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2012-03

お家に帰ろう - 2012.03.30 Fri

 3月の日記が全部マンガと関係ない話題になってしまいました。 ブログタイトルに「マンガのブログ」って書いてあるのにね。 3月11日は震災から1年が経った節目の日、テレビやラジオで震災を振り返る番組が多く放送されていました。 あの日の三陸海岸の津波や福島の原発、仮設住宅やボランティアなどなど。 日本人が忘れちゃいけない記憶をどの番組もくり返し伝えていました。 それらを観ていたら、ふと思ったことがあります。 「津波も原発も自分の記憶じゃない」ということ。 3月11日の報道を何度も観ているうちに津波も原発も知ったような気になっちゃっていました。 よーく考えたら、それらは翌日に知らされた“情報”に過ぎないんですよね。 地震当日の自分はテレビが伝えるような悲劇も不幸もなく、もっとお気楽に過ごしてたようです。 「あの日の記憶を忘れちゃいけない」とキャスターが語るけど、うっかりして自分が被災していなかったことを忘れちゃってました。 日本の半分が揺れるほどの地震でしたが半分の地域では何事もなかったともいえます。 報道されているような災害の記憶を自分のモノにしてしまうのは記憶のねつ造ともいえます。 自分自身は津波にも放射能にも襲われていないんだから。 では自分自身の正しい記憶はなにか?を書いたのが、前回までの日記「帰宅困難の夜」です。 登場人物(ウチの社員たち)が事件の重大さをまったく理解していませんが、重大さはまだ伝わっていなかったんです。 首都圏での震度5強で交通に与えるダメージがどれほどか身をもって経験できました。

 行政としての帰宅難民に対する新たな方針を決めようとしているらしいです。 原則は「無理して帰らない」とのこと。 都内の主要な幹線道路は緊急車両以外は通行禁止にするとのこと。 対応する震度も引き下げるようです。 実は東京で以前に緊急時の通行止めの練習をしたことがありました。 あらかじめ交差点でスタンばっていた警察が旗とかピカピカとかを振り回して・・・ 
神戸の震災は深夜未明に起きました。 崩落した高速道路での被害は長距離トラックや高速バスでした。 東日本地震の時は午後2時です。 すでに玉川通り(246)にはクルマが溢れていました。 今後、震度5強では「通行禁止令」が発動します。 あの時に埼玉にいた自分は、秋葉原にある自分の会社に戻ることができなくなるということです。 じゃあ、車両通行禁止の対象の道路上のクルマはドコに行けばいいのでしょうか? 「走っちゃいけない」ということは、その場でクルマから降りろという意味なのか? たとえ玉川通りから出れても行き場を失ったクルマたちがどこかで溢れることにか変わらないです。 へ理屈ではなく実際に3月11日に東京にいた人たちは、溢れ出すクルマの混乱を目撃しています。 前回の日記はそーいった体験のお話です。
予行練習の時は各交差点ごとに大量の警官が立っていました。 開始時間と共に一斉に道路封鎖をしてました。 東京直下型がもし起きたとしても、彼らは交差点に立てるのでしょうか? なにもかもがどーなってしまうのか誰にも想像できないのに、警官が道路閉鎖をしてる場合ですか? それどころじゃないでしょう。 ドライバーが自主的にふるまうのでしょうか? 

 帰宅難民についての方針は“無理して帰らない”だそうです。 前回の日記を読んだ方のなかには「そこまでして帰るなよ!」っていうツッコミを入れたくなったと思います。 「帰れないなら帰らない」 ヘンな標語のようですが言い得てますね。 北海道も新潟も長野も神戸や淡路も震災の避難とは住んでる場所から逃げるということでした。 家が壊され、流され、焼け落ちて・・・ しかし日中の都市型災害の場合は被災地と居住地が別の場所になります。 過去の震災には帰るという概念がありません。 自分は帰宅する方法の無い“帰宅難民”ではなく、帰宅が大変だった“帰宅困難”でした。 頑張って家まで歩いた方々は帰宅困難者です。 新宿駅の前で夜を明かした方々が帰宅難民です。 
「無理して帰らない」ということは「帰宅困難者も全員帰宅難民になれ」という方針です。 国も東京都も大きな建物なら民間のビルでもマンションのフロアでも避難所として徴用するつもりです。 震災後のテレビやラジオのコメントでも同様の趣旨を訴えていました。 東京は昼間の人口が夜よりも何倍にもなります。 この人たちが災害時に一斉に動いたら大変な混乱になります。 ましてや洪水や火災が発生したら・・・ しかし、これだけの人を収容する避難場所が確保できるのかはギモンです。 仮に5万人規模(東京ドーム分)の帰宅難民が一夜を明かしたら、彼らの朝食をどうやって確保するんでしょう? 5万本のペットボトルも必要です。 全員が朝トイレに行きたがるだろうし。 自分は浦和レッズのサポーターなんですが、3万~5万人の集まりや4~5千人の列を体感しています。 これらの列整理にシミスポの方々がどれだけ苦労してるのかもよく見ています。 自治体が毛布やおにぎり等を配る時に手際よくしないと職員との間に怒号や喧嘩が発生します。 それは東北の避難所で世界を驚かせた“秩序や礼節”とは逆の状態です。 それは通勤電車が人身事故で不通になった駅で、駅員を怒鳴り散らす乗客の延長上だからです。 
なぜ、東北の方々には出来て東京じゃ出来ないのでしょうか? まず人数が違います。 避難者たちの境遇が同じなので災害に対する覚悟が違います。 そして「自主的に避難した人と避難所に行くよう指示された人」と違いです。 「国が帰るなって言ったんだから朝食を面倒みるのが当然だろ」とか「責任者は説明しろ」とか言いそうですよね。 地域でも住民の分の備蓄はできるが労働者や買物客など“よその人”の支援は無理でしょう。

 3月11日の東京は不幸ながら「帰宅困難者のための避難訓練」を初めて実施できました。 震災以前から「有事には交通機関が全滅するから歩いて家に帰る」という事態をみんなが考えていました。 そのための地図やノウハウも伝えられていました。 オフィスに運動靴を置けとか。 実際に歩いてみるイベントもあったと思います。 でも多くの方々は本気で家まで歩いたのは今回の震災が初めてだったでしょう。 でもこの震災は本番ではありません。 震度5強は「必ず来るだろう東京直下型」とは別モノです。 今回はあくまでシミュレーションできてよかったと思うべきです。 同じ規模の避難訓練をする事は不可能です。 この日に家までたどり着いた人も駅で朝を迎えた人も帰宅困難を経験できました。 自分の兄はバスと徒歩を駆使して5時間歩いて帰宅してました。 かなりの方々は“何とかなる”と確信したと思います。 それが報道では語られなかった3月11日の東京近郊の実感です。 せっかく頑張って歩くつもりの人たちを行政が足止めするのはいかがでしょうか? 政府の発想はリスクがあるとかパニックが起きるとか消防活動の妨げとか・・・ 地震の日に総ての駅のシャッターを下ろして乗客を駅の外に追い出したJR東日本と同じです。 自分の意志で歩く人たちは不満を言いません。 帰れる人にはどんどん都心から出て行ってもらう。 それこそが地震対策だと思います。

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