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2017-10

軽く一線を越えてみる - 2017.10.08 Sun

谷川史子さんの「はじめてのひと」です。

 「ペンは剣よりも強し」というありふれた格言があります。この言葉は19世紀にイギリスの作家が劇のために書いた名台詞です。国王が日付なしの許可書を持っていて「自分のペンによる署名がどんな武器にもまさる」という流れです。「まことに偉大な人間の統治のもとではペンは剣よりも強し…」つまり、ペンは剣にまさる魔法の杖だから剣を捨てよということです。最初に“強いペン”を手にしたのは報道記者ではなくて国王だったんですね。
現代では「報道(マスコミ、言論活動家、評論家…)は暴力よりも強い力がある」って解釈です。オリジナルの劇では令状にサインするための追えんでしたが、格言になったペンとは活版印刷のことです。報道記者は国家権力や武装勢力、圧力団体とペンで戦っているという自負があるんでしょう。そして週刊誌はペンという魔法に杖を手にしてあたかも自分たちの魔法で政治も芸能界も思うがママに操れると思い上がっちゃった感じがします。自らを「文春砲」と言い出しちゃうあたりに魔法の杖を手にした悪い魔法使いの顔しか浮かびません。
誰も知らない不正や誰も知らなかった芸能人の不義を暴くことがペンのチカラなんでしょう。でも誰も知らない善行やイイ話を暴いて、世間に知らしめるようなペンの使い方はできないかな?人知れない花壇のプレートに、花の名前を書くのも立派なペンのチカラだと思うんですけどね。
今回取り上げるのは暴言政治家やズブズブな学校法人ではなくて、ズバリ渦中の斉藤由貴さんです。このスクープは文春砲じゃないんですけど。逆に文春に倉本聰さんが斉藤由貴さんを擁護記事が載っているらしいです。

 斉藤由貴さんは報道の通りに不倫が発覚し、女優業が出来なくなっちゃいました。当初、斉藤由貴さんは否定したけど週刊誌が物証を叩きつけて、最後は芸能界から追放に近い決着を向かえました。結論は日本では不倫騒動は重罪で謝罪しても許されるモノではないということですね。ゲスの兄貴もベッキーも当分は許されないんでしょう。ここで言う“許す、許さない”はファンや国民がそう思っているのではなくて、マスコミやネットの中の“意見”というバーチャルなものです。マスコミの意見とは記者の頭の中で作り上げた意見であって、書き手の意見に過ぎません。当然ながら読んだ読者の意見ではなくて、あえて言えば読んだ感想はあると思います。ネットの意見もネットは架空現実なんだからそこの書き込みも架空現実の人々の意見と思ったほうがいいと思います。「ネットでこんなに怒ってる」という記事を読んでも、自分はネットで怒ったことなんて無いのにってみんな思ってるはずです。何で不倫した当事者は謝罪しなきゃ行けないのか?といえば「国民が怒っているから」という理屈のようです。でも国民の大半が斉藤由貴さんに怒ってるような国はダメです。
下手すれば不倫疑惑が出るまで斉藤由貴さんを知らなかった人も多いと思います。当然ながらゲス不倫のブームになるまでは「ゲスの極み乙女」というバンドのことを知らなかった人が多数です。自分はどの子がベッキーだか知りませんでした。今でも写真を見てもどの子がベッキーなんだかピンときません。あーいうバタ臭い顔立ちのタレントは区別できないんですよね。

 不貞を働いたことよりも「一線を越えていません」と記者会見した後に「越えてました」って謝っちゃったのがマズかったようです。斉藤由貴はウソをついたということで、マスコミは全面的につるし上げました。一線というのは何の線なのか?駆け落ちが一線だったら「セックスはしてましたけど駆け落ちの一線は越えませんでした」と文脈はあってると言えなくもありません。注目したいのは「セックスをしましたか?」という質問に対して「セックスはしていません」と答えるのは偽証でもなんでもありません。逆に公の場で「あなたはセックスしたんでしょう?」と聞くことは、限りなくセクシャルハラスメントで、マスコミという圧力団体の威を借りて詰め寄る姿はパワーハラスメントです。例の証拠写真が公表されて斉藤由貴さんは完落ちしたんですが、あれは完全にリベンジポルノでした。この写真に対してだけは斉藤由貴さん側が警察を通して追求する姿勢でした。マスコミ側はその部分に対しては取材も追加報道もしないようです。リベンジポルノが知る権利に負けてしまったんでしょうね。

 このウソ証言が結果的に斉藤由貴さんを窮地に追い込みました。「女優ならウソをついてもいいのか?」という意見でしたら、その答えは女優にはウソをついてもいいという特権があります。そもそも斉藤由貴さんは過去最大の栄光だった「初代、スケバン刑事」を無かったことにしています。女優が年齢や出生、過去のヤバい経歴などを詐称するコトくらい昔なら常識の範疇でした。そーいうことは吉田豪さんの著作にいっぱい出ています。政治家がウソをつくことと芸能人がウソをつくことをマスコミはごっちゃにしようとしています。ウソはすべて暴くことが正義だと言わんばかりです…
読者や視聴者の支持を得るために、不倫騒動が下ネタじゃなくてスポンサーや制作に迷惑をかける重罪のように煽ります。一般の人にとっては「他人のセックスしかどうか」は下らない話ですが「スポンサーに違約金1億」とか聞くと大事件のように感じます。でもこんなことこそは業界内の話であって一般が怒ったり罵ったりする筋合いじゃありません。今回の不倫騒動で迷惑を受けたのは、降板を余儀なくされたNHK の大河ドラマの制作や公開映画の配給会社でしょう。まさに関係各社は不倫よりも、マスコミの斉藤由貴撲滅lキャンペーンのアオリを喰らった感じです。
当たり前なんですが、斉藤由貴さんが不倫をしたことに対して「オレの由貴ちゃんはそんなオンナじゃなかったのに」とか「ファンだったけど裏切られた」って怒り狂う人は一人もいません。それこそスケバン刑事だった頃に医者と不倫していたらファンへの謝罪じゃすまない事態になったでしょう。むしろ、50歳を越えて未だ現役バリバリっていうことのほうが賞賛に値するように思います。女優として一番重要なのは現役感ですし、年齢相応に枯れていくにはまだ早いでしょう。

