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2012-09

「作家ですのよ」 - 2012.09.23 Sun

 私の父は小説家の端くれである。 まったく売れない時期が長かったが、ここ数年はシリーズ物が好調で暮らしぶりもよくなっていた。
そんな父が書斎で倒れ、病院に担ぎ込まれた。 無頼を気どっていた父は、医師がまゆを潜めることは一通りしてきた。 主治医からは、遠回しに家族に覚悟するように伝えられていた。 
しばらくして、面会謝絶の病室に男が走り込んできた。 父の担当の編集者のエヌ氏である。
「先生は助かるんですか、やっとベストセラー作家になったのに」
父が駆け出し時代から面倒を見てくれていたエヌ氏には気の毒だが、こればかりはどうしようもない。 エヌ氏は、しきりに困った困ったと、くり返しつぶやいた。 父が小説を書けなくなった時に、未完の作品をどうするか悩んでいるらしい。
 翌日、父は意識が戻らないまま、帰らぬ人になった。 真っ先に現れたのは、やはりエヌ氏だった。
「この度はご愁傷様でした。 このような時に恐縮なのですが、書きかけの作品のことで相談したいことが・・・」
エヌ氏は、父の書きかけの小説の扱いについて語り始めた。 彼はとても仕事熱心で、我が家が父の小説で食べていけたのも、エヌ氏が担当になってくれたおかげである。
「今、書きかけの作品は非常に面白いので、絶筆するにはとても惜しいと思います」
「是非とも完成させて出版したいのが、編集部の方針です」
エヌ氏は熱く語るが、書斎で書きかけの原稿を確認したが、まだ終盤にもさしかかっておらず、とても発表出来る段階ではなかったはずだ。
「続きをほかの作家が書くのですか」
「それでは、先生の独特な世界が再現できません」
「まさか、僕が書くのでは・・・」
私には、父の文才がまったく受け継がれていないので、小説などとても無理な話だ。
「違いますよ。先生の小説の続きを書くのは、我が出版社が極秘に開発した代筆ロボットです」
 なんでも、コンピューターが作家の作品を分析して、いかにも書きそうなストーリーを小説にするロボットを、すでに実用化していたとのことだ。ゴーストライターと違って、他人の色がまったく出ないことが特徴らしい。権利で揉めることもないそうだ。ほとんどを代筆ロボットの任せっきりという、大御所の作家もいるとのことだ。
 私は父の死亡を新作の出版まで公表せず、代筆ロボットに新作を書かせるというエヌ氏の提案を承諾した。

星 新一 著 「代筆ロボット」 冒頭部分より


 9月6日に「はこだて未来大学」から、星新一さんのショートショートをコンピュータで解析し、新たなショートショートを生み出すプロジェクト「きまぐれ人工知能プロジェクト 作家ですのよ」を開始すると発表がありました。 はこだて未来大学っていうからには北海道にある新設校らしいです。 人工知能(AI)の研究の一環として星 新一さんのショートショートを自動作成することが目的の研究とのこと。 リアルの世界で「代筆ロボット」が生まれるとは星 新一さんもビックリしていることでしょうね。 
概略は、ショートショート作品すべての特徴(単語や文章の長さ、1文の単語の数、作品全体の長さ、プロットや物語の構造、各作品の共通する特徴など)をコンピュータで解析する。
さまざまなショートショート制作法をコンピュータで試して見込みがありそうな方法を探し洗練させ、アルゴリズムとしてまとめて創作法を完成せる。
おおざっぱに、将棋ソフトの「ボンクラーズ」と同じようなイメージだと思います。

  星 新一さんは平成生まれの方には馴染みの薄い作家ですが、ショートショートを1000作以上発表した大御所で、SF界のエライ人としても有名でした。 代表作は「ボッコちゃん」でタカラの「ダッコちゃん」の名前の元ネタになったとかならなかったとか。
どんなに読書嫌いでも一度くらいは読んだことがあると思います。 読書好きの方々も読んでいるだろうけど、特に読書嫌いにはうってつけの作家でした。 今の小・中学校のことはよくわからないのですが、自分のころの国語の時間や夏休みには「強制的に本を読まなければ行けない」というファシズムな課題がよく出ました。 
自分は子供のころから「小説を読まない主義」だったので、この課題はとても苦痛だったのを覚えています。 その流れで、学校はよく“読書感想文”を書かせていましたが、自分は感想文は妙に得意だったので「読もうが読むまいが感想文が書ける」という技で苦もなく提出していました。 そんな読書嫌いな子供たちにショートショートは打ってつけでした。 必ず図書室にあるしね。

