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2014-02

ドアの内側と外側 - 2014.02.15 Sat

NHK 2月1日放送の SONGS 浜田麻里さんです。

 NHKのSONGSといえば賑やかしーお笑いタレントの司会とかマニアックな解説もなく、30分で3~4曲を生演奏スタジオライブで観せてくれる安定の音楽番組です。 その影響力はNHKの紅白に出るにはSONGSに出るか大河か朝ドラに出るかといわれるほどです。 紅白のスタッフがSONGSを作っているかららしいです。 そんなSONGSのゲストに浜田麻里さんが出演していました。

 浜田麻里さんといえば80年代の青春世代にはズバババ~ンでしょう。 「Return to Myself ~しない、しない、ナツ。」というCMソングが大ヒットしたことで記憶にあると思います。 その後、活動休止からロス在住となり、日本ではすっかり「 あの人は今 」状態だったようです。 SONGSの面白いところは現在ポップスを聴いているだろう10代~20代を平気で無視できることです。 次回でゆずとかも出演するんですけど、ゆずが今の若者向けなのかも疑問ですよね。 彼らもかなりのキャリアですから。
自分も本当に久々に浜田麻里さんを観たのですが、びっくりしたのはその年齢が51歳ということ。 デビュー30周年なんだからそりゃそーだし、女性の歳で「 びっくりした 」とは失礼な話なんですけど。 でもびっくりしたのはその風貌の美しさです。 一部のファン(マニア?)の間では美魔女として有名だったとか・・・
80年代は、まだJ-POPSという言葉が浸透する前で、歌謡曲とニューミュージックが融合し始めたころです。 アイドルの黄金期ですが同じ土俵でロックも演歌も歌謡曲という括りの中に存在していました。 現在のJ-POPSのベースになる若者向け歌謡の基礎が完成した時代ですね。 レコードがCDに変わったのもこの頃です。 音楽セールスは90年代にピークを迎えるんですが、今思えばそれは終焉に向けたバブルのような感じでした。



 今回の日記は「 懐かしい浜田麻里さんをテレビで観て嬉しいな 」っていう感想ではありません。 懐かしいのはそーなんですが、自分は当時の浜田麻里さんを特に聴いていたわけではありませんでした。 ヒット曲のReturn to Myself は覚えていましたが、それ以外の曲にさほど興味がありませんでした。 アイドル並に可愛くて歌唱力があるという印象ですが、あんまり好きな歌手ってわけではありませんでした。 カセット(古っ!)にも録音していなかったから曲もあんまり知りません。 今回のSONGSでもReturn to Myself の1曲しか記憶にありませんでした。 じつはこの番組を観ていて「 自分は何で浜田麻里さんを当時聴かなかったのか?」という疑問が生まれました。 この日記はその自分が浜田麻里さんを聴かなかった理由についてのお話です。 今回のSONGSは音楽にまったくの無知だったガキンチョの頃の自分が何を基準に音楽を聴いていたか?を思い出すことができる番組でした。

 ソングライターの方々が楽曲をつくるときに「 詞先(しせん)曲先(きょくせん)」という言葉があります。 これは歌詞を先に書いてメロディーをつけるのか、メロディーを作ってから歌詞をのせるのかということです。 名曲になるのならどっちでもいいのですが、歌詞にメッセージ色が強い歌手は詞先の傾向なのかもしれません。 
詞先の典型的な例は山口百恵さんの「 横須賀ストーリー 」です。 この曲は阿木燿子さんと宇崎竜童さんの作詞作曲ですが、阿木燿子さんが先に歌詞をつくりました。 その詞を読んだ宇崎竜童さんは「 これっきり これっきり これっきり~ですかぁ~」ってメロディーが瞬時に浮かんだそうです。 「 この詞でほかのメロディーはあり得ないでしょ」っていう完璧な詞先で作られた曲です。
詞先、曲先というのは曲の作り方の話ですが、自分は曲を聴く側にも詞先と曲先に分かれる傾向があると思っています。 わかりやすい例では「 この曲のフレーズが好き 」というパターンと「 この歌詞がしみるんだよ 」っていうパターン。 自分の周りをリサーチしてきた結論は曲を聴くタイプの人は「 歌詞が頭に入っていない 」歌詞を聴くタイプの人は「 サウンドに凝っても理解出来ない 」というものです。 日本語の歌詞なのに何を歌ってるのかが頭に入らない人がビックリするほどたくさんいます。 どんなにいかしたリフでも感動しない人もたくさんいます。 自分はコード進行とかまったく解らないので、典型的な詞先タイプのリスナーです。 
今回の日記の音楽的な知識が全くないシロートが思っていたロック論です。 テーマは「 なんで自分は浜田麻里さんを聴かなかったのか?」を考えてみたいです。 「 ソレは違う 」ってロックファンの意見もあるでしょう。 でも、当時の自分が思っていたことなので大目にみていただきたいです。 (先に言い訳を入れておきますね)

