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2019-02

エリツィンのこと - 2019.02.11 Mon

稲垣吾郎さんMCの「ゴロウデラックス」の終了についてです。

 先日、アニー賞 長編インディペンデントアニメ部門作品賞に、細田守監督作品の「未来のミライ」が授賞いたしました。アニー賞はアメリカでアカデミー賞にアニメ部門ができる前からある「アニメ版アカデミー賞」という位置づけの賞です。アニメ制作関係者の投票で決まるので現在はアカデミー賞の前哨戦っていう感じになってます。
“インディペンデント”って何?って感じですが、アメリカでは自主制作映画を指す言葉らしいです。
ざっくり「上映時間が70分以上、制作費が20億以下」の作品が該当するようです。ちなみに今年の大賞である長編作品賞は「スパイダーマン」でした。「千と千尋・・・」は2003年にアニー賞の長編作品賞を取っていますが、アカデミー賞 長編アニメ映画賞も取っています。

「未来のミライ」は公開時にこの日記でも取り上げました。自分は劇場でもDVDでも観ていないのですが、観た人の感想だけで「この作品がいかに酷評に値する作品か?」というコトを検証する記事だったと思います。「つまらないと思うのならば観なきゃいいじゃん」という意見も正論です。自分もテレビで無料放送するまで観るつもりはありません。マンガや小説はプライベートに作ることができるメディアなので、つまんないマンガを描くマンガ家に面白い作品を描く責任なんかありません。一度買って読んで、つまんなかったとしても自分の目利きの問題だからです。
しかし劇場公開アニメレベルになると個人的な作品というわけにはいかなくなります。一年で上映公開できる作品数は多くて5~6作品です。長編アニメは多大な予算とマンパワー、興行する劇場などを揃える必要があります。日本のアニメの興行実態は全ての作品がインディペンデントと言えます。長編アニメを作れる貴重なチャンスを手に入れてるアニメ監督には、そのチャンスを活かす責任があります。
細田守さんは実績でアニメ映画を作る権利を得たんですが、年々作品の制作意図が幼稚になってる印象です。だったら違う才能にチャンスを譲って欲しいですね。


 先週あたりでネットニュースに飛び込んできたのが、TBSテレビ系列の「ゴロウデラックス」が今年の春の番組改編で終了するとのこと。これは元 SMAP のメンバーで最後の地上波レギュラーだった稲垣吾郎さんの看板番組が終わるということを意味しているそうです。ジャニーズに対するテレビ局の忖度とも言われ、なんかやーな感じがする話ですよねぇ・・・
このニュースはアンチ・ジャニーズな方々はもちろんですが、純粋に「ゴロウデラックス」を楽しみに観ていた深夜番組ファンをも失望させました。むしろアイドル事務所のお家騒動には興味のないタイプの人こそが「ゴロウデラックス」の優良視聴者だったからでしょう。元 SMAP のレギュラー番組がなくなるって騒いでる人のほとんどが「ゴロウデラックス」を観ていたとは思えません。この番組のファンのホンネは「くだらない理由(芸能プロダクションへの忖度)なんかで、良質な番組を終わらせるな」ということでしょう。それくらい良質な番組です。
「ゴロウデラックス」対談形式の30分番組で、作家、学者、芸能人、スポーツ選手、ジャンルを問わずに、本を書いた作者を呼んで朗読を交えて作者の人となりや作品の紹介をする内容です。新刊の作者に直接インタビューする企画で、読書家にとっては夢のような番組です。自分が観ていてインパクトがあったのは、やっぱり角野栄子さんの容姿の魔女っぽさですね。
この番組で稲垣吾郎さんを SMAP という肩書きで観ていた人は少ないんじゃないでしょうか?たとえ彼がSMAPでなくても彼のパーソナリティーで十分に成立していただろうし、逆にSMAPの他のメンバーがMCだったとしたらこんなに評価される番組にはならなかったでしょう。かりに中居クンがMCだったとしたら、バラエティー番組としての面白さはもっと出たかもしれません。しかし「ナカイデラックス」だったとしたら「せっかくの優良番組を終わらすな」っていう抗議も少ないでしょう・・・

 自分が「ゴロウデラックス」を知ったのはスタートからのアシスタントだった小島慶子さんが降板し、後任に外山恵理さんが決まったからです。当時の小島慶子さんは色々と事情がある人で、この時も何らかしらの事情で降板したんだと思います。そしたら外山さんがアシスタントに決まったというウワサを聞き、「外山さんをテレビで観られるなんていうレアなことはめったに無い」と思って初めて「ゴロウデラックス」を観ました。稲垣吾郎さんは SMAP 時代もどちらかといえばジミ目なキャラでしたが、外山さんはTBSの局アナの中でも隠れキャラです。女子アナに詳しい女子アナ好きを公言してる人ほど「トヤマエリって誰?」って感じでしょう。
今回の「ゴロウデラックス」の打ち切りは稲垣吾郎さんの地上波番組消滅という問題とともに、外山さんの映像媒体からの全撤退という問題でもあります。稲垣吾郎さんは何だかんだいっても数年中にテレ東でどっかの観光地をウロウロする番組とかに出てそうですよね。でも外山さんにとっては最後のテレビになっちゃった可能性が大きいです。TBSはテレビとラジオの両方を持っている放送局なのですが、やっぱり売れっ子の女子アナはテレビで露出してナンボでしょう。外山さんが初めて「ゴロウデラックス」に出演した回で、稲垣吾郎さんから「本当に局アナですか?」とか「観たことないんですけど・・・」とイジられてました。
そんなテレビでは干されっぱなしの外山さんですが、TBSラジオでは永六輔さんを看取った?女子アナとして名を上げてました。晩年のパーキンソン病でろれつのあやしくなった永さんの、通訳兼介護士として活躍しました。往年の永さんのファンは、多分「土曜ワイドラジオTOKYO」の最後のアシスタントになるだろうアナウンサーが“こんな子でで大丈夫か?”と不安だったそうです。しかし結果として外山さんでよかったと誰もが思える人選でした。外山さんの前任が堀井美香さんだったのもどうだったのか?って感じですけどね。堀井さんは「ナレーションは別の顔」でお馴染みの美熟女アナです。ピンとこない人が多いのは彼女もTBSの隠れキャラだからです。

