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2018-06

走らぬ豚は只の豚 - 2018.06.22 Fri

ル・マン24時間レース LM-GTE Pro クラス ポルシェ911RSR  ピンクピッグのこと。

 サッカー ワールドカップも真っ盛りで世界中が盛り上がっていますが、6月16~17日にル・マン24時間レースが行われました。前年王者のポルシェ919ハイブリットが撤退したために、去年の惨敗の雪辱を果たハズだったトヨタはライバル不在のまま今年の総合優勝を無難に勝ち取りました。去年の今ごろも記事にしたのですが、去年のル・マンはどのチームが一番早く壊れたマシンを修理できるか?という低レベルのレースでした。今年はトップカテゴリーがトヨタのみの参戦という“競争”の体をなしていないので無風のままトヨタのワン・ツーフィニッシュで幕を閉じました。
トヨタとしては1985年からメーカー参戦としても33年目の悲願でした。日本車の総合優勝はマツダに続き27年ぶり2度目です。途中 F1に浮気していて耐久レースに復帰したのが2012年からで、現行タイプで8年目の正直になりました。F1でも優勝なし、コンストラクターズは最高位4位でした。トヨタが一番実績を残してるのは実はラリーです。トヨタは現行タイプでル・マン優勝まで8年かかったのですが、同じようにル・マンへ復帰してきたポルシェは復帰翌年から3連覇して、勝ち逃げで再びトップカテゴリーから撤退しちゃいました。
そもそもル・マンは壮大な草レースというのが売りなので、盛り上がる年としらける年のムラが多いレースです。度重なるルール改正や業界の潮流が面白さに影響されやすいです。それでもル・マン制覇という偉業には曇りはないですが「ライバル不在で勝って当然という声も多いが、ル・マンで勝つことはそんなに甘くない・・・」っていう意見はレースファンには響きませんでした。大リーグが出ないWBCというよりも、イタリアやオランダしかいないWBCっていう感じですね・・・

 撤退したポルシェはル・マンを去ったわけではなくて、乗用車タイプのスポーツカーを改造するGTEクラスに参戦しました。このタイプはポルシェのカタログに記載されてるので、普通の人にも購入できる市販のレースカーです。トヨタが挑戦し続けてきたル・マンですが、ポルシェにとっては勝ちに行くレースです。いきなりワン・ツーフィニッシュを決めてきました。
今年がポルシェ70周年というメモリアルなので、ル・マン参戦の2台に往年のカラーリングという遊び心がありました。その1台が91号車のロスマンズカラーです。このカラーリングはCカーの956Cで一世を風靡したワークスカーのスポンサーカラーです。91号車にロスマンズのブランドロゴがなかったのは、ロスマンズという会社が吸収合併されちゃったからだそうです。このカラーの時代のポルシェが自分にとっては一番夢中になっていた時代のポルシェです。完全にカメラ小僧として富士WEC-JAPANとかにジャッキーイクス観に行ってました。今年のル・マンではトロフィー・プレゼンターとしてイクスさんが健在な姿を見せてました。
956Cのロスマンズカラーや935のマルティーニカラーはいかにも定番という感じです。それと917時代のガルフカラーが誰でも思い出すポルシェカラーでしょう。今回のル・マンは4台エントリーで、スペシャルカラーは2台だったんすが、92号車はガルフではなくてピンクピッグでした。
ピンクピッグとは「ピンクの豚」という意味で、名前の通りで豚のお肉のカラーリングです。

  ポルシェ ピンクピッグ3
    可愛いピンク色にドイツ語でお肉の部位の名前が書いてあります

 このカラーリングは70年代前後にレースを席捲したポルシェ917シリーズの中の 917/20 というマシンのカラーリングです。自分が小僧だったころはもうCカー時代になっちゃってたので、ポルシェ917を認識しのはポールニューマンの「栄光のル・マン」を観てからです。この映画は実際の70年のル・マンのレース中をまるごとロケに使って、ポルシェ対フェラーリを映画化した作品です。特筆はドキメンタリー(記録映画)ではなく完全なフィクションであること。日本の小学生の間ではフェラーリ512BBはカウンタックと戦っていましたが、世界ではフェラーリ512がポルシェ917と戦っていました。それを知ったら「カウンタックなんかレースに出てないじゃんか!」っていうことでした。