自分が最初に斉藤由貴さんを認識したのはドラマの「はいすくーる落書」のいづみちゃん役です。このドラマはブルーハーツの主題歌がヒットしたので記憶にある人も多いと思います。このドラマはツッパリ生徒VSお嬢様先生という図式でしたが、何といっても斉藤由貴さんの演技にスピード感がありました。独特の舌っ足らずでまくし立てる感じが唯一無二の可愛さだったんですね。大女優になるとか演技が上手いというよりも、素の斉藤由貴は可愛いという印象です。当時、アイドル歌手的な存在でもありましたが、アイドルのドラマ出演に比べたら役者としての存在感は別格だったと思います。
歌手活動でいえば松本隆さんのキャリアを語るときに、太田裕美さんの「木綿の…」と松田聖子さんのプロジェクトと並んで出てくるのが斉藤由貴さんの「卒業」です。当時は卒業というタイトルで曲がいっぱい出ましたが、今に残ったのは斉藤由貴さんと尾崎豊さんの卒業だけです。それがきっかけで尾崎豊さんと逢瀬につながったのかは定かではありませんけどね。
歌手としての斉藤由貴さんはアイドルヒット後もコンスタントに活動していて、浩子さんの楽曲との親和性がたかいので、猫森集会の方々には支持されてたんだと思います。メジャーナンバーは少ないんですが自身の作詞も多く、斉藤由貴さんの作詞では浩子さんがアレンジした「今だけの真実」が一番好きな曲ですね。斉藤由貴さんが歌いたいのはこういう世界なんだって判る一曲です。

 歌手としての斉藤由貴さんはイメージできるんですが、女優としての斉藤由貴さんはいづみちゃんで止まっていました。最後に観た記憶があるのは映画館でクリスマス映画を観に行ったことです。これは作品が印象的だったんじゃなくて、自分史上初の女子にデートで誘われて観に行った作品だったからです。つき合ってもいなかった子だったんですが、この映画を観た話をしていたんで「いいな、オレも観たいな」って心にもないことを言ったら、「一緒に観に行って上げようか?」っていうお誘いがありました。彼女は共演の千里クンのファンで、その布教活動の一環だったようでした。しかしお誘い自体もまんざらではない感じでしたので、斉藤由貴さんには良い思い出しかありません。
実質、自分はいづみちゃんとこの映画の2作品しか斉藤由貴作品を観たことがありません。実際にテレビでの露出も少なくなって歌手のイメージも薄くなりました。そんな中級に斉藤由貴さんが目立つようになったのが、不倫報道ではなくてNHKの大河ドラマでの評判です。
「真田丸」での阿茶局の怪演が話題になりました。観ていないのでなんともいえませんし、アチャって何だよって感じです。聞くところによると阿茶が全部持って行っちゃったくらいの存在感だったようです。いづみちゃんしか覚えていない自分にはピンとこないんですが、阿茶の部分のだけ映像で観ましたが怖ぇっていう存在感が半端なかったです。寧々の鈴木京香さんや茶々の竹内結子さんと対峙しても圧倒的な阿茶のアチャ感です。知らないけど…

 来年の大河ドラマのオファーも阿茶局があったからこそでしょう。女優が正当な理由で出世したんだと思います。そのキャリアが不倫報道で抹消しちゃったんです。それって斉藤由貴さんにとってマイナスだっただけでなく、ドラマや演劇のファンにとってもマイナスだったんじゃないのかな?
単純に野球のエースやサッカーの日本代表の選手が、不倫していたことがバレてメンバーから外されたといしたらどうでしょう?自分は演劇ファンではありませんがサッカーファンなので「そんなことはサッカーと何の関係もないだろう」って思います。そんな理由のスタメン落ちはあり得ません。ファンが握手のためにCDを買ってるようなタレントだったら判りますが、斉藤由貴さんを仮想恋人に思ってる人なんかいませんよね。そーいう子供相手の仕事をしてるんじゃないんだから。最近のテレビ界はイメージに過剰反応していますが、スポンサー企業のしがらみがないNHKこそが、使うべきじゃないのかな?
過去に不倫騒動のさなかに「不倫は文化だ」と居直ってボコボコにされた俳優がいました。文化かどうかは別にしても不倫が文学なのは間違いありません。熟年不倫のシナリオがあれば最も適役になるでしょう。だって一線を越えた実績が多数なんだから。そんなシナリオはダメなのか?そんな役者がダメなのか?決めるのは観客であって週刊誌やワイドショーの司会者ではありません。

 谷川さんの「はじめてのひと」について書くハズでしたが、勢い余って斉藤由貴スペシャルになっちゃいました。谷川さんのハナシは次回持ち越しになります。たぶん早急に…


「ほぉ」って思ったら押してね

新刊「エデンの東北」 - 2017.09.30 Sat

深谷かほるさんの「エデンの東北」です。

 深谷さんは「カンナさーん!」など集英社の女性マンガ誌 YOU などで活躍している現役バリバリの看板マンガ家さんです。カテゴリーはレディスコミック(Hじゃないほうの)なんでしょうけど、作画やシナリオが男前なので広く万人向けの女流マンガ家さんですね。その深谷さんが最初に頭角をあらわしたのが竹書房の4コマ誌「まんがライフオリジナル」で連載してた「エデンの東北」です。
当時の竹書房の4コママンガ誌は「まんがライフ」が植田まさしさん。「まんがライフオリジナル」が秋月りすさん。「まんがくらぶ」は森下祐実さんや堀田かつひこさん。「まんがくらぶオリジナル」はさんりょうこさんでした。「まんがライフオリジナル」は4コマの中でも保守、ファミリー向けな位置づけで、秋月りすさんの「かしましハウス」~宇仁田ゆみさんの「よっけ家族」っていう感じの流れが主な作風ですね。
そんな中、仕事終わりに本屋さんの定期偵察していたら、深谷さんの「エデンの東北」の最新刊11巻が平積みされいるじゃありませんか!帯には「約17年部売りの新刊」と書かれています。約17年と書くあたりに、出版社もよく覚えていないくらいほったらかされていたことが窺えますね。
未完のマンガの新刊が出なくなることは多々あります。作者が急死した場合や病気などで執筆がままならなくなった場合。連載打ち切りに伴い単行本化もお蔵入りしちゃった場合。作者が多忙(重複連載)で手が回らなくなって連載ごと投げ出す場合。作者が作品を進めることから逃避する場合。そして掲載誌の再編(休刊や廃刊)に伴いうやむやに消えていく場合。とくに4コマ誌は掲載誌の事情が多いイメージがあります。小池田マヤさんのこととか…