 外山さんで印象的なエピソードはニッポン放送の「ビバリー昼ズ」で高田文夫先生が観劇だかで永六輔さんとばったり会った話をしていました。「すっかりおじいちゃんになっちゃって・・・」とか軽口で笑いをとっていましたが「アノTBSのアナウンサーの子、外山さんはいいよね。あの子エラいよ」って褒めてました。観劇に付き添っていた外山さんを素で褒めていた高田先生の言葉で、あまり表に出なかった永さんと外山さんの関係性をあらわしていました。自分の外山さんへの評価のベースはこのエピソードです。
晩年の永さんのアシスタントには、誰が考えても遠藤泰子さんが適任だと思っていたハズです。でも泰子さんでは永さんに年齢も立場も近過ぎちゃうんでしょう。永年の戦友のようでもあり、夫婦のようでもある関係では、衰えに向き合うのがキツいこともあります。気位が高い人だったら尚更弱みを見せることができなかったりします。その点、外山さんは絶妙に孫くらいの距離感で、当事者意識で背負うモノもないキャラでした。高田先生や泰子さんは永六輔世代なので背負っちゃうんですよね。
この外山さんのキャラが誰かに似てるって思ったら、外山さんのやっていたことって吉田秋生さんの「海街diary」に出てくるシャチ姉の部下のアライさんだったんです。アライさんも作中では隠れキャラ{顔が出ない)でした。
外山さんを生かせるのは相手役のメインMCがアシスタントとしての外山さんを面白がれるかどうかにかかってます。ラジオでは永さん、ピエール瀧さん、浅草キッドのたまさんなどが外山さんの魅力を引き出してくれました。そもそも外山さんは「頭を下げてまで仲良くしてもらおうとは思ってない」っていうクラスに一人はいるオオカミのような面倒なタイプなので、外山さんから自身の魅力をアピールすことは皆無です。だから不特定多数を相手にしているテレビ媒体や女子アナというジャンルが好きな女子アナファンにはまったくウケません。そんな中でテレビ側の人間で外山さんを理解してくれた唯一の人が稲垣吾郎さんだったんです。外山さんの可愛さっていうのはテレビでは映りにくい可愛さなんです。
「ゴロウデラックス」終了後もTBSで稲垣吾郎さんが番組を持つのなら外山さんをまたテレビに引き上げてくれるかもしれません。しかし、番組打ち切りの理由が「元 SMAP 降ろし」だったら共演は永遠に無理です。外山さんは局アナだし独立とか考えてるハズもないですから。
恋愛マンガファンからすれば稲垣吾郎さんが、外山さんをお嫁にもらってくれればめでたいんですけどね。雑で横着な性格の外山さんと几帳面で思慮深い感じの稲垣吾郎さんは、番組中でもお似合いのカップルって言えなくも無いことも無くは無いです【 四重否定 】

 春までまだ放送はありますから外山さんを観るのはまだ間に合います。自分はゲストの作家さんの名前や扱う本のタイトルで観たり観なかったりしていました。まさかこの番組を終了させるって言い出すとは思ってもみなかったから。この番組はネット社会の現代で『昔ながらに本屋をぶらついて知らない本を捜す楽しさ』が味わえる番組です。面白いかどーかも日によって違うんですけど・・・


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絵本の King of Kings - 2019.02.02 Sat

ヨシタケシンスケさんの「おしっこちょっぴりもれたろう」です。

 まず、アングレーム国際漫画フェスティバル2019で、高橋留美子さんがグランプリを受賞いたしました。去年のコミコンインターナショナル(アメリカ)のコミックの殿堂入りにも高橋留美子さんは選ばれていました。アングレームについては言いたいことは過去に書いてきたので、今さらどーこー書くつもりはありません。ただ、高橋留美子さんが授賞したということは『芸術的な作品ではないマンがにも評価が与えられた』という意味で画期的だったと思います。
マンがに芸術性を求めることはマンがの本質から外れることですし、芸術の表現媒体にマンがを使うのも意味があることなのかな?って思っていました。世界では「コミック」という単語に芸術という意味も含まれているのだとしても、高橋留美子さんの作品は商業マンがであって芸術作品ではありません。
そもそも高橋留美子さんはマンがの世界に何一つとして新しい技術や概念、表現方法などを開発していません。80年代前後のスタンダードなマンがの手法をそのまま現代まで描き続けてきた人です。むしろマンガのタイプとしたら古くさい部類に入ります。
しかし受賞理由は『出る杭は打たれる日本社会でアウトサイダーや変わったキャラクターを前面に押し出し、彼らにもチャンスがあることを伝えてきた。コメディーに見えて極めて進歩的』ということらしいです。(伝聞ですが・・・)フランス人の出る杭は打たれる日本・・・というステレオタイプなイメージもどうかと思いますが、芸術に逃げていないホンモノのマンガ家が芸術の国で芸術抜きで授賞できたことには意味があったんでしょうね。


 本題のヨシタケシンスケさんですが、第11回 MOE絵本屋さん大賞に「おしっこちょっぴりもれたろう」という作品が第1位になりました。ヨシタケ・・・誰それ?って方が大半でしょうが子育てママには絶大な有名人らしいです。絵本作家というと繊細(神経質)な人や仙人(じーさま)のような人っていう先入観がありますよね。しかしヨシタケさんはどちらかといえばアスリート体型な大男で、サイン会では子どもの想像のはるか上をいく風貌に泣き出す子どもが多数というキャラの持ち主です。
早くから児童文学を志していたというタイプでもなく、就職してイラストレーターになって、人に奨められて絵本を書き始めたっていう経歴です。ヨシタケさんについての詳細を書いていますが、本当はヨシタケさんのことも作品のこともまったく知りませんでした。たまたま関東ローカルTBSラジオの「伊集院光とラジオと」という番組のゲストでヨシタケシンスケさんがゲスト出演していました。それは営業車の中で聴き流していたんですが、たまたまテレビでMOE絵本屋さん大賞の話題を取り上げていて、書店の方々が「おしっこちょっぴりもれたろう」を推薦していました。「この作家のこと知ってる」と思ったら伊集院さんの番組に出てた人でした。

