないですよね。 宮崎さんはよくしゃべるタイプの職人って感じです。 講釈が多いので何を言わんとしているのかがわかりやすいです。 言ってることがわかりにくいんですけどね。 それに比べて高畑さんは寡黙な職人で過程を見せずに結果(作品)だけ出してお終いって感じでした。 考えてみたら高畑さんがどういう人なのかって、すべて宮崎さんと鈴木さんのコメントをつなぎ合わせただけなんですよね。 結局、作品を観る以外に高畑さんを理解する方法はないようですね。
アニメファンの中でもホルスやハイジなどを知ってるオールドファンならまだしも、20代までのアニメファンには「 誰それ?」っていうことでしょう。 ジブリのつまんないほうの監督っていう枠組みかもしれません。 自分も「 ぽろ・ぽん・キョ」はジブリのつまんないほうっていう印象です。 ホルスもハイジも観ていませんし、考えてみたら高畑さんを語る資格があるのか?っていうくらい作品を観ていませんです(笑)

  

 よわい70にして高畑さんはアニメーションの新たなチャレンジをしています。 水彩や水墨の味わいをそのまま動画にすることと、プレスコという役者のセリフを先に収録してから動画を描くということ。 これらはアニメを別のモチーフで表現するような最近の流行りの試みとは違い、アニメーションそのものを向上させるための試みだったようです。 アニメを実写に近づけるのなら、よりクリアで精密な描写をCGで精密に動かしたほうが正しい処方です。 でも絵を動かすのがアニメーションとかんがえるのなら、「かぐや姫の物語 」の手法は見事に成功していました。 役者が先にセリフを入れるのも地井武男さんにつきるんですが、口パクにセリフをい折れるよりもしぜんになるのは当たり前ですよね。 海外では普通にセリフが先ってきいたような気がします。 余談ですが、地井さんの遺作は「 ちい散歩 」じゃなくって「 かぐや姫の物語 」でしょう。
CM予告に使われた月夜にかぐや姫が疾走するシーンが一番チカラの入ったシーンですが、前編通して座る、立つ、歩くだど普通の動きが絶品でした。 キャラが動くというよりも「 絵が動く面白さ 」を再認識させられた作品です。 ただ単にかぐや姫を映画化するのなら地井武男さんや宮本信子さんを実写で撮ればはやいんですよね。 でもアニメでわざわざつくる理由は「 絵を動かしたい 」って思うからでしょう。 今まで観てきたアニメの多くは絵を動かすつもりがあるのか?っていう疑問が消えませんでした。 絵が動くとは当然全部の絵が動くっていうことです。 じゃあこの作品は「 全ての絵が綺麗に動いてるのか?」っていえばそうでもなかったです。 手描きの良さを活かそうとしすぎたのか、カットごとに絵が違って見えたりしていました。 一緒に観ていたクッシーはそんなに上手な絵には思わなかったようです。

 音楽が好きな人だからといって小澤征爾さんの指揮のオペラをわざわざ観にいく人は少ないです。 クラッシックファンならまだしも普通の人には敷居が高いとかそこまで良さが解らないって思いますよね。 今回の「 かぐや姫の物語 」がまさにこんな感じの作品でした。 根本的な問題は「 竹取物語 」を観たいって思う人がどれくらいいるんでしょう? 日本人なら誰でも知ってる日本最古の物語ですが、誰もが何となく知ってるだけの物語です。 それを「 月には未来人のベース基地があった 」とか「 かぐやの正体は・・・」といったアニメ監督の“独自の解釈”は一切なしで、竹取物語のまんまのストーリーにしています。 忠臣蔵や新撰組のような日本のソウル・ストーリーっていうわけでもなく、唐突に発表されたのがかぐや姫だったんです。 誰もがぼんやりと知ってるかぐや姫とほぼ一緒なので、多少船を漕いでいてもストーリーは見失わないです。 むしろ捨丸兄ちゃんのキャラだけが既存の名作アニメに出てくる感じで違和感がありました。
自分はこの作品が面白かったと言うよりも「 至高のアニメーション 」が楽しめたってだけだと思います。 でも一般のジブリファンにとっては作画なんかどーでもいいことなんだろうし、マニアックなファンを引きつけるようなギミック(萌えやメカや)もでてきません。 その意味でこの作品も「 風立ちぬ 」のように誰に向けて作ったのか解りづらい作品になっちゃいました。 高畑さんは後輩のアニメーターに向けてこの作品を作ったのかもしれません。 とくに米林宏昌クンと宮崎吾朗クン! この作品の中には、まだまだアニメの奥義が隠されているような気がします。 そして一番観せたかったのは宮崎 駿というライバルでしょう。 高畑さんが見たいのは宮崎さんの地団駄でしょう。 そのためだけの7年だと思います。 まさにプライベート作品だ(笑)

 よく作品のテーマとか作者のメッセージとかを解説している映画評を見かけますが、この作品に限ってはそーいうのは一切ありません。 得意になって「 美しいことが罰なんです 」とか言ってる人もいますが、裏読みをするタイプのアニメファンには向かない作品だと思います。 だって、かぐや姫なんだから。 ジブリアニメならではのダイダラボッチや顔ナシも出てきません。 解釈云々ではなくて全編が竹取物語です。

 竹取物語は平安時代に書かれた作者不明の物語ですが、時代背景は奈良時代になります。 「 今は昔、竹取の翁といふ者ありけり・・・」という書き出しなので平安時代ですでに昔話だったようです。 かぐや姫に求婚してきた貴族たちは壬申の乱の頃の人たちなので天武天皇や持統天皇の時代です。 この頃の都は藤原京です。 ざっくりと平安絵巻だと思ってたら平安じゃなかったんですね。 奈良時代と平安時代では眉のひき方とかが違うようです。

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