 もう新刊は出ないだろうと本を処分しようかなって思う頃に唐突に新刊が出たりするモンです。最近では読者のほうが諦めかけてた荒川弘さんの「銀の匙」の新刊が突然リリースされてびっくりしました。荒川さんは作者側の事情っていう感じでした。「よつばと!」は作者が逃避型というか、徐々に出版スパンを伸ばして忘れさせようとしている感じです。14巻目が出るのは5年後か?
そして、ほとんどの深谷ファンがとっくに忘れていけどまだ連載中?だったのが「エデンの東北」ですね。どういう契機で続きを描きたくなったのかは判りかねます。確たるストーリーがあるわけでもないエッセイ風のホームコメディなので、「クライマックスを描けよ」とか「エンディングがどーなった」とか言うファンもいまさらいないでしょう。10巻目が出た後に「エデンの東北 高校編」が出たので「もう新作は描かないんだな。集英社の仕事に一本化するんだな」って納得しちゃいました。当然のように当時買った10巻分はとっくに処分しちゃいました。今回は待望の新刊というよりも、何でいまさら新刊?という感じがしました。そーいうギャグなの?って感じです。大出世作の「カンナさーん!」がキャラそのものな渡辺直美さんでドラマ化されて「今が旬」と判断したんでしょうか?連載のタイムラグを考えるとむしろ「夜廻り猫」が好評なので乗っかったのかな?
本屋さんで笑ったのは過去の1巻から10巻までを全巻重版しちゃったところです。竹書房も頑張っちゃったらしく、新刊発売と同時に本屋さんに過去作全10巻がそろていました。1冊八百円として全部買って八千円です。誰が買うかのかなぁ…?「エデンの東北」を読んで「カンナさーん!」を読む順番だったらなるほどっていう感じだけど、ドラマから原作まんがを読んでから深谷さんを知ってから「エデンの東北」という順番だと何なのこれ?ってなるんじゃないのかなぁ…
作品は70年代の福島に住む親子や周囲の方々の“心は錦”な物語です。静岡に住むちびまる子ちゃんと似たり寄ったりな感じです。ちびまる子ちゃんに比べると悪意とセコさをリアルにした感じのおねえちゃんが主人公です。主に男子小学生な感じのおねえちゃんと弱気なおとうと、フルメイクのお母さんとの戦いの日々がメインです。お母さんのナチュラルな悪意とセコさが人気の秘密でしょう。
「ちびまる子ちゃん」はさくらももこさんの思い出補正と原作者のプライドで聡明な思考の三年生ですが、「エデンの東北」は作者のプライドは反映されていません。雑な小学生と雑な親と雑な近所の人々の雑なお話です。「夜回り猫」からイイ話を引いた感じの作風です。

 今回の11巻目は即買いしたんですが、まだ読んでいません。読まずにこの日記を書いています。買い込んだマンガが多いので、17年間待たされた作品を今日明日で慌てて読む必要なんかありません。
今さらながら本屋で見かけて心が揺れてる案件が二つあります。一つは倉多江美さんの「静粛に、天才只今勉強中」が全8巻復刊しています。これは20年くらい前に出たナポレオンのお話です。当時、自分は歴史モノに疎かったので途中まで読んでいて挫折しちゃった作品です。今年になって本屋さんに普通に復刻版が並んでいるのを見つけてひっくり返りました。「倉多江美、再評価か?」って思いましたが、特に倉多江美さんの時代が来ている風でもないようです。今、読む人いるのかな?って思います。自分も改めて読んだとしても挫折しちゃいそうです。この作品と山岸凉子さんの「日出処の天子」が自分が作品に出会った頃が子供過ぎて読み切れなかった心の汚点です。
もう一つは川原泉さんの新作も本屋さんに並んでいます。「花とゆめ」時代の作品はあらかた読みあさりましたが、今、改めて川原泉作品を読もうとするとあの膨大なセリフとト書きを読む気力が沸きません。

 自分が一番気に入っている深谷作品は「かれんちゃん」という「エデンの東北」の主人公が大人になってOLになったらこんな感じっていう作品です。書籍での入手は不可能でしょうけど、ネット配信ならなんとかなるのかな?


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安彦さんのイヤな予感 - 2017.09.06 Wed

アニメ版「機動戦士ガンダム ジ・オリジン」の監督の安彦良和さんです。

 8月24日の東京ローカルのTBSラジオ「伊集院光とらじおと」に、ガンダムの産みの親の一人の安彦良和さんがゲストで出演されていました。この週はラジオ局的にはスペシャルウィークなので各局とも気合いの入ったゲストとプレゼントのばらまきの一週間でした。そんな中でも朝ワイド午前10時からのゲストに安彦良和さんでした。新作のガンダムアニメの宣伝という意味合いにしても「何で午前10時に安彦良和?」っていうのは疑問ですね。夏休みとはいえ子供がラジオを聴いてる時間帯ではありません。パーソナリティの伊集院光さんは自称ガンダムマニアでも、極端なアニメファンでもないとのことです。しかし子供の頃に先入観なくファーストガンダムを観て感動した、正しいガンダムファンであるのは間違いないです。伊集院さんがオタク系のバイブルのひとつのガンダムを知らないワケはありません。しかしAMラジオの朝番組で危惧されるのはパートの仕事中に聴いてるお母さんのために「そもそもモビルスーツって何ですか?」という質問から始まる“今さらソコ?”というパターン。もしくは伊集院さんが安彦さんよりもガンダムに詳しすぎて「それ知ってる、それは本当はこうなんですよね…」っていう、ウザいオタク全開なぽかーん番組になる可能性もありました。しかし伊集院さんはほどよくオタクでガンダムオタクをリスペクトしながらも、安彦さんからファーストガンダム時代を上手に引き出していました。近年のNHKのアニメ特番なんかよりずっと価値のある内容で、さすがはラジオの帝王ですね。

マンガ版の「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」についての記事はコチラ < 跳べ安彦ガンダム!