   JPEGヨシタケシンスケ   


 ラジオで聴いたときに印象的だったのは「元々ホンモノそっくりな絵がかけない。リンゴを見ないで描く。見ないで描けば間違っていても怒られない」という話っでした。題材を見て描くと「何で見た通りに描けない」と叱咤されたことが苦い経験だったそうです。それを聴いて「この人好きだわ」って思いました。
あと「子どものころの自分が読んでいて嫌いだった絵本は書かない」とのこと。伊集院さん曰く「この作者、オレに歯磨きさせようとしてやがんな・・・」っていう感じの教訓的な絵本は子どもにとってはまったく楽しくないんですよね。ベースに「子どもは飽きっぽい」という見識があるから、後半に文字数が増えてくるような絵本はダメ絵本なんでしょう。
「子どもが好きで好きで、子どものための絵本を描きたい」という気持ちは間違っていないけど、実際の子どもの生態を実感していない人が絵本の作ろうとすると、やたら文学的とか写実的とか抽象的とか哲学的とかになりがちなんでしょう。そんなことは子どもの飽きっぽいおつむでは、受け入れられないようです。文学部崩れの女子大生とか児童心理学をかじった教育熱心派の人たちには「そんなこと無い」って声が聞こえます。
しかしヨシタケさんの絵本には文学も精密な描写も出てきません。絵柄から抽象的と捉えそうですが「りんごかもしれない」は具体的にりんごとりんごじゃないものを描き連ねた作品です。おしっこも具体的だし。哲学的は作者当人が「哲学的な意味ですね」って言われると深読みして評価されてラッキーって思ってるようです。当人はそんなモノは絵本に込めていないとラジオで明言してました。

 そんなヨシタケさんの絵本が変わり種なのか?それともそれまでの絵本が根本的に間違っていたのか?そんな答えはどこにもありません。しかし自分は絵本全般が大っ嫌いな幼児でした。幼稚園に置いてあった絵本を、まったく読みませんでした。絵本を読む時間も読んでるフリをしていた記憶が残ってるくらいです。
親も自分に読み聞かせなんてしていなかったと証言してました。どーせ読まないからあんまり買ってもらえませんでした。絵本を読まないと言葉が遅れるとか心配がありそうですが、自分はむしろ言葉や識字が早かったようでした。絵本が嫌いだったのは段ボールのようんばゴツい紙に原色で塗られた桃太郎みたいな絵本のセンスのなさ、薄墨や透明水彩で描かれた“おじいちゃんのような絵”の絵本の陰気さ。展開を追うだけで結論のゆるいストーリーもわざわざ読む意欲が湧き上がりません。
伊集院さんがラジオで言っていた「ボクは図鑑のような絵本が好きでした」というのに同感です。物語を読むことよりも自分で物語を作っちゃうタイプだったので、既存の物語がまどろっこしかったんでしょうね。図鑑や事柄の羅列は想像する物語の資料になるのです。怪獣のストーリーのお話を読むよりも、怪獣の設定(身長、体重や武器、必殺技など)を羅列してくればストーリーや戦いは自分で考えます。むしろ自分でお話を考えることのほうが重要で、本のお話を正確に読解することを幼児に求めるほうが無意味なんでしょう。お受験ではそーも言ってられないんでしょうけど・・・

 自分はまったく字を読まない子どもだったというわけでもなく、小学館の「幼稚園}は毎号買ってもらってました。ここで「ドラえもん」に出会い、コマに書いてた読み順の番号でマンガの読み方を学びました。しかしすぐに「ドラえもん」がつまんなくなり「幼稚園」にも興味が失せて、卒園したら「一年生」を読むんだろうと思ってた親は肩すかしだったようです。当然ながら児童文学にもまったく興味がわかず「本をまったく読まない子」というレッテルがぺったり貼られてました。見かねた?父親が仕事帰りに買ってきたのは赤塚不二夫さんの「天才バカボン」でした。コレが不定期購入でしかも本屋に売ってるのを行き当たりばったりに買ってくるので、13巻の次が25巻でその次が3巻っていう感じでした。1巻目はかなりあとに読んだ記憶です。その頃の「天才バカボン」はアニメ化される前のちょうど少年マガジンが世間を騒がせてる大学生の読み物だった時代のマンガでした。
自分にとってのヨシタケさんは「天才バカボン」だったんでしょう。今、ヨシタケさんの絵本を見ると「ああっコレは現代の天才バカボンなんだなぁ」って・・・ そんなわけねーだろっていうママさんファンの声が聞こえますね。

 そんなヨシタケさんがどれくらい絵本業界で席捲しているのかといえば、MOE絵本屋さん大賞で現在4連覇中とのことです。この賞は絵本を売っている書店員さんによる年間ランキングです。自分は2018年度(去年の12月発表)の大賞がヨシタケさんというニュースを聴いただけでしたが、実際はそれどころじゃないじぇっせきの方でした。

  ヨシタケシンスケさんのMOE絵本屋さん大賞受賞歴

第6回 1位 「りんごかもしれない」 ヨシタケさんのデビュー作

第7回 9位 「ぼくのニセモノをつくるには」 ヨシタケさんの発想絵本第2弾

第8回 1位 「りゆうがあります」 理由があればはなをほじってもいいのか?

第9回 1位 「もう ぬげない」 伊集院さん絶賛の「服がぬげなくなった子どもは諦める」
       
     2位 「このあと どうしちゃおう」 死をテーマにした発想絵本シリーズ第3弾

第10回 1位 「なつみはなんいでもなれる」 女の子主人公で一番可愛い表紙?

