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2013-06

マンガ家の資質について - 2013.06.22 Sat

小野田真央さんの「花咲さんの就活日記」の続きです。

 前回はマンガ家を目指すのに向いている人の条件について書きました。 今回はマンガを描くためには具体的にどんな能力が必要なのかを考えてみます。 ソレによって花咲さんがマンガ家を目指しても大丈夫なのかが見えてくるかもしれません。 花咲さんはフィクションなんですけどね。

 普通にマンガ家を目指す場合に出版社が一番重視されることは、なんと年齢です。 同じスキルなら若いほうが選ばれる傾向です。 10代でデビューがベストで、20代はマストです。 30代以降の方々はノーチャンスだと思ったほうがいいです。 したがって31歳という設定の花咲さんはマンガ家を目指す上では“崖っぷち”といえます。 本編でも「そーいう覚悟で一度はマンガ家を諦めようとしたが諦めきらない」というお話です。 なぜ10代じゃなきゃダメなのか? なぜ年を食ってる人には面白いマンガが描けないのか? 編集は「若い子の感性(子供の興味)が理解できない」とか「今風のタッチが描けない」とか「おっさんには伸びしろがもう無い」なんていう理由を挙げています。 しかし子供のマンガ離れは深刻化していて、マンガを読んでいる層は必ずしも子供ではありません。 学生が社会性に欠けるマンガを描いて、社会人の読者に相手にされないケースがほとんどです。 個人的な考えですが高校生まではコマ割りができれば十分合格だと思います。 面白い作品なんか描かなくても(描けなくても)問題ありません。 どーせ面白くないんだから。 最低限、学校を卒業してからマンガを描き始めたほうがいいように思います。 早くから描き始めれば作画スキルは間違いなく向上します。 でもストーリーの部分は結局社会人になった頃までは使いモンにならないことが多いから。
出版社が若年層のマンガ家のたまごを欲しがるのは、子供のほうが“思うようになる”からでしょう。 大人に「うんこを描けばヒットする」って言ってもうんこを描いてくれません。 編集もマンガ家志望も社会人としては対等だから。 本来は対等な商取引なハズの関係が「先生と生徒の関係」のようになっちゃっています。 ヒットしたベテランや大御所の先生たちには商取引なんですけどね。 なぜ先生と生徒なのかといえば、マンガ家を目指す子たちが本物の中学高校の生徒だからです。 生徒なら学園マンガや青春ラブコメなどは有利なようにも思えますが、実際はやっぱり大人になって「当時の甘酸っぱさ」を客観的にとらえなきゃマンガになりません。 今の若者を表現するに現役の若者である必要はありません。 
出版社は中高生のなかに「鳥山明」が混じっているのを青田買いしたいだけなのかもしれません。 実際にはほとんどが稲をつけず、休耕田になっちゃう場合がほとんどです。 しかも読者は新人マンガのお母さんじゃありませんから、そのマンガ家の成長(面白くなっていく過程)を見守るつもりもありません。 初めから面白い作品だけを出版して欲しいんです。 「このラーメンは修行中の弟子が作ったマズいラーメンだけど食ってくれ」っていうお店には入りたくないでしょう。

 次に必要なのは個人の資質なんですが、これは年齢のような平等?に与えられたモノではありません。 努力で改善するモノや改善が難しいモノまで様々です。 一般に「下手」と言われる部分は必ず改善・向上が期待できます。 ややこしいのはそーじゃない部分、個人のパーソナリティーのベースになってる資質は変えられないことが多いです。 では前回同様にマンガ家に必要な資質について考えてみましょう。

<マンガ家に必要な資質>

・絵が描ける デッサン、人物のかき分け、構図、背景、モブシーン・・・
・空想力をこえた妄想力がある
・24時間、365日マンガのことを考え続けている
・常に自分の作品は一番である 読者よりも自分のほうがマンガに詳しい
・映画やアニメや小説など、マンガの勉強になるものを常に見ている
・自分の中に正義の基準がある ぶれない信念がある