 安彦版ガンダムについては過去の記事で書いた通りです。自分はオリジンは安彦さんが満を持して描き始めた作品だと思っていました。実際には安彦さん自身にはガンダムは過去のものだったんだけど、当時のサンライズの吉井社長に懇願されて連載になりました。吉井社長の言い分は「ファーストガンダムは作りが酷くおそまつなので海外では売れない」ということでした。作画がヒドいというのは当時の制作体制や予算などが原因ですが、描いたのが安彦さん自身なので責任を感じたとのこと。
オリジンはファーストガンダムのエピソードをそのまま活かしつつ、安彦さんのオリジナルなエピソードやシナリオのつなぎを良くするための改編が加えられたリファイン版です。内容を変えるというのは安彦さんがマンガ版を引き受けるにあたって出した条件でした。

『 オリジンを描くに当たって吉井社長に「オレはファーストを変えるよ」と言った。おれには変える権利がある。富野の内情(ミステイクも)を知っているからそれを変える(直す)』

ファーストガンダムは富野善幸さん、安彦良和さん、大河原邦男さんの三人で作った作品なので、この三人にはガンダムをいじる権利があるとのことです。安彦さん曰く「富野のことは富野以上に覚えている」とのこと。富野さんはどちらかというと発言するたびに作品を作るたびに言ってるコトが変わっちゃう印象です。逆に安彦さんは過去を美化するコト無くファーストガンダムを語ることのできる貴重な存在です。昭和ガンダムのファンの中でも「思い出補正」が働いちゃう人が多いです。平成からの若いガンダムファンには「思い出補正」がないので、「ファーストガンダムって作画が糞アニメ」って思うのは当然です。安彦さんもサンライズも作画は糞アニメって納得してるようです。

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 今回のラジオ出演で初めて判明した事が二つあります。一つ目は矢立肇(ヤタテハジメ)さんが誰なのか? 矢立肇とはガンダムなどで富野さんとともに原作者としてクレジットされている名前です。
矢立肇がサンライズの共同ペンネームというのは、アニメファンレベルではすでに知れたハナシだと思います。サンライズの意図的なのか正体は積極的には公表してきませんでした。今回のラジオで安彦さんは「矢立肇…まぁ…ほぼ山浦栄二さんだけどね…」とペロっと言っちゃいました。安彦さんレベルで今さら秘密でもないのでしょう。矢立=山浦説は有名というか本命だったんですが、「知ってる?矢立肇は実在しないんだよ」で止まってるブログや、ウィキの情報のまんまを流してるブログの記事を多く見てきました。今回の安彦さんの発言による「矢立=山浦」は自分が確認できた中で関係者が事実を認めた初めてのケースでした。山浦栄二さんって誰だよってことですが、山浦さんはサンライズの3代目の社長です。当時の「宇宙戦艦ヤマト」のブームを分析して、ガンダムブームの契機になる中高生をターゲットにするアニメを作るという戦略の元を作った人です。
もう一つは「何故、安彦さんは福井晴敏さんの機動戦士ガンダムUC という小説の挿し絵を、第4巻から更迭されたのか?」という事件の真相です。ガンダムUC の小説を始める時には「キャラは安彦良和 メカはカトキハジメ 小説は福井晴敏」という売り口上スタートしました。安彦さんは表紙のイラストと挿し絵も手掛けていました。しかし小説全11巻の中で4巻以降の挿し絵が虎哉孝征さんというマンガ家に変更されちゃいました。虎哉孝征さんって誰?っていう感じですが、福井さんの出世作の「戦場のローレライ」のコミカライズ版を描いたひとです。その他にガンダムエースという角川のガンダムマンガ誌でガンダムマンガを描いてる人です。
この安彦さん更迭事件はファンにとっては大きな事件で、「福井か安彦を切った」とか「安彦が他の仕事(オリジン)のために降りた」とか「安彦が角川(編集部)と揉めた」など憶測が飛び交ってました。

掲載誌であるガンダムエースの当時のリリース

『 これは突然の交代ではない。本来、挿絵は最初から虎哉氏が担当する予定だったのだが、連載のスタートにあたってキャラクターのイメージを根付かせたいという観点から、安彦氏にこれまで伴走してもらうことになったためである。単行本も無事発売されヒットとなり、また連載も新章に突入するこのタイミングで「本来の形」に居住まいを正すこととなった… 』

あくまでも予定通りに虎哉さんを起用しましたという表現です。しかし安彦キャラのガンダムに郷愁たっぷりなファンも多く、この作品がラノベだか判りませんがキャラの描き手が変わるっていうのはあんまり聞かないハナシですよね。ましてや編集部のこさえた言い訳の作文は出版社の社員が書いたとは思えないほど腑に落ちない駄文です。ファンは納得できる訳ありませんよね。
この件とは直接には関係ないんですが、ラジオの中で安彦さんはファーストガンダム以降のガンダム作品についてこう語っています。

『 最初のシリーズが終わって降りるのですが、イヤな予感がしたから降りたんです。それはこれから先、ヘンな方に行くんじゃないか?それに加担したくないので降りた。それは宇宙戦艦ヤマトの続編で経験したから… 
どんどん続編が作られたけど、ファースト以降は観ていないし関与していない。やむを得ずキャラクターで協力したのが2本ありますが。その後の作品がどうだったのか耳を塞いでいても漏れ聞こえてくると、面白く無い方向になっている… 』