     3位 「つまんないつまんない」 つまんないことがいっぱいの話らしい

第11回 1位 「おしっこちょっぴりもれたろう」 MOE絵本屋さん大賞 4連覇作品
     
     2位 「みえるとか みえないとか」 自身2度目のワンツーフィニッシュ

結論から言えばヨシタケ時代が来ているようです。デビュー作から常にランキング上位をキープしています。この賞は子どもに訊いてるのではないから、読者の意見はあんまり反映されていません。パパママ賞という部門も併設されているから、そっちのほうが読者(子ども)の声が反映されてるのかもしれません。
テレビでMOE絵本屋さん大賞のニュースを観たときに、ヨシタケさんの本を押していた店員さんが自分がファンみたいな勢いで取材に答えてました。児童文学を大人のこのみで選んじゃ駄目だろとも思いますが、彼女にとっては現代の「天才バカボン」に匹敵するんでしょう。全然違うけど・・・
ヨシタケさんの本を推薦してる人のブログを見てたら「小さい頃から実践できる哲学」と表現していました。それこそヨシタケさんにとってはシメシメって感じなんでしょう。
「おしっこちょっぴりもれたろう」のタイトルを「おしっこちょっぴり漏れたろう」と人文字だけ変えると高血圧や肥満の本と同じ棚に並んでる本みたいです。お父さんたちにとってはとてもリアルな感じになりますね・・・


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西野カナの取説 - 2019.01.25 Fri

西野カナさんの活動休止についてのアレやコレや・・・

 年末の紅白にも元気いっぱいに出演されていた西野カナさんが、年明け早々に無期限の活動停止を発表しました。自分は紅白より格闘技のほうを観ていたので、西野カナさんが元気に歌っていたかどうかは未確認ですが、もしかしたら自身最後の紅白に感極まるシーンがあったのかも知れませんね。突然の活動休止発表にいろんな憶測が飛びかっているいるようですが、自分は一二を争う芸能オンチなので、活動休止に至った事情や真相はわかりません。長年のファンのコメントはまだしも芸能記者や裏取りのアヤシい事情通のコメントなど、憶測に過ぎないのでスルーしたほうがいいみたいです。
それでも紅白9年連続出場は平成生まれの女性ソロ歌手では史上初の偉業だそうです。ビックネームな歌手やヒットソングを出してる歌手は沢山いますが、活動10年ずーっと第一線で売れている歌手は希有な存在です。
自分は積極的に西野カナさんの曲を聴こうと思ったことはありません。とくに西野カナさんが嫌いとか音楽性がどーとかいう理由はないんですが、強いていうのなら西野カナさんは自分向けに曲を歌ってるわけじゃないからでしょう。自分は西野カナさんが設定している対象年齢に入っていません。
西野カナさんの楽曲は女子中高から女子大生、OL3年目くらいまでが対象年齢です。当然ながら全ての曲は女の子向けなので「この歌詞はオトコには納得いかん」とか「あんな夢見がちな歌、聴けるかよ~」という意見はガン無視です。「西野カナの歌詞に共感できるオレってフェミニン」っていう男子もいそうですが、そーいうタイプのオトコは彼女の作品の中の男の子像ともかけ離れています。西野カナさんはそもそも万人に受け入れられるつもりはなかったんでしょう。紅白曲の「トリセツ」の歌詞を男性サイドが考察してますが、女性からすれば「うるせーよ、バ~カ」ってモンですね・・・

 そんな自分でも西野カナさんがだいたいどんな曲を創ってるのかはイメージできます。『会いたいのに会えなくて、ケータイの充電がなくなっちゃう・・・』ような歌ですね。 あくまでもイメージなのでCDを聴き込んでいる人には反論多数でしょう。調べてみたら最近の西野カナさんは『会えない』とか『ケータイ』とかは歌わなくなってるそうです。自分はデビュー当初の「会えないことにこだわり続ける」西野カナさんの歌詞を評価していました。J-POPの歌詞がドレもコレも「永遠に君を守る」とか「君とで会うことが運命だった」というフワっとした曲ばっかりという印象でした。あと「花を咲かそう」や「一つだけの花」といった園芸ソングなどなど・・・
西野カナさんの「会えない・・・」という叫びはJ-POPにありがちな薄い決意表明ソングに比べて具体的なストーリーがあると思いました。西野カナさんの恋愛観というのは精神世界の中のフィクションな繋がりや、何の担保もない上っ滑りな約束とか誓いの言葉ではありません。
西野カナさんのパブリック・イメージ(風評)は恋多き女とか恋愛ハンターです。西野カナさんはどちらかといえばアイドル-POPになるようですが、どこぞのアイドル団体のような恋愛禁止とかいう売り出し方はしてないようです。所属事務所は思うところもあったでしょうが、それぞれ浮世を流しながらも人気に影響がなかった珍しい女性シンガーです。
スキャンダルが売り上げに影響しなかった理由は、西野カナさんがターゲットがアイドルオタク等の幻想世界の住人な男子ではないからです。逆に恋愛の教祖さまが清廉潔白でどーする?ってことでしょう。例えば雑なハナシですが恋愛教祖の元締め的な存在のユーミンが処女だったとしたら、彼女の書く恋愛ソングに説得力があったでしょうか?処女性を打ち出すよりも「カナの経験では、こーいうオトコは・・・」っていうリアルさを西野カナファンの女子は求めてるんでしょう。西野カナさんの恋愛報道をすべて「仕事のスタッフと一緒に食事をしただけ」と信じてる男子がいるのなら、ソレもアイドルファンの王道でしょう。しかし、西野カナさんはそーいう人に向けて歌を作っていません。


 無期限の活動休止に話を戻しますと、いろんな憶測は大きく分けて三つになるようです。

その1 歌唱力の低下?

その2 結婚秒読み?

その3 10代の女子からの共感に限界?