  ポルシェ ピンクピッグ2
    クラス1位がピンクピッグ2位がロスマンズ ポルシェの完勝てした

 今でこそネットでググれば何でも知ることができる世の中ですが、昔はそんな都合のいいもんはありませんでした。このピンクピッグの元ネタのポルシェ917のゼッケン23号車についての記述がほとんどありませんでした。自分がピンク色の917を知ったのは海外の高級ミニカーでした。クルマの模型としてはプラモデルがイメージしやすいのですが、プラモは売れ線の車種しかモデル化しません。大体が優勝した車種や日本で馴染みのある国産車など。そこへ行くとミニカー業界は昔からヨーロッパやアメリカの本場のかなりマイナーなレーシングカーを商品化していました。
自分はお金もないしコレクション趣味でもなかったのですが、ミニカー屋さんへミニカーを観に行く趣味がありました。思えばちょっと貧乏っぽい趣味なんですが、買うことよりもカタチを知ることのほうが重要だったんです。本などで調べた知識だけだと、レース映像がないのでカタチがピンときません。ミニカーでカタチやカラーリングを確かめるのが目的でした。そのミニカー屋さんの商品の中にピンク色のポルシェ917と記載されたヘンなのがまじってました。
この通称ピンクピッグは917の記事の中でも取り上げられていないので、「もしかしたら本当は実在しないミニカーのオリジナルバージョンなのかも?」って思っていたくらいです。そもそもポルシェ917は最高速仕様のノングテール、コーナーリング重視のショートテール、アメリカ向けのオープンカータイプ、スパッツ付きなど・・・ジオンのモビルスーツ並みにバリエーションがあります。ヨーロッパ向けとアメリカ向けでは同じクルマとは思えないほど印象が違います。その中でもピンクピッグはとりわけヘンなカタチと配色でした。

 ピンクピッグの正体はコーナーリング性能のためのショートテールと空力重視の最高速仕様のいいとこ取りを狙った試作モデルだったんです。そのためにタイヤを隠すワイドボディにショートテールというずんぐりとした丸っこいカタチになっちゃいました。ワンオフだったので他の917とは似つかない異端の子がうまれました。71年度のル・マンに出走したのですが12時間でリタイアしていまい、狙いだった空力の改善も失敗じゃないかい?ってことで開発を破棄されたマシンです。ジオンでいえばザクレロのような感じですね。
ル・マンでは失敗ですら蓄積することが財産になるから、まったく無駄ではなかったでしょう。当時の実車で唯一のピンクピッグは、現在ではドイツのポルシェ本社にあるミュージアムに展示されていて人気NO1だそうです。
近年ル・マンは24時間レースなのですがスカパーで完全生放送しています。24時間も観続ける人はいないだろうけど、ながら観していると中継の解説やゲストの方々の駄話がとても楽しいんですよね・・・


「ほぉ」って思ったら押してね

コードギアス一夜漬け - 2018.06.16 Sat

「コードギアス」シリーズについてです。

 先日、宇多丸さんの 「アフター6ジャンクション」という番組で『 宇多丸よ教えてやろう、アトロクの世界では知らないことに価値はないんだよ!今なら間に合うコードギアス一夜漬け特集 By 宇垣美里&藤津亮太 』という特集をやっていました。
通称「アトロク」とはTBSラジオ関東ローカルの番組で主に音楽やサブカル、オタク向け情報発信番組です。この特集は「コードギアス 反逆のルルーシュ」を愛する宇垣アナが、まったく知らないライムスターの宇多丸さんへリミーターを外してまくし立てる回でした。宇垣アナはTBSの局アナですがラジオではアニメ、サブカル、残念系アナウンサーとして売り出し中です。この「コードギアス」の回は久々にラジオを聴いていてクラクラになりました。
自分はまったく近づけない有名な作品が三つあります。一つが「ジョジョの不思議な冒険」二つ目が「HUNTER×HUNTER」そして最後が「コードギアス」です。この三作品は何やってるのか解らなさすぎて、嫌いになる情報も持っていないほど近づけない作品でした。ジョジョのスタンドとかハンターの念とか、ちんぷんかんぷんですよね。
「コードギアス」のコードとは cord の紐や電気コードではなく code の暗号や情報の意味で、ギアスは特殊能力の名称(王のチカラ)なのでコードギアスで情報を操る能力です。「反逆」は支配側の主人公が体制にレジスタンスするストーリーで、「ルルーシュ」は主人公の名前でした。