 デビュー当時の浜田麻里さんはReturn to Myself を歌っていた頃よりもロック色を売りにしていました。 それなりの容姿と歌唱力があったので本田美奈子さんのような売り方でも成功したんだろうけど、当人の強い希望で本格派のミュージシャンとしてプロモートしたようです。 元々は子供の頃からCMソングの歌手として芸能界で仕事をしていたので、中村あゆみさんのような破天荒なロックデビューストーリーはありません。 ある程度の戦略的な部分はあったと思います。 それが「 本物のロックじゃない 」ということではまったくありません。 RCだって最初はフォークバンドだったしね。 自分が引っかかったのは浜田麻里さんが「 ヘヴィ・メタの女王 」と言われていたことです。 浜田麻里さんが本物の女王がどーかは問題ではなく、自分自身がヘヴィ・メタが好きじゃなかったからです。 今思うとクライアントと広告代理店の間でCMソングの打ち合わせをしてる中学生が大人になってからロックっていわれても、当時の空気では「 え~?」って感じです。 まだプロレスが八百長じゃない設定の時代ですから。 ヘヴィ・メタの女王として女性ロッカーでは異例ともいえる人気を誇ったのですが、ヒット曲のReturn to Myself はメタルというよりも爽やかポップスって印象でした。 わかりやすくヒットを狙った感じの楽曲で、そーいうところも本物のロックのイメージではマイナスでした。 ソロシンガーをボーカルって呼ばれてなかった時代なので、バンドを組んでいる人たちに比べても本格度で不利でした。 バンド編成のほうが音楽性が高いっていうイメージの時代でしたから。

 音楽にはジャンルがあり、当然ながらミュージシャンはそのジャンルを強く主張しています。 ファンも贔屓のミュージシャンのジャンルを支持しているので、迂闊に「 あのバンドはプログレだよ 」とか知ったかぶるとスゴく怒られちゃいます。 逆にまったくのノンジャンルな人もたくさんいます。 サザンなどは典型で当人もファンもジャンルにとらわれない自由さが売りです。 マンガでも恋愛マンガとかスポ根とかジャンルがありますが、サッカーマンガは恋愛するだろうし、養成ギブスや明日のためにその1とかがないスポーツマンガもあります。 重要なのはジャンルではなく作品の良さなのはマンガも音楽も一緒です。 
ロックの系譜はまず50年代にロカビリーがあり、60年代にハードロックになりました。 このハードロックがヘヴィメタルとパンクロックに分かれていきました。 ハードロックというんだから激しいロックということでしょう。 ヘヴィメタルというのはとっても重いロックだと思います。 パンクとは役立たずという俗語ですが、これはパンクロックからのイメージでできた言葉っぽいのです。 本来のPUNKの名詞形は点火用の物質(付け火ようの木など)なのですから、チャッカマンのような「 燃やしたるでぇ」って感じのロックってことだと思います。
どのバンドがヘヴィ・メタでどれがパンクなのかの判別も難しく、シロートには容姿で見分けるのがわかりやすい方法でしょう。 首と呼ばれる部分にベルトがあるのがメタル、Tシャツなのがパンク。 とげとげがメタル、つんつんがパンク。 曲調ではハードロックにギターを増やしたのがメタル。 ハードロックからブルースをなくしたのがパンクです。 聴いていて伴奏がしつこいのがメタル、うるさいのがパンク。 演奏がへたっぽい人たちって印象なのがパンクで、メタルの人のほうが上手に見えます。 そう見えるだけですけどね。 パンクはブルースをなくしたゆえにブルースに対するコンプレックスを感じます。 それは怒りや渇望の原点はブルースの心だからでしょう。 形式上ブルース抜きでロックうぃやってるが、心の底には本流のブルースが流れているという設定みたいです。 日本中が清志郎のことを「 あれがパンクロックだ 」って思っていたんですが、当人はRCのことをブルースバンドって言い張ってました。 パンクのブルース信仰にあたるのがヘヴィ・メタではバラードでしょう。 妙にいい曲をやりたがる傾向がありますが、芝居がかってるのが好きなんでしょうか?
自分の中ではハードロックが甲斐バンド、メタルが聖飢魔Ⅱでパンクがブルーハーツです。 こう分類するとハードロックとパンクロックはいいんだけどヘヴィメタルはちょっとねって感じです。 