 そんな有名な星 新一さんでも作品を全て読んだ人はあんまりいないでしょう。 資料的な目的や何かの記録への挑戦、もしくは読むことが仕事のひと以外では。 自分は1~2冊(たぶん2冊目は完読していない)で終わっちゃっています。 読んだ理由は「読書をしなさい」と先生に言われたから。 読むのを止めた理由は「この小説なら自分でも書ける」と思ったから。 コレは星 新一さんが生前に言われ続けただろう「ショートショートなんか誰にでも書ける」という卑下した意見です。 「じゃあお前書いてみろよ」っていう返しになるんですが、国語の成績が普通の子なら「書けるよ」って答えるんじゃないでしょうか? 実際に書けるかどうかは別として。 余談ですが、サッカーとかでシュートをハズした選手に「サッカーやめちゃえ!」という罵声はネットなどでよく目にしますが、「じゃあ、おまえはできるのかよ?」っていうのは間抜けな感じがしますよね。 観客はシュートが入らなくてもいいんだよ。  
読むのが楽そうだから選んだ本ですが、同じようなストーリーを1冊に30話くらい読むのも楽ではないです。 どういう展開だとかオチがどうとかパターンが解ってくると「もう読まなくてもいいや」って思っちゃいます。 「寅さん」や「ドラえもん」などの安定したくり返しが好きな方々には向いているんだろうけど、それでも1000作をすべて読む気には普通なりません。 興味深いのはパターンが解ると「大した話じゃない」という疑問が沸いてくることです。 星 新一さんの文章力や創造性が高いか低いかということではありません。 どっちかと問えば、間違いなく日本トップクラスのベストセラー作家です。 これは中学生がどう思うかという話です。 
このことは、多くの「自分にも小説が書けるんじゃないかな?」と思い込むエセ・作家志望者を量産したことでしょう。 「ショートショートなら誰にでも書ける」という永遠に決着を見ない論争です。 本当のところ、誰にでも書けるの? ちょっと違いますがサラリーマン川柳も「誰にでも作れる」と思わせる部類ですね。
自分は中学時代から一貫して「ショートショートは自分でも作れる」と思っていました。 むしろ作れないひとにはマンガは描けないと思います。 マンガは寸劇の連続と言えるからです。 ただ、全ての自称“文系”の方々がショートショートを書いても、星 新一さんの焼き直し(パクリ)にしか見えないです。 それはショートショートという文体そのものが普遍的な星 新一スタイルだからです。

星 新一さん自身がショートショートの書き方について説明しています。  

定石を覚えること
アイデアとは異質なものの組み合わせ
常識を覚えた上で、発想の転換をしていくこと 

創始者もこうやればショートショートが書けると教えてくれています。 これは前記の「きまぐれ人工知能プロジェクト 作家ですのよ」のプログラムのベースになっています。 このプロジェクトの本当に注目すべきところは、「星 新一さんなんか誰にでも書ける」ことを科学的に証明することです。 そう、機械でも・・・

 自分が星 新一さんの本に見切りをつけたのは、パターンに飽きたことよりも、設定とオチのくり返しに興味がなかったからです。 ようするにエヌ氏やエス氏といった私情をはさまない事情だけが書かれた小説に感情移入できないから。 読むからには少なからず感動したいのですが、巧い話が読みたいわけじゃありません。 落語に馴染みの少ない方々で“落ち”(最後のセリフ)で笑わせるとか物語の決着すると思ってるようです。 あれは“サゲ”と言ってただ巧いこと言ってるだけです。 推理小説の犯人のようなモノじゃないです。 落語はさサゲよりも、その過程までの話術を楽しむ娯楽です。 落語好きならどの話のサゲはどうとか頭に入ってます。 コンサートでも新曲ばかりが聴きたいわけじゃないですしね。 
小説って過程の部分にこそ読む価値が見いだせるんじゃないかな? 自分がSF方面に弱いだけなのかもしれませんけどね。 
でもネット社会ではショートショートの文体がとても合っているとも思います。




※ 今回の日記の中で事実ではない部分が一部あります。

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