2本というのは 「Z ガンダム」と「ガンダム F91」です。「イヤな予感がしたから降りた…」というのは Z ガンダムを指し、やむを得ず協力したというのは ガンダムF91でしょう。このガンダムが劇場公開10周年記念作品ということもあり、大河原さんもメカデザインで復帰してるので逃げられないつき合いだったと想像できます。両作品とも作画監督はしていないので、キャラから安彦臭はあんまり感じられません。なんとなくZ ガンダムは永野 護さんがデザインしてるんだと思っていました。ハマーン様やエマ中尉の尋常じゃない髪型に安彦さんらしさが出ていますけどね。
福井さんの小説の挿し絵の仕事は始まりはともかく、安彦さんのいう「イヤな予感」が的中しちゃったんじゃないのかな?そうすると降板理由は「ヘンな方向へ行く作品に加担したくないので降りた」ということだと思います。

 福井さんの「ガンダム UC 」はCS放送のアニマックス無料放送企画でエピソード1~6までを観ました。最終巻のエピソード7は無料放送しないようだったのでBlu-rayで購入して観ました。
福井さんはガンダムファンを公言していますが、正確に言えば Z ガンダムのマニアだったそうです。皆川ゆかさんとの対談で『 高校の時に続編の機動戦士Zガンダムが放送されるらしいぞ、という話を聞いた時には、また興味がもたげてきてテレビシリーズの本放送を見ましたよ。だからテレビではファーストよりも Z の方が、俺の感性には引っかかっていますね 』と語っています。クドい話ですがZガンダムは安彦さんのいう「面白く無い方向になっている」作品です。福井さんは初見で観たファーストガンダムにはピンの来なかったそうで、大人になってからスゲぇ作品だと気づいたそうです。
福井さんの一貫した印象は「同じころに同じガンダムを観たのに、何でこんなにガンダム感が違うんだろう」っていうものでした。自分が福井さんを認識したのはガンダムUC が具体的にアニメ化されるって話題になったころです。それまでは福井さんって「ローレライの人」ってくらいの認識でした。ガンダムUC はオールドファンをくすぐるようなMSで宣伝していましたから、てっきりファーストのテイストを判ってる人が作るんだと思ってました。しかし福井さんのガンダムは富野ガンダムであって、安彦さんの考えるガンダムとは異質なものだです。まあ、所詮はローレライだからなぁ…
安彦さんは厳密にはファーストだけがガンダムという考えです。ガンダムシリーズは続編につぐ続編で巨大なコンテンツになったのは事実です。でもファーストがそれまでのマンガアニメからアニメ文化に押し上げた要素は、今のガンダムブームを支えてきた作品群にはない要素です。
そもそもファーストガンダムが支持された要因は「主人公ロボがマジンガーZ じゃないことと、主人公は超能力者じゃないこと」です。それまでのロボットアニメのイメージは、悪の結社や宇宙人の侵略から元気な主人公の少年が、地球の存亡をかけて1話完結で戦うというものでした。当然ながら主人公ロボはスーパーロボットで敵メカは機械獣です。そーいうスーパーロボットじゃない「モビルスーツ」がガンダムのキモでした。主人公メカのガンダムもスーパーロボットじゃなくて新製品ロボットくらいの位置づけです。後半になると敵側にも同等の性能をもったロボットが量産されます。ボトムズほど性能レスにする必要はありませんがガンダムの世界観は「戦いは数だよ」です。一部の突出した主人公メカだけが活躍するんだったらマジンガーガンダムになっちゃいます。ファーストでは最初から最後までモビルスーツの能力は使う人しだいだと言っています。
福井さんが用意した新しいユニコーンガンダムはマジンガーガンダムでした。これはモビルスーツを汎用機として扱う不文律をまったく理解していませんよね。マジンガーZがモビルスーツになるために富野、大河原、安彦の3名がどれだけ頑張ったのか知らないんでしょう。またスーパーロボットに戻してどうするんだよ!

 ユニコーン以上にしょっぱかったのは本編の中心になるストーリーが「ラプラスの箱」の秘密についてです。ストーリーの冒頭から秘密ありきで始まりエンディングまで引っ張ったラプラスの箱なんですが、種明かしは福井さんのイメージしていた盛り上がりとはほど遠いしょっぱさです。作家の気質として物語の中心に「謎のワード」を置くことが、賢いストーリーをかんがえたオレっていう感じになっちゃうようです。巨人モノで「巨人誕生の謎が明らかになる」とか「使徒とは?」など、結論が出ることによってより虚しさだけが残るお話が多いです。
福井さんはラプラスの箱の正体が「何だこんなモノだったのか」っていう逆説的なオチとして狙ったのかもしれません。自腹で購入した最終巻がラプラスの箱の種明かしだったのがよりイラっとさせるんですよね。個人的な感想ではラプラスの箱なんかより、テム・レイが作った「こんなモノ」のほうがストーリーの中では意味があるものでした。
ガンダムUC を未見な人にはラプラスの箱のネタバレは可哀相なので、自分がガンダムUC を観ていて早い段階でガッカリしたシーンを書いておきます。1話目で主人公とヒロインがミスト財団の当主のお屋敷に、戦争回避のための直談判に向かう場面でのこと。両者はコロニー内にあるミスト財団のリーダーのミストさんのお屋敷へ無断で玄関から侵入し、装飾のタペストリーの絵を見ながら図案の中に象徴的なユニコーンの絵を見つけます。
演出は主人公がタペストリーを見ることありきのようですが、お屋敷へセキュリティーもなく無断で侵入できる非現実性は違和感がいっぱいです。直後に財団の当主が現れたときのヒロインのセリフが「断りなくお屋敷に踏みいったご無礼をお詫びします」というもの。福井さんは他人の屋敷に勝手に入ることの非礼は理解してるんでしょうけど、地球にもコロニーにも玄関から応接間まで勝手に入れるようなお屋敷は存在しないことは思いもよらないんでしょうね。こーいうシナリオの都合で常識が無視されるシーンはアニメではよくあるパターンなんですが、安彦さんなら多分こんなシーンは作らないです。