 すべて憶測なんですが、ネットで拾った意見はだいたいこんな感じでした。その1の歌唱力の低下というのはデビューから聴き続けてきたファンにはシビアに判っちゃうモンなんでしょう。共感ソングの大御所であるドリカムの美和さんですら、「最近、歌唱力が落ちてないかい?」って囁かれちゃうようです。ドコがどう落ちてるんか?って思いますし、フルパワーで絶叫してる時の声のトルクのスゴさは同世代のロックシンガーでも美和さんに勝てる人は限られています。
しかし、多くの歌手が10年~20年のキャリアの中で声質や音程が変わっちゃうことに苦しんでるようです。一番悲しいのは最大のヒット曲がデビュー頃に作った楽曲で、みんなが聴きたいのがその曲なのに今では当時の譜面では歌えない歌手のかたです。ユーミンのスゴいところは当時から自分では歌えないような譜面を書いていたことでしょう。自分が歌うには大変すぎる曲が多かった印象です。だからユーミンの曲はライブよりも音源で聴くほうがしっくりしますね。
その2の結婚秒読みというのはちょっと盛った言い方ですね。西野カナさん自身にやりたいコトがたくさんあるようなんですので、一概に「すわっ、結婚か?」っていうのもネットや芸能誌敵な思考ですよね。コメントでも恋愛とは言わず「旅行や、やりたいコト」ってあります。しかし、海外旅行だったら有給とればいいのに、退職してまで行くとなるとおやっ?ってなります。
例えば西野カナさんの客層が“俺の嫁”的なアイドル・オタクだったら、活動を自粛してほとぼりを冷ましファンの目が次の子に向いたな結婚してベテラン本格派歌手という謎の称号で再起すればいいんでしょう。結婚~出産からの引退という可能性も言われていますが、これだけ売れる曲が作れる能力をそう簡単に捨てるとも思いにくいです。
その3の10代の女子から共感される歌詞を書くことが辛くなった説ですが、自分はコレじゃないかな?って思っています。去年の暮れにテレ朝系の『感ジャム完全燃SHOW』という番組で西野カナさんの楽曲の秘密を解明していました。自分が観るテレビ番組はかなり限られているんですが、「関ジャム」は音楽(主にPOPS)をミュージシャンや音楽ジャーナリストを迎えて、関ジャニのメンバーへテクニカルな解説をする番組です。音楽を志している人もそうですが、音楽に縁がない人にこそ音楽の面白さが伝わる番組です。俳句の「プレバト!!」と音楽の「関ジャム完全燃SHOW」は専門外の人が楽しめる専門的な番組です。
この番組で西野カナさんは作詞の仕方の手の内を相当ぶっちゃけちゃっていました。あまりのぶっちゃけぶりにファンの間でも「作詞はビジネスライク」とか「マーケティング作詞法」など騒然となったようです。今思えば、この番組を収録してるときには休業を決断していたんじゃないのかな?


その賛否両論だった西野カナ式作詞法とは・・・?

企画書 (曲のコンセプト・設定など)
 ↓
一旦 詞を書き出す
 ↓
アンケートや友人取材(共感性を意識して歌詞を添削)

この作詞法はアーティストの心の中に湧き上がったインスピレーションを歌詞に昇華させるというイメージとは対照的なモノでした。西野カナさんの内なる想いなんかほとんど無く、企画で作った曲のアウトラインに、アンケートでリサーチしたディテールを調整するというモノでした。紅白で歌った「トリセツ」では歌詞に出てくる女の子を扱うトリセツの部分は、西野カナさんの友人、職場仲間からアンケート用紙で回答を集めたシチュエーションを使っています。原理は多数の恋愛感情を集めてその多数意見をい歌詞にするから共感率がおのずと高くなるということです。例えば自分が大好きな老舗の和菓子屋の社長に「ウチの商品は工場で一貫生産しれますから」って言われた感じでしょう。そのシステマチックな方法に「売れればいいのか?」っていう見出しがつくのも理解できます。
自分はこの作詞法を観たときに西野カナさんが売れる理由に合点がいきました。西野カナさんの作詞法って、基本的な考え方がマンガの描き方と同じだったんです。「トリセツ」の歌詞のアイデアは全てが西野カナさんの知人たちが考える「女の子を扱うためのトリセツ」でした。他の楽曲でも多かれ少なかれリサーチしたアイデアを使って歌詞を書いてるとのことでした。
そりゃファンがこの番組を観たら「自分で考えた歌詞じゃないんか!」とか「それってアリなの?」って感想もごもっともです。番組中でも「みんなは西野カナさんじゃなくて、その友達の人に共感してたんですね・・・」ってツッコミされてました。

      西野カナ トリセツ JPEG

シンガーソングライターと定義は人によってもそれぞれですが、「自分の言葉」とか「自分のメッセージ」とかは70年代くらいまでは重視されてきました。それは過去に歌謡曲を牛耳っていた作詞家先生に対するアンチテーゼでもありました。そーいうアマチュアイズムは小室哲哉さんや小林武史さんらが払拭しました。彼らはヒット曲を出すノウハウを完全に確立していましたから。
音楽プロデューサーは楽譜も話になっちゃいますが、売れる売れないに作詞のウエイトが高いのは確かです。ミュージシャンが自由に言葉を選んじゃうと往々にして「何言いたいのか、さっぱりワカラン」という感じになります。とくに永遠の真実を探してるような歌詞は「この人は本当に永遠を信じてるの?」って心配になったりします。
それでも西野カナ式作詞法はグレーゾーンっていう感じで納得いかないですよね。自分が納得できたのは『集めたネタは人任せですがそれを取捨選択しているのは間違いなく西野カナさん自身』だからです。極端に言えばその取捨選択の作業こそがソングライターの仕事とも言えます。言えなくもないかな・・・?
特筆されるべきなのは西野カナさんは10年間このやり方で売れ続けたことです。J-POPでヒット曲がある人は多いですが、そのヒット曲だけが代表曲という歌手も多いですよね。ヒット曲を出すのも難しいですが、大変なのはそのヒット曲歌手を継続させることでしょう。マンガ家でも何となくベストセラー作家になった巨人の人も、大変なのは2作目をどーするかです。ファンはその歌手の楽曲を好きになってくれてますが、そーいうレベルをヒットとは言いません。ファンが好きな曲を創ることとヒット曲を出すことは別モンです。ヒット曲は固定のファン数以上に売れなきゃなりません。