 自分は正直いってメロディとかリズムとかに深いこだわりはありません。 ギターが上手だからっていう理由でCDを買ったこともありません。 前記の通りに自分の音楽の聴き方は完全に詞先です。 だからヘヴィ・メタの演奏でもパンクの演奏でもどっちでもかまいません。 ようは歌手が何を伝えるのかを重視しています。 これはマンガでも同じことで、マンガが面白いかどうかは作者が何を伝えるのかにかかっています。 だからといって歌詞に教訓やメッセージが必要なのですが、ただ言葉の音が面白いだけとかアイ ラブ ユーを繰り返すだけっていうのもどうかな?って思います。
たとえば鍵という言葉で考えてみましょう。 鍵を掛けることでドアが開かなくなります。 鍵を掛けたドアの内側と外側でわければ、ヘヴィ・メタはドアの内側でパンクはドアの外側になります。 パンクの人たちは常に「 鍵を壊して外に出よう 」というスタンスでいます。 鍵とは束縛、抑圧、制度を意味しています。 外とは自由、解放、個人を意味しています。 日頃から戦う気マンマンのパンクロックは、鍵を壊すことを音楽のテーマにしています。 パンク特有のチェーンやメリケンサックも「 オレたちは破壊してやるぜ 」というメッセージです。 暴力はダメですが、ロックにファイティングポーズは必要です。
コレに対してヘヴィ・メタは「 鍵を掛けて他人を中に入れない 」というスタンスでいます。 鍵を掛けることで自分たちの自由や個人を守ろうとすることがテーマです。 パンクではムカつく大人を殴りに行く歌を作るんですが、ヘヴィ・メタでは大人を自分たちの部屋に入れない(邪魔者が入る込めない我々だけの世界)という歌を作ります。 パンクのチェーンはあからさまに武器ですが、メタルの首輪に付いてる鋲(トゲトゲ)は自己防衛のためのハリネズミのようです。 ライブでの独特の雰囲気や一見さんお断りな空気は、まさにドアに鍵を掛けて他者の侵入を拒んでいるような感じです。 ビジュアル系というのもこの路線の延長上で、自己陶酔じゃ若者の悩みは解決しないのにって気がします。 歌は人生相談ではないんですけどね。

 ライバルのSHOW-YAも売れずに歌謡曲まがいな歌を歌ってましたが、一般に受け入れられるメタルロックを確立しました。 同時にガールズロックの知名度を上げることにも貢献してました。 対する浜田麻里さんはヒット曲が爽やか過ぎて松田聖子さんと同じ土俵で歌番組に出ちゃうような歌手って印象でした。 自分はSONGSを観るまで浜田麻里さんがヘヴィ・メタだったことを忘れていたくらいです。 
SONGSを観ていると、そんなことを思い出したり出来るから面白い番組です。 当時、なんで浜田麻里さんを聴かなかったかといえばサビの「しない、しない、夏~」という歌詞の意味がわからなかったからです。 今回、改めて聴いてみても意味がわかりません。 メロディーラインにぴったりの語呂のいい歌詞なんですが、ただ語呂のいいだけのロックって感じです。 
あの頃はヒット曲ひとつくらい聴かなくったって毎日がヒット曲だらけの時代だったんですよね。 

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