 安彦さんはラジオの中で「人の演技はこだわる。人のドラマなので人が描けてなきゃダメ」と発言しています。ファーストガンダムの監督としての富野さんに対しては「富野は苦労人なので人を判っている」とリスペクトしているようです。ファーストガンダムが群像劇と言われたのは、富野さんの演出のなせる技なのは間違いありません。安彦さんの言う「人のドラマ」というのは戦争している敵も味方も、それぞれの事情を持った普通の人々ということです。アムロやララァなど特異な能力を発揮するキャラもいますが、彼らは選ばれた者ではなくてたまたま戦争中に能力を発揮しちゃった不幸な人として描かれています。
ファーストガンダムのテーマは何だったのでしょう?人の覚醒とかニュータイプ、ましてや反戦なんかは当時のガンダムブームの中で富野さんやアニメファンが後付したモノに過ぎません。本編で一番こだわっていたのは「戦う理由があるのか?」ということでしょう。ジオンも連邦も全ての兵士にはそれぞれの命令のもとに戦っていました。難民になる民間人にも生き残るという目的があります。この作品の中で唯一戦う理由が見つけられなくて苦悩していたのがアムロです。軟弱者のカイさんですら戦う理由を見つけます。アムロは怖いのがイヤなのに怒られなだめられながらいやいや戦っていました。いやいや戦ってるのに強くなりすぎたから、ララァに「守る者がないのに戦ってるのは不自然よ」って図星を突かれちゃいます。

 安彦さんの「イヤな予感」というのはガンダムが戦争を取り扱うことが前提なのに、人のドラマじゃないストーリーになることの危険さだと思います。当時ファーストガンダムを観た人ならギレンが本気で「有能種である我ら」なんて思っていないことは理解できてるハズです。単純なプロパガンダなんですが、以後の作品に多大な影響を与えちゃうんですよね。富野作品も含めてほとんどの続編ガンダムはヘンな政治思想によるテロリスト的に戦争を仕掛けるストーリーになっちゃうんです。したがって戦闘中も「正しい」とか「正しくない」って言い争いしながら戦っています。
戦争を前提にしたストーリーで戦う理由が正しいかどうかの議論って幼稚じゃないですか?一年戦争は地球圏とコロニーでの格差による不平等が原因のように描かれています。ジオン公国もちゃんとした独立国家ですからテロではなく戦争の物語です。テロリストのストーリーの問題点は思想的な信念が戦いのモチベーションだから、会話がかみ合わないことです。ギレンには政治家としての判断が一年戦争だったという感じが出ていますが、ジオン復興をお題目にしてるキャラだと何言っても伝わらない虚しさがあります。
それと強化人間シリーズや、戦うことを楽しんでいるパイロットも人のドラマに馴染みません。心がない人形のようなパイロットや、戦闘中に笑いながら目がイっちゃてるパイロットなどです。そういうキャラは、ゾンビやモンスターのようなもので人のドラマとはいえません。ファーストガンダムでは戦闘中に相手をいたぶるようなシーンはありませんでした。だってどのキャラも真剣に戦ってるんだからね。
人のドラマっていうのは生い立ちを不幸にすればいいってモンじゃありません。群像劇というのはキャラがいっぱいいればいいってモンでもありません。福井さんのガンダムUC の最大の問題点はヒロインのオードリーがつまんないオンナ感が強いからです。ありきたりというか平べったいというか、もう少しくらい魅力的にできなかったのかな?それこそ宮崎 駿 師匠だったら3倍は可愛くできたと思います。なんたって師匠は全共闘時代からの筋金入りのロリコンだから…


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ジャズ的なハプニング - 2017.09.05 Tue

日野皓正さんの中学生ドラマービンタ事件についてです。

 音楽の世界の人たちには音楽の世界の人たちにしか判らない領域があるんだと思います。古典芸能にしても、その世界の中に生きる人にしか判らないことがあるんでしょう。

 話の概略は世田谷教育委員会主催の「ドリームジャズバンド」という日野皓正さんらプロのミュージシャンの指導を受けていた中学生のビッグバンドのコンサートで、行きすぎたソロ演奏のドラム奏者の中学生に対して日野皓正さんが往復ビンタをしたということです。その映像を週刊文春がすっぱ抜き体罰問題の是非にまで発展してるようです。コンサート自体が有料で4500円というシロウトの発表会にしてはどうなの?っていうくらいします。「有料でそんなゴタゴタを見せるな」とか「教育委員会のお膝元で体罰ってどうなの」などのもっともな意見が多数です。
争点は「いかなる理由でも体罰は許されない」という爆笑問題の太田的な意見と「まぁ状況によるんちゃうか」というダウンタウンの松本的な意見に二分されている感じです。面白いのは日野皓正で検索すると体罰の是非のコメントに溢れてるんですが、ヒノテルで検索すると「まぁいいんじゃないの」っていう感じの緩めなコメントが多く見られます。

 自分も出回っている現場の映像を観ましたが、どちらかといえば「まぁいいんじゃないの」っていう感想でした。世界のヒノテルに対してジャズの中で暴挙に出た中坊を張り倒したっていうのは、ジャズの人にしか判らない領域なんでしょう。教育上の問題を挙げて日野皓正さんは指導者の資格が無いとかナントカいう意見も飲み込めますが、張り倒しにいったのは指導者ではなくてミュージシャンとしてだったんじゃないかな? ベテランのトランペット奏者が見習いのドラマーのプレーに怒ったっていう感じです。普通の人たちにはジャズ・プレイヤーは陽気で温厚な人たちっていうイメージがあるのかな? 自分は「ジャズの仁義に反する者は、ジャズの輪から排除される」っていうのは当然って思います。ジャズって共演する奏者から認めて貰うことがもっとも重要なジャンルって感じでしょう。村上ぽんた秀一さんなら間違いなくゲンコツだったでしょう…
カルチャー教室の生徒と講師なら太田派の「何があっても殴っちゃいけない」という正論です。この場合はドラマーが中学生でも成人でも同じです。師匠と弟子という関係性なら松本派の意見にもうなずけます。ナメた態度の中学生は映像を観ただけでも殴られるに値するように見えます。今回の映像は殴られた中学生には明確に非があるんだけど、殴った大人にも明確な非があります。批判する人たちもどっちに付くかでコメントが変わります。印象としては文章で知った人は体罰問題と捉えていていますが、映像で知った人は日野皓正さんに同情的って感じです。普通のケースでは太田さんのほうが正論なんでしょう。でも状況や当事者の中学生親子のコメントなどが明らかになってくると、松本さんの意見への共感も多くなりました。もともと日野皓正さんは中学生ドラマーのドラムの才能を高く評価しており、特別に目をかけていたとのこと。それは事件後の被害者?親子の声明で「悪いのは息子のほう」という部分にも現れています。
太田さんも松本さんもショッキングな映像を観たときの脊髄反射でコメントしてるけど、ワイドショーを作るマスコミ側の人間なら事実背景を“取材”してからコメントするくらいの配慮がが必要なんじゃないのかな?この事件は教育者と生徒という関係性よりも、親方と見習いという関係性で捉えたほうがしっくりきます。だって日野皓正さんは学校の先生ではないし、現場はコンサートのステージという本番の場だったんだから。