 西野カナさんの休業宣言の動機のその3『10代の女子からの共感に限界』ですが、この理由は少女マンガ家のイメージと合致します。少女マンガ家は少女向けにテーマやストーリーを作りますが、連載中に読者も成長して少女ではなくなっちゃいます。読者の成長に合わせて作品の内容をオトナ向けにシフトしていくか、固定ファンを切って新たな少女向けを新連載するかの選択になります。描き手のマンガ家も10年も続ければ大人になるので、少女っぽいストーリーに自分らしさとかメッセージが込めにくくなってしまいます。女性誌にはオトナ向け作品でデビューする人も多くいるので激戦区でもあります。少女マンガで成功した人ほど画風が女性誌向きではなかったりするので、「りぼん」の大御所作家の吉住 渉さんや水沢めぐみさんのように、少女マンガのタッチのまま女性誌で描いているヘンテコな感じになってたりします。
「関ジャム」の番組内で西野カナ式作詞法を自身で解説したのは、彼女がもう10代向けの恋愛ソングを作る気がなくなったからだと思われます。最大の企業秘密をぶっちゃけちゃったんだから「もう何で私のことを知ってるの?」っていうくらいの共感ソングを作るのは難しいでしょう。聴く側に手の内がバレたんだから・・・
今、聴いてくれてる女の子がオトナになるまで活動を休止して、全員が「りぼん」を卒業したころに年齢相応の曲を書いて復活する計算でしょう。これだけのソングライターの資質があるんだから廃業するとは考えにくいです。もしくは竹内まりやさんのような楽曲提供者に徹する可能性もあるでしょう。その場合は西野カナソングを歌うに相応しい女の子が歌うのだから、ビジネス作詞法のか陰口をたたかれることもありません。だって作詞家になればそれは商売(ビジネス)なんだからね。


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新春 ブログ始め - 2019.01.07 Mon

      ❤ あけましておめでとうござおます ❤


     正月迎春 JPEG 



 このブログも8年目を向かえることができました。「らいかの日記」の前身のマンガブログから数えたら、ゆうに10年を越えていると思います。記憶も定かではないくらいに昔のハナシですね・・・
7年経って思うのですが、ブログというジャンルが世間に期待されている時代ではなくなった気がします。ブログに脚光が浴びなくなったのはブログがパソコンベースのメディアなのが原因かも知れません。そもそもスマホやガラケーの祖先は携帯電話という四文字熟語でした。ブログはホームページの簡易版というイメージで普及しましたが、より簡易なTwitterやLINEに取って変わられました。
ブログはネット上のコミュニケーションの主流でしたが、ブログの本質は管理人(書き手)から訪問者(読者)への一方通行のメディアです。SNSのような双方向を前提にしていないので、レスポンスと影響力ではブログは太刀打ちできません。記事を書いてウェブ上にそのログ(記録)を保存するのがブログなので、前提条件として記事を書かなきゃいけません。
ブログが日本で異常に普及したのは日本人が総じて筆まめだからだと勘ぐっています。「欧米人は文章表現が貧しいので長い文章を書くことが苦手なんじゃないか?」って推理です。もう忘れられてるかも知れませんが、Twitterの最大の特徴は140文字以内までしか書けないことです。これはブログのようなダラダラとした文章ではなく一言コメント(ツイート)だけでコミュニケーションを取ることをアメリカ人が最初に決めたからです。アメリカ人にとっての一言も日本語では論文が書けるほどの文字数です。あえて日本語版のTwitterを考えるとすれば英語の140文字は日本語の17文字(俳句)相当でしょう。

「らいかの日記」はコミュ力を追求したSNSとは真逆な方向に向かっていますが、構って欲しくないワケじゃありません。しかし、自分が「読んでくれ~っ」て騒いだところで、そうそう閲覧数が増えることでもありませんよね。ブログを始めてすぐに気づいたのは『多くの人に読んでもらうことと閲覧数が増やすことは同じじゃない』ということです。極端なハナシですが読んでもらわないタイプのブログのほうが、閲覧数は増えるのがネットの大きな流れのように思えます。ソレを突きつめたのが「インスタ映え」でしょう。
逆に自分に取っての「多くの人」っていうのは何人くらいのことなのか? 現在、訪問して頂いてくれている方々が多くの人の総数です。ネットサーフィンでたま~にこのサイトへ漂着した人を歓迎する日々です。そんな細々ながらも変わらず続けることが毎年の目標ですね・・・

 年末年始は思った以上にダラダラと過ごせました。中でも紅白歌合戦でのサザンオールスターズは圧巻なライブでした。今回は最近の紅白離れを払拭するような充実っぷりだったようです。自分は他局の「メイウェザーVS那須川天心」のしょっぱい結末を見届けて、「そうそう紅白まだやってるいかな?」ってNHKを観たときがちょうど嵐が大トリをとってるところでした。紅白のセットリストなんか関心が無かったので、この後サザンが出るとは思っていませんでした。ちょっと嵐の演出があっさりしすぎていて噛ませ犬っもい扱いに思えるほどサザンが全部持っていっちゃった印象でした。
明けて一日の夜に「クローズアップ!サザン」という夏に放送したサザンの40周年スタジオライブの再放送も観ちゃいました。この番組は去年の夏に初回放送も観てました。台風が立て続けに日本を直撃していたときだったので、ひまわりの映像と避難情報がワイプで抜かれてるNHKでよくある映像処理でした。気合い入った企画番組だったようなので、もったいないタイミングだったと思いました。
しかし、その放送の完全版?を正月に持ってくるのは上手い演出でした。NHKは紅白はサザンで盛り上がるのを見越して再放送を紅白翌日の同じ時間帯にしたんでしょう。「クローズアップ!サザン」はタイトルの通りクローズアップ現代」のスタッフが作った番組です。「SONGS」チームよりも音楽番組をわかってるなぁって思ってました。
紅白のサザンもクローズアップのサザンも自分が好きだったサザンでした。そういえば昔は」サザンが好きだったんだと思い出せました。だって「希望の轍」や「ミスブランニューデイ」はいっしょに歌っちゃうモン・・・