前回で察してるでしょうけど、これらはマンガ家になることに必要な資質とは関係ありません。 絵が描けることは最低条件のように思えますが、実際にマンガ家になるための条件としてはもっとも曖昧な部分です。 マンガ家に必要な画力なんてモノは存在しません。 スゴく正確な画風のマンガ家もいれば小学生?っていう感じのマンガ家もいます。 しかもプロになればたいていは上手になっていきます。 こーいう進歩できる能力は資質とは呼びません。 たいていのマンガ家やお絵かき好きは「描きたいと思って描いていたら、いつのまに描けるようになってた」んでしょうから。
「妄想力」も言いつくされたフレーズですね。 元々の言い出しっぺは誰だったか大先生のお言葉だったと思います。 マンガ賞の呼び込みや寸評で「もっとオリジナルのアイデアが見たい」とか「ありきたりじゃマンガはダメ」みたいな言い回しが使われていますよね。 でもマンガに必要なのは突飛な発想よりも現実に即した発想力です。 一般にマンガ家は一日中マンガのアイデアを考えているイメージです。 たしかにそうなんだろうけど、ソレは赤塚不二夫氏のようなギャグ・マンガ家へのイメージでしょう。 うなぎと犬をくっつける発想は赤塚マンガを描くために必要なスキルです。 たいていのマンガ家にはそーいうキャラクターを生む必要がありません。
常にマンガのことを考えてるのも危険な兆候です。 マンガのことしか考えられないのであれば資質といえますがそれは最悪の状態です。 「マンガばっか描いてないで・・・」っていうお母さんの説教には意味があったんでしょう。 
自分の作品が一番だと思っている人にはふた通りがあります。 他人のマンガを全く読まないタイプと自分のマンガを棚に上げて他人のマンガをけなせるタイプ。 以前に自分がいたSNSにはお絵かき少年少女やマンガ家を目指すたまごたちがいっぱいいました。 そこでの印象はマンガ家を目指す人たちってあんまりマンガを読んでいないってことでした。 マンガを描くひとには師事している大好きなマンガ家がいるんでしょう。 でも自分のマンガとタイプの違うマンガ家には、たとえベストセラー作家でも感心が薄いようでした。 あとネットにアップするタイプの投稿マンガで、読んでいてヘンだと思う箇所を作者当人に聞いてみると必ず言い訳が用意されていました。 スゴいのは「今回のマンガは面白くするつもりじゃないから」とか。 現状ではまだマンガが描けないことを認めなきゃ描ける方法が見つからないのにね。
マンガ志望で映画好きを自称している方々は多いのでしょうが、マンガの勉強はマンガを読んだ方が早いでしょう。 アニメや小説もマンガとは別モノの発想でつくられています。
信念や正義感が強い人にはマンガは無理なのかもしれません。 これもマンガ賞の批評で見かけるフレーズですが「読者になにを伝えたいのかテーマがわからない」など。 ここでいう伝えたいテーマはキャラがどういうメッセージを持ってるかであって、作者がどういう思想なのかではありません。 正義感でも道徳、宗教、哲学、恋愛観でも作者が譲れない信念を持っていると、それはシナリオ作りではマイナスになっちゃいます。 

 それでは、マンガを描くために本当に必要な資質とはなんでしょう? 年齢はいかんともしがたいです。 マンガの描き方やお話の作り方については、最近はびっくりするくらいハウツー本が出ています。 大きな書店ではそーいうコーナーまであります。 担当とのコミュニケーション能力を上げるひとも多いですが、マンガなんてあくまでも個人の才能で描くモンです。 一般企業で販売や営業をすることに比べれば必要ってほどのことじゃありません。 むしろ引き籠もれる能力こそが必要な才能かもしれませんし。 でもここでいう資質はコミュニケーション能力と無関係でもありません。 その資質とは文章力です。
文章力もデッサン力のように勉強すれば身につくように思われがちです。 たしかにマンガの教則本のように「文章の書き方」のハウツー本もたくさん出ています。 でもそれらは論文の書き方とか手紙の書き方とかビジネス文書だど、目的にあった教則本になっています。 漠然と「文章力をあげる方法」のような本はあんまり見かけません。 似た話ですが、読解力は文章をたくさん読むことによって鍛えられると思います。 じゃあ本をたくさん読めば文章力もつくのか?といえば、そうとは言い切れません。 文章を理解するチカラと文章で理解させるチカラは別のモンだという認識が必要です。 
では、なんで文章力が必要なのかといえばマンガってすべてが作文だからです。 絵もセリフもコマ割りも空白もふくめて全部が文章で成り立っているメディアです。 セリフやナレーションや擬音などの文字で表されているだけではなく、キャラの表情や動き、構成や作品のテーマなども文章で考えられています。 まれに音楽的とか抽象概念とかイメージとかで描かれたマンガもありますが、だいたいが無視できる範囲でしょう。

 文章力とともに重要なのが会話力です。 セリフはすべて文章で書かれていますが、吹き出しの文字はキャラ同士の会話を表しています。 つまりマンガとは小説の「 」でくくられた部分を吹き出しに、それ以外の文章を絵で表現していることになります。 この会話を書くというところで、先ほどのコミュニケーション能力が試されます。 
ここまで「花咲さんの就活日記」の話がまったく出てきませんね。 せっかくなのでこのマンガを例に考えてみましょう。 このマンガでは2巻合計で19回の会話があります。(数え方にもよりますが、どーでも言い部分とかリフレインは省きました) それ以外はほとんどが花咲さんのモノローグでお話が進みます。 会話のシーンもほとんどが花咲さんが怒り出して「もういい!」って会話を打ち切っちゃうのか、もしくは相手が花咲さんの気持ちを無視して勝手にしゃべり続けるだけです。 19回しかない会話のシーンのほとんどが実りの無い内容を叫び合ってるだけって印象でした。 この会話が成立しない感じっていうのは今風ともいえますが、読んでいて不毛にも思えます。 作者は花咲さんを「なにが言いたいのかわからないキャラ」に描いてるんでしょうが、そーいうキャラは「マンガ家をめざす主人公」に向いてないように思えちゃいます。 この会話が成り立たない演出?は最近のハヤリなのかいろんなマンガやアニメで見かけます。 一過性のものかなって思っていましたけど、もしかしたら作家の日常での生活でも会話が成立しないのかもしれません。 それだとマンガ家としては絶望的です。 絵が下手でもセリフがよければ面白いマンガになります。 しかし絵が芸大レベルだったとしてもセリフがダメな作品はつまんないというレッテルが貼られちゃいます。

 今回も前回のながらで「花咲さん・・・」を取り上げましたが、作者の小野田さんに文章力があるとか無いとかの話ではありません。 青年誌系のマンガで最近ふえてきた女流マンガ家の一つです。 このジャンルでは第一人者に南Q太さんがいます。 画力はどっこいどっこいでしょう。 でも南Q太さんの文章力や会話力はスゴいです。 それをどうスゴいのか説明できないのが自分の文章力のなさなんでしょうね。

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