 世間の反応や意見が太田派と松本派に二分しているんですが、もう一つの見解が抜けていると思います。それは「この事件はジャズとしてどうだったのか?」という見解です。音楽にはまったくのシロウトなのでジャズの世界観はよく判らないところがあります。ヒノテルが事件の起きたコンサートの終演後『いろんなハプニングが起きる、これがジャズです。ジャズにふさわしいハプニングがいろいろ起こって楽しいですね…』と挨拶しています。騒動後の中学生ドラマーの父親の『ジャズを理解している人からすればうちの子が悪い…』と文春に語っています。当事者同士ではビンタ事件は解決済みなのを取材してるはずの文春は、どの立ち位置で蒸し返してるんでしょうかねえ。
「これはジャズにふさわしいハプニング」と「ジャズを理解している人からすれば…」はどちらもこの件はもういいでしょうという事なんですが、言ってるコトはジャズてきには真逆の意味に捉えられています。ヒノテルのコメントではジャズっていうのはこーいう感じにぶつかり合うもんだよっていうニュアンスです。ジャズではこーいうちょっとした音楽的な行き違いは結構あるってこと。つまり中学生ドラマーのような演奏の暴走も“ジャズあるある”ってことです。この事件では、よくジャズ映画の「セッション」が引用されています。ジャズファンからすると「ドラムの彼こそがジャズの精神を持ってる」っていうことのようです。逆にあーいうソロ回しの状況で調和を乱す行為はジャズとしてありえないというジャズファンは、父親の言う「ジャズを理解してる人」なんでしょうね。
世間の目が教育者目線でこの事件を体罰と言うのは自由ですが、芸能というジャンルは教育というジャンルから一番遠い所にあります。教育至上主義の人たちは教育の世界ではない人たちにも教育の理念の正しさを押しつけたがります。それは欧米がやっている民主主義の押し売りに似ていますね。
日野皓正さんもこのドリームジャズバンドというプロジェクトで「ジャズだけでなく、ちゃんとした大人になるよう指導している」みたいな綺麗事を言ってましたが、ちゃんとした大人なんかにいいジャズが演奏できるもんかよっていう気もします。いいジャズマンを目指すにはいい不良になることが第一歩なんじゃないのかな?そのための授業は教育現場の管轄外にあるんだと思います。

 自分は正直にいえばジャズにはまったく理解がありません。好きか嫌いかでいえば明確に嫌いなジャンルの音楽です。創作は音楽でもマンガでも映画やアニメでも、キッチリと構想をねって推敲したうえで完成形という作品が良しとしています。だからアドリブを笑うコントよりも台本をブラッシュアップしたコントのほうが好きです。マンガもアドリブでストーリーを展開させると、後半にろくな事がありません。
ジャズのスタンダードをジャズの奏者がジャズにアドリブして演奏するのはジャズの自由です。でも音楽には作曲者や編曲者がコレだっていう到達点というか完成形があるように思えます。考え抜いてのコード進行や楽器パートを決めたんだから、その時点で考えられる最高傑作が決定稿になったんでしょう。それをグルーブとかノリとかでダラダラ演奏しても、そんなになぁ…って感じです。ライブで観客と一体になってコール&レスポンスになるのは観んなが楽しいからいいんです。でもその部分は音楽性とはまったく関係ないお祭りの部分だと思います。
演奏してる方が楽しんでるからいいのなら、ジャズを理解してるも何もないでしょう。「理解してなくても楽しめばそれもジャズだよ」っていって欲しいです。そんなことタモリさんは許さないでしょうけどね。サンバは「気持ちが南米になったら、それはもう誰でもサンバ」っていう感じがします。
自分は音楽を聴くことによってゴキゲンになろうっていうつもりはありません。ノリノリな曲で気分を上げたいとか考えた事もないですし、そんなに日々機嫌が悪いこともありません。タモリさんが昔さだまさしさんを攻撃していたのは、タモリさんの音楽の聴き方とまっさんのファンの音楽の聴き方が全然違うからです。
しかし、自分がこのアドリブはスゴいと思うミュージシャンが二人います。一人はピアノの矢野顕子さんで、もう一人はギターの押尾コータローさんです。言ってるコトが違うだろってことですが、スゴいモンはスゴいってことですね。
 
 去年だったかサッカーの新潟遠征の時に地元の中学生のビッグバンドの演奏を観ました。今回の事件のコンサートもあんなかんじだったのかな?ってイメージします。それを考えると音楽性とかジャズ論とかを語るよりも、観客は発表会的な印象で観ていたんだと思います。
もし指導ミュージシャンがヒノテルではなくて谷啓さんだったらどんな対応だったのかなって想像してみます。そいれはもう「ガチョ~ン」でしょうね。


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新しい全員野球 - 2017.08.25 Fri

祝 花咲徳栄高校 夏の甲子園初制覇!