「ほぉ」って思ったら押してね

おとそ気分でマンガを - 2018.12.29 Sat

お正月に読む用に買ったマンガのリストです。

 年末も大詰めで今年のやり残した案件もすでに手遅れ状態ならいかです。今さらあがいても時間切れなので、何もかもやり残したまま新年を迎える覚悟をしました。トピックスとしてはテレビパソコンで使っていたVAIO L(2013年モデル)がとうとうお亡くなりになりました。OSがWindows7なんですが、Win10をインストールするとテレビ機能が飛んじゃいそうなので、何もしないという延命策を取っていました。しかしWin7が完全終了したタイミングで不具合が多発するようになって、実際に過去3回もリカバリーディスクによる復活の儀式を行いました。会社のパソコン先生に相談したら「ハードディスクがボロボロなんじゃないか?」との指摘もあり延命を諦めました。
「こりゃ買い換えチャンス!」と思い立ってヨドバシへGO。おもにネットやブログ、テレビ担当のパソコンなので画面重視、音響重視で捜したらNECか富士通の2択でした。NECのほうがかっちょいいので即決で買っちゃいました。NECはバザールでゴザールの98以来の購入です。今でもオマケでもらったサルの黄色いどんぶりを使っています。その後はコンパック~VAIO~エプソンと流れました。メインのパソコンがエプソンなのでメーカーを揃えたかったんですが、テレビパソコンなんて本気のパソコンメーカーは取り扱っていません。NECが本気出ないワケじゃありませんけどね・・・
スマホが利便性でパソコンを遙にしのぎ、タブレットというノートパソコンをしのぐ軽便なモノも普及してます。会社でも「テレビパソコン?何じゃそりゃ?」っていう空気でした。しかし「テレビなんかスマホでも観れるから大型テレビなんかいらない」っていうモンでもありません。スマホで動画は観れても、作品を観ようとは思いません。またパソコンでサッカー中継は観れますが、やっぱり居間のテレビで観たいじゃありませんか。内容を知る、結果を知るは情報収集ですが、作品を知るというのは鑑賞です。情報として知ることで満足しちゃもったいないですよ。


 お正月の楽しみは年に一度のすき焼き(アホみたいに高いお肉で超一点豪華)や「相棒」のお正月スペシャル、それと高校サッカーや皇后杯決勝などですね。本来なら天皇杯を観に元日の朝から出かけるのが風物詩だったんですが、次回開催から1月1日に戻るので楽しみが戻ってきます。今年度は浦和レッズが優勝しました。それ以外には大した予定も入れないので録りだめしてる「おぎやはぎの愛車遍歴」や気乗りしないのに録ってもらったピクサー系アニメなどやっつけるつもりです。
そして一番の楽しみはお正月用マンガの一気読みです。マンガは夜中に読むのが正しいスタイルだと思うので、翌日を意識しないでイイ大型連休は絶好のチャンスです。年末の無駄遣い(自分へのクリスマスプレゼント)や浦和レッズの年間シートの振り込みなどで散財しちゃったのですが、マンガへの予算は削るわけにはいきません。例年12月は大物のタイトルの新刊が出る傾向ですが、今年の冬もボリュームのあるラインナップです。お正月に読むマンガとしては申し分ない作品がリリースされました。今年最後の記事なのでお正月用に買ったマンガと、買って詰んだままのマンガを紹介します。
今回のラインアップでは大作の最終回が目立ちました。



 「海街 diary 行ってくる」9巻 吉田秋生

今回のお正月用マンガの中では本命中の本命です。お姉さんたちの色々な問題も片づいてきて、いよいよクライマックスか?って思っていたらやっぱり最終巻でした。表題の「行ってくる」から想像するに、やっぱり「行ってくる」ていうラストなんでしょうね・・・この作品は平成のマンガの中でNO1だと思っています。
吉田秋生さん得意のスピンオフ作品で桐谷 糸さんの刺繍作家マンガを描いて欲しいですね。桐谷さんは“上品なチカちゃん”の人です。

 
 「乙嫁語り」11巻 森薫

たぶん新刊がでるのを一番待ち焦がれている作品のいとつです。10巻が今年のに出ていましたので作画のクオリティーを考えれば十分にペースよく出版されているほうだと思います。
舞台になっているのは風俗も文化も違う19世紀の中央アジアですが、歴史ファンタジー(空想)ではなくて20世紀の手前のリアルなストーリーです。
この作品に関してはどう展開しようと森薫さんの好きなように描かれて結構です。読者はただついて行くだけですね・・・


 「そこをなんとか」15巻 麻生みこと 監修 片瀬小波

麻生みことさんの作風はクール(辛辣)なセリフ廻しと浪花節的な人情モノです。元々はLALA出身なので、白泉社の少女マンガ家っぽさが強い少女マンガ家でした。別レーベルの京都の職人のマンガは人情系を強く出してるんですが、「そこをなんとか」は辛辣&乾いたギャグを強めにした作品って印象でした。連載当初は司法試験を合格しても就職難に見舞われた主人公の雑なパーソナリティを笑わそうとする作品でした。心情よりも司法ゲームによった作風だったのですが、連載が進むに連れて少女マンガ的な読みやすさが増してきました。
15巻は最終巻とのことでオビは『三十路・楽子、結婚か!?』というコテコテな少女マンガ展開も予想されます。赤星と同期結婚か東海林先生がかっさらうのか?って、どっちでもいい円デングが待っているようです。


 「3月のライオン」14巻 羽海野チカ

言わずと知れたNO1将棋マンガです。昨今の将棋ブームんび乗っかって描いたではなくて、描いてるうちに藤井クンやひふみんがブームになった感じです。羽海野チカさんのスゴさはページアタリの情報量(文字数)の多さに対してまったく読みにくくないところです。描き込み過ぎは同人系作家やマンガファンが真似したくなるんですが、多くは「独りよがり=読むのが面倒」という印象になりがちです。でも「3月のライオン」も読む前はコンディションを整えてから「さぁ読もう」ってやらないと読み始められません。やっぱりちょっと面倒なのかな?西川秀明さんの描くスピンオフ作品のほうは5巻で挫折中です。理由は読むのが面倒だから・・・


 「ちひろ」9巻 安田弘之

このマンガは好き嫌いがハッキリする作品です。元風俗嬢で自由奔放な主人公のちひろのダラダラっとした日々を描いています。安田弘之さんの切り絵のようなキャラデザインとシニカルなセリフが好みの分かれるところ。一度、読んだ人は癖になる面白さで読まない人は一生読まないタイプのマンガです。安田弘之さんは「ちひろ」でやっと自身の個性を生かせる作品をリリースできたンだという印象ですね。


 「14歳の恋」9巻 水谷フーカ

水谷フーカさんはマイナーマンガの中の大御所というかマイナー界の大メジャー作家です。「14歳の恋」は表題の通りに中2の優等生カップルのイチャイチャを中心にした青春恋愛マンガです。特徴は「中学生の恋愛の悩みというのは、今思えばどーでもイイ程度の悩みだった」っていうことを思い返させてくれる作品。そう考えるとこのマンガはどーでもイイことに悩んでるだけなんですが、マンガってどーでもイイ内容だから楽しいってことも多いです。もしかしたら中学生の読者は共感しながら読んでいるのかもしれません。でも、中学生の恋愛感情には戻れない人たちも懐かしい日々にいざなってくれるマンガです。
9巻のオビは『中学生の現実と限界に二人は振り回される』とありますので、新展開の予感です。


