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2013-01

アニメ的な表現 のマンガ - 2013.01.27 Sun

いけだたかし さんの「 34歳 無職さん 」です。

 最近の“3大おひとり様マンガ”は、谷川史子さんの「 おひとり様物語 」と 玉置勉強さんの「 彼女のひとりぐらし 」 そして いけだたかし さんの「 34歳 無職さん 」 ですね。
谷川史子さんの作品は「おひとり様=恋人(パートナー)がいない」という1点に絞られて、作中に必ず意中の男や複数の友人が登場します。 全然、ひとりではありません。 今、社会問題?になっている「本物のおひとり様」の方が読むとイラッっとするかもしれません。 よーするに普通の少女マンガです。 だって少女マンガ家ですから。 玉置勉強さんは「 一人暮らしの女性の本当の生態はこれだ」みたいなテーマで、いかにがっかりな女かを描いています。 最近はめっきりエロから一般紙への転換中みたいで、一人暮らしの女性だからって「あんなことしたりそんなことしたり」なんかは出てきません。 以前は「ヨダレやゲロを描くことでリアルな表現」みたいな作風だったんですが、一般紙向けな女の子表現?に変わってきたような印象です。 こっちのおひとり様は、とにかく独り言を言い続けるキャラです。 ひとりで部屋にいるのに喋り続けます。 だって、セリフが無いとマンガにならないから。 そして今回のテーマのいけだたかし さんですが、「 34歳 無職さん 」はほかの2作品にくらべて「おひとり様の日常をリアルに表現する」ことをテーマにした作品です。

 いけだたかし さんは「 ささめきこと 」で百合マンガを描いていました。 そのとき思ったのは「 いけだたかしさんは、レズビアンじゃないな」っていう感じでした。 男性なんだからレズビアンのわけはないんですが、「百合マンガだからキャラはこーいう設定」とか「同性愛マンガってこう」みたいに描いている印象がありました。 百合マンガは最近のブームになってますが、こーいう印象のいマンガが大半なのが現状です。 百合マンガを専門にしているレーベルほど「百合のテンプレ化」がヒドイ傾向にあると思いますね。。 
いけだたかし さんについては以前に日記で短編集について取り上げたんですが、「正しい短編マンガの描き方だけど面白くないマンガ」という結論でした。 それは「師匠の高橋しんさんの教え」かなって推理ですけど。 マンガの技巧は正しいけど、独自のキャラを作る意欲に欠けているのかもしれません。
「 34歳 無職さん 」は作者自身が34歳当時にほぼ無職(マンガ家として)だったころのお絵かきサイトへの投稿が元ネタになっているそうです。 したがって自らの経験?を元にしたディテールなのかもしれません。 ひとり暮らしのアルアル的な共感が多くの読者の支持を得ているんだと思います。 でも、共感を得ることと面白いってことは違うことなんじゃにのかな?って思います。 
エピソードのネタ的には「寝坊でゴミ出し失敗」「近隣がおすそわけ」「コタツでごろごろ」「Gが出現」「風邪をひきました」などなど、共感出来るんじゃなくて“いつもの鉄板のマンガネタ”ばっかりじゃん! 30年前から4コママンガとうで全作家が使い続けてきた演目です。 それは盗作の行きを越えて「スタンダード」もしくは「古典」と呼ばれるネタでしょう。 

 テクニカルな面でこのマンガの特徴は主人公のセリフがきわめて少ないことです。 玉置勉強さんの作品ではひとりの部屋で主人公が自問自答を喋り続けています。 谷川史子さんの作品ではそもそも一人のシーンがあんまりないので普通に会話が成り立ってます。 いけだたかし さんの作品は「ひとり暮らしには話す相手がいないのでセリフはない」というリアルさを目指しているようです。 実際にほとんどセリフがない回もあります。 シーンをカット割りだけで見せるやり方なんですが、これ方法はマンガの手法というよりもアニメの影響って感じです。 アニメが好きなひとやアニメみたいなマンガが描きたい作家がよく使うみたいです。 マンガはどちらかと言えばアニメよりも小説に近いメディアです。 文章を絵とセリフと構図で伝えるものです。 この3つはそれぞれが同じだけ重要なので、どれかひとつでも足りなければマンガ自体がいびつなモノになっちゃいます。 アニメ的な表現はアクションシーンを多用するマンガでよく見かけます。 ナウシカやラピュタのような飛行機などの浮遊感や爆発のシーンなど。 でも、ここでいうアニメ的な表現とはアニメの中で「普通のシーンなのに原画マンがこだわって描いた」ような描き方です。 
マンガで絵を描く理由というのもヘンですが、それぞれに伝えるための意図があって絵にします。 それが演出効果というものですが、「マンガ家がこだわって描いた」というのは、あんまりレベルの高い意図ではありませんよね。 描き手が思うほど読み手が拾ってくれるのかは疑問です。

アニメ的表現

 この表現が許されるマンガ家ももちろんたくさんいます。 「 エマ 」や「 乙嫁語り 」の森薫さんなどは「マンガ家がこだわって描いた」シーンの凄さに圧倒されちゃいますよね。 「 よつばと 」などはちゃんと作画で作品の世界に引き込んでいます。 それこそかなりのマンガの技量(絵の上手さではないよ)がないと出来ないような技術です。 マンガはどちらかといえばカット数を少なくする方向で考えるのがセオリーです。 ワンシーンを長々とコマ割りするのは、それと逆なことなのでセンスや構成力が必要になってきます。 この作品の評価で共感出来るテーマやエピソードをあげる方がいるとしても、その評価と冗長なコマ割りはなんの関係もありません。 とくに、投稿マンガやコンテストでこれをやると、落選の可能性が大ですから気をつけたほうがいいです。
そもそも共感できる物語っていう言い方が本来の意味からズレているような気がします。 共感できるというのは「自分も同じ体験したことがあるから理解できる」のではなくて「その主人公の考えや行動は理解や賛同できる」という意味です。 同じようにおひとり様だから理解できるのだったら、それ以外の読者にはキビシイです。 「 よつばと 」が共感されるのは、誰もが5歳児の親だからではなくて、あのマンガの中のひとの行動は理解可能だからです。 逆に行動が理解不能だと共感出来ないという例が「 エヴァンゲリオン 」ですね。

 「 34歳 無職さん 」は2巻目で大体の世界観がわかってきました。 3巻以降も無職さんをガンバッテだらだらさせるとのコメントなので、次巻はどーかなぁって思います。 作者が面白くする意欲に欠けてるからなぁ・・・

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