 今年の夏の甲子園は埼玉県の花咲徳栄高校が初優勝。深紅の大優勝旗が戸田橋を渡りました。もしくは荒川大橋かも?今年の大会は早実の清宮クンこと早実が東京大会で東海大菅生に敗れた時点でマスコミでは盛り上がりが終了しちゃった大会でした。しかし広島の広陵高校に中村クンという新たなキャラを発掘し、広陵の中村クンを中心にまわっていた大会になりました。
花咲徳栄は大会前の評価はその他大勢の中の上くらいだったと思います。埼玉県民の中でもそんなに期待されてなかったんじゃないのかな?何しろ埼玉代表だから「今年もどうせ3回戦止まり…」っていう冷めた空気があったんじゃないかな?そもそも3年連続で出場してるんだけど浦和学院のほうが出場すればいいのにとか思っちゃったりしてました。なにしろサッカーも野球も埼玉は高レベルでドングリの背比べをしています。そのくせ全国で活躍する絵が浮かばないのが現状でした。そもそも花咲徳栄っていう校名も甲子園に出場できるまではナサキトクエイって読んでました。正解はトクハルです。埼玉では有名な筋肉系の名門校の埼玉栄高校の姉妹校です。花咲徳栄がある地名の加須市も他県の方が読めない地名ランキングに入っているようです。校歌の演奏は ♪夏の~花咲徳栄高校~っていう夏の大会バージョンのような歌詞でしたが、実際は春夏秋冬と4番全部あるようです。

 今回の花咲徳栄の優勝は開幕前には誰も予想できなかったんですが、終わってみればフロックではなく勝つべくして勝ったという印象のようです。花咲徳栄の作ってきた野球は今までの優勝候補ではないが、次の大会からの優勝候補はこーいうチームという新しい流れを作ったと思います。
ピッチャーは必ず継投する、個人のホームランに期待しない。それまでの表現でいえば「全員野球」という肩書きなんでしょう。花咲徳栄には投手に綱脇クンと清水クンがいます。普通は両エースというと先発2枚でローテーションしますが、花咲徳栄は必ず綱脇クン~清水クンの継投の順番を最後までくずしませんでした。広陵は山本クンと平本クンのどちらかが先発という感じでした。綱脇クン変化球~清水クン剛速球という順番が重要なんでしょう。監督もはなから綱脇クンに完封や完投を求めていません。多少失点することも折り込み済みでの采配って感じです。
打撃のほうはホームランに期待しないけど、全員安打には期待するという斬新なアイデアです。一度に3本も4本もヒットが続くワケではないんだから2塁打を打てという作戦らしいです。シングルヒットだと3安打でまだ満塁ですが、2塁打ならヒット2本で1点が入ります。花咲徳栄のいう「全員野球」とは「全員が2塁打を打つ野球」のことです。
花咲徳栄の作戦は先攻を取って1回の表から点を取る。失点する前に追加点を入れておく。綱脇クンが2巡目以降変化球がバレ出す前に本格派の清水クンにスイッチ。最後は相手ピッチャーが泣くまで点を取る。完璧な作戦です。実際に6試合で合計61点、毎試合9点以上取っています。全試合で打ち勝っているのがスゴいですね。左バッターが6人という監督のマニアックなこだわりが感じられます。
決勝は14対4という10点差ゲームだったので最低の決勝戦とか凡戦とか揶揄されました。実質準決勝の2カードのほうが盛り上がった感じでした。花咲徳栄にとっては東海大菅生との準決が唯一負けるかもしれないって覚悟した試合だったんでしょう。ショートの岩瀬クンを有名にした試合です。そもそも花咲徳栄の両ピッチャーは低めに投げることを信条にしているので、強打者のジャストミートはみんな三遊間の強烈なゴロになるんんですよね。タイムリーエラーよりも内野の守備が上手なチームっていう印象でした。その準決のスコアですら9対6でした。この6点は埼玉県大会から通して見ても花咲徳栄が取られた最多失点です。

 このように甲子園のトレンドが変わっていくとキビしくなるのがあだち充さんです。現在は過去の栄光をもう一度と「タッチ」の明青学園の26年後を描いた「M I X」を連載しています。単行本進行でいえば11巻段階で1年生の立花兄弟の甲子園への挑戦が終わり、12巻目からは2年生パートが始まります。あだち充さんは秋季大会を描かないので、主人公の学校は春の選抜には出られません。夏が終わるとシーズンは終了しちゃいます。
このあだち充さんの甲子園の世界観は主人公は速球の本格派で、最後は一人で投げきる姿がエーズの美学。キャッチャーは古田級の超高校級の頭脳と信頼の野球センス。ライバルは大谷級の投打の逸材。ライバルの古豪・強豪校 対 主人公のノーマークの新設校という図式です。
本来なら主人公チームがやらなきゃいけない「全員野球」を花咲徳栄のように甲子園の常連校がこぞって採用したら?大阪桐蔭や仙台育英、東海大相模なども全員が2塁打という練習をしてきます。花咲徳栄のライバル校の浦和学院もカインズホームへハンマーを買いに行きました。
現状での明青学園の戦力はエースの投馬とキャッチャーの走一郎の立花兄弟、従来はキャッチャーに使っていたデブ枠は走一郎が正捕手なのでファーストに回った一学年先輩の今川。謎多き巨漢の越境生の大山、慣れない裏社会ネタで面倒くさい展開だったが無事入部できた守備万能の錦、あだち充さんの定番の技巧派ピッチャーで外野手の新一年生の夏野。
あだち充さんはキャラ立ちするレギュラーキャラと、その他大勢の脇役の差を明確に描き分ける演出が得意です。読者が覚えるキャラが少なくて済むのでそれもアリなんですが、従来のあだち充野球では全員2塁打という作戦はできません。そうすると主役と脇役の能力差が描けないからです。あだち充さんのマンガは高校野球の地区大会マンガであって甲子園マンガじゃないから、甲子園の新しいトレンドは関係ないのかもしれません。少なくとも今の明青では花咲徳栄には勝てません。30年前に「タッチ」を描いていた頃の野球の美学が現代の野球とマッチしないのも当然なんでしょう。 


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