 「おやすみカラスまた来てね」3巻 いくえみ綾

少女マンガ界の御大、いくえみ綾さんの青年誌レーベルの作品です。最近作の「あなたのことはそれほど」のようなガチなドロドロ愛憎劇が得意なマンガ家ですが、この作品は青年誌の読者に向けてかなり手加減してくれていますのでいくえみ綾入門にはちょうどいいです。
うだつの上がらんバーテンダー見習い?の主人公が一筋縄ではいかなそうな女性たちにふらふらと近づいたり離れたりって内容です。実写化されたら主人公は大泉洋さんが演じそうですが、個人的には別の役者にやって欲しいです。大泉洋さんって好きじゃないんですよね。何となく・・・


 「アリスとアマリリス」2巻 小沢真理

小沢真理さんも可愛い絵柄と厳しい展開を合わせるのが得意な、ベテラン少女マンガ家です。前作の「銀のスプーン」から厳しい展開だけを抽出したような内容です。可愛さよりもサスペンス増量中・・・


 「あの山越えて」33巻 夢路 行

何で読み続けるのか自分でもよくわかんないまま気がつけばもう33巻目になってました。33巻というのは子どもだったまりなが未婚の母になるくらいの月日の流れです。


 「荒ぶる季節の乙女どもよ」6巻 原作 岡田麿里 作画 絵本奈央

別冊少年マガジンに連載中ですががガチの少年マンガとは毛色が違う作品です。最近の少年誌に多い女性マンガ家による少年マンガで、作画担当は前作「それでも僕は君が好き」でも作画担当だった絵本奈央さん。原作はアニメ用でも問題作を飛ばしてる岡田麿里さん。この作品も岡田さんの悪意のあるシナリオがノリノリです。
一応はお色気少年マンガ路線なんでしょうけど、なにぶん悪意が強すぎて少年たちがエッチな気分になるのかが疑問です。この作品には言いたいことが満載なので、いつか記事にしたいです。


 「雄飛」16巻 小山ゆう

名作「がんばれ元気」以来の本格拳闘マンガか?って思っていたら主人公はボクサーを引退しちゃいました。本屋で新刊を手に取ったら完結とのことでしたが、15巻を読んでないことに気づいたので現在保留中です。年明けに15巻も買わなくっちゃ・・・


 「 2DK、Gペン、目覚まし時計」8巻 大沢やよい

一迅社の百合姫コミックスのレーベルの中では一歩抜きん出たマンガ家が大沢やよいさんです。どう抜きん出ているかと言えば、マンガとしてちゃんと成立しているところです。この作品も8巻がグランドフィナーレ!とオビにありますので完結のようです。前巻のラストが意味深な展開だった故に「まぁ、そうだろうな・・・」と思います。
本屋さんで無意識にレジへ持っていったら初回限定版とのことで「あっちょっと待って・・・」と言いたかったが限定版を買っちゃいました。普通のでよかったのに・・・


 「猫のお寺の知恩さん」9巻 オジロマコト

「富士山は思春期」で脱エロマンガ家に成功したオジロマコトさんの次回作でした。路線としては富士山さんのテイストを継承して、あだち充さんの“ムフフ♡マンガ”を緻密な描写で描いたような作品です。日常ベースで起伏のないシナリオは高校生の「よつばと!」っていう感じです。しかし、前作の“主人子の181センチある女子中学生”に対して、“綺麗な住職見習いのお姉さん”ではキャラのインパクトが弱いかな?って思ってました。
こーいう作品は最終巻といってもそんなに感慨があるワケでもないので、どんどん新作を出していって欲しいです。


 「心のイタリアごはん」1巻 野崎ふみこ

この作品はお正月を待たずに読んじゃいました。野崎ふみこさんは新作ごとに追いかけている女性誌マンガ家です。近作は食に絡めた作品がつづいていましたが、この作品は『料理レシピ本大賞コミックス賞』を受賞していました。何じゃそりゃ?ですね・・・
基本はグルメレポートや食べ物ウンチク、料理の勝負などのマンガは避けるようにしていますが、野崎ふみこさんや小沢真理さんは作中にレシピが出てきてもマンガの本筋がちゃんとしているから読めちゃうんですよね。料理のレシピが見たいのなら「オレンジページ」を買ったほうがいいです。
今回の作品は「生パスタ×カウンセリング」というキャッチの作品です。マンガ本のそでの部分に描いてある作者のプロフィールには、いつの間に心屋心理カウンセラーという肩書きがついてました。
野崎ふみこさんはドコに向かってるのか?著者近影で写真が載ってますが、カウンセリングしそうな顔だなぁって思いました。


 「ハイポジ」5巻 きらたかし

過去に「飛べないエンジェル」という記事で取り上げた作品です。作品に対する記事というよりも中村あゆみさんリスペクトな記事だったと思います。5巻で完結というのは思ったよりも幕引きが早いかなって印象です。タイムリープものは連載が長過ぎちゃうとクライマックスで時間軸が戻る時に唐突感が出ちゃうから、あんまり引っ張らないほうがいいんですよね。タイムリープを題材にしてきれいに着地できた作品って少ないので「ハイポジ」の最終回には興味があります。
この作品はクライマックスがどうであれ、中村あゆみさんが聴きたくなったらきらたかしさんの勝ちでしょう。

 これだけのマンガを一度に買うと重くて大変です。したがって毎日帰りに本屋通いして買いました。考えてみるとパソコンを買う以上に散財な気がしますが、マンガは栄養になりますからね。
最後になりますが本年も「らいかの日記」にお越し下さりましてありがとうございました。更新が滞ってたり期待?に答えられない不甲斐ない一年でしたが、「来年こそは・・・」と毎年言っているしだいです。来年はいのしし年なので・・・っていう感じで仕事納めに納会の締めをやらされました。
みなさん、よいお年を・・・


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