 オリジナルな世界観で戦う作品は都合よくルールが変わったり初期の設定を覆す設定が生まれたりで「作者の言ったモン勝ち」になりやすい傾向です。作中のドラマの展開は作者の胸三寸だし舌先三寸なのは当然ですよね。
しかしドラマとはあくまでも登場人物が物の流れで転がっていくように思わさなきゃいけません。都合よく超能力が手に入ったり、都合悪く倒したハズの敵が復活したりするのは明らかに作者のドラマ進行上の都合よさです。作者の意図なんですが主人公の人生を作品化したっていう感じになることが作品への感情移入です。こーいう設定ありきの作品はなるべく敬遠してきました。
しかし、今回の宇垣さんの暴走企画のおかげで「コードギアス」という作品が何をやってるアニメなのか解りました。宇垣さんの暴走放送はTBSラジオクラウドで聴けますので、興味がある方は探してみてください。(TBSラジオ アフター6ジャンクション 2018.05,22 特集コーナー)

 今さらながら「コードギアス 反逆のルルーシュ」はガンダムを作ったサンライズのアニメで、現在は劇場版三部作の三作目「皇道」が公開されています。藤津亮太さん情報では監督の谷口吾朗さんは演劇志望だったらしく、もともとアニメに関心があったわけでもなかったようです。自分がピンとくるのは「プラネテス」の監督としてですね。当時、テレビで放送していたころは谷口吾朗なんていう名前も知りませんでした。
今回の記事を書くために復習ったらなるほどと思うところと意外と思うところがありました。「プラネテス」はリアル志向の本格SFアニメで、原作も「宇宙兄弟」の元ネタ?っていう感じの作品です。「プラネテス」の現実的な世界観は「コードギアス」の世界観とは相反するんですが、谷口吾朗さんの「既存のアニメのお約束なんか知ったこっちゃ無い」という部分が共通だと思います。
サンライズのアニメでは「コードギアス」の前に「舞ーHiME」というテレビアニメシリーズがありました。この作品は小学男子向けのロボットアニメばっかりのイメージだったサンライズが、おっきいお友達も意識した“萌え美少女アニメ”でした。萌え=エロという割り切った演出と独自の世界観で都合よく美少女が戦ったり殺し合ったりする昨今の深夜アニメの先駆けのような作品でした。自分は静流&なつきのカップリングだけのために観ていましたが、ストーリーは最後までピンときていませんでした。
ストーリーや設定は一般向けとはいえないけど、設定資料集も込みで楽しむオタク向けによくできた作品です。この作品も谷口吾朗さんが噛んでいます。「舞ーHiME」シリーズはオタク心に訴える演出でしたが一般向けとはいえませんでした。何しろ深夜アニメだったので普通の中学生は観ないという前提だったんでしょう。
「コードギアス」も深夜枠でしたが、製作当初は夕方アニメを目指してたそうです。藤津亮太さんの情報では『谷口さんは、アニメ離れしていた中高生が、再びアニメを観るようになってきているとリサーチしていた』とのことです。「コードギアス」は中高生に向けヒットするように周到に計算された作品だということです。そして続編の「コードギアスR2」は何と夕方5時からの放送になりました。
自分が唯一コードギアスで視聴したのは、この続編がテレビ放送された時の第1話をオンエアで観たときでした。このときの印象は一般市民が雑に殺されるシーンが前半の15分続き、CM の段階で観るのを止めちゃった記憶です。そのことも宇垣さんのおかげで思い出しました。

 「コードギアス」がどーいうお話なのかをネタばらし抜きで語るのは難しいですが、公式 HP にコードギアスとは『君を守るために、世界を壊す』と書いてあります。コレがこの作品のメインテーマなんだと思われます。世界を壊すというフレーズが何とも香ばしい感じですね。『華麗なるピカレスクロマン』というのもウリで、妹を守るため世界を破壊するというヒロイックな物語です。
地球が“神聖ブリタニア帝国”が支配する貴族社会でブリタニア人とか身分階級社会とか黒の騎士団とか賢者の石とか・・・観ていないので宇垣アナの解説を聴いて想像するだけなんですが、かなり厨二な嗜好のアイテムが満載です。アニメファンが大好きなアイテムを全部のせた幕の内弁当のような作品ですが、おかずが全て香ばしいんですよね。

逢魔が時の作品の特徴としては・・・
:主人公が孤独、選ばれた者、人外な能力、(俺スゲー)
:敵がセカイの終焉させる強大な力、理不尽な論理 (敵ヤベー)
:セカイの防衛線が何故か学校 (セカイ狭ーい)
:仲間の裏切り、大切な人の死 (人間関係ふくざつー)
:どっちが正しいか解らない (シナリオ深いー)
:意味不明な作中のルール (設定考証スゲー)
 
前回の記事で12歳から15歳を“逢魔が時”と書きました。この時期は児童から青年に変わる狭間の時でヘンテコなストーリーに引っ張られちゃいます。人生で一度だけセカイの構造を疑ったり自分や人間関係を疑ったりします。もっとも脳みそがファンタジーになるのが逢魔が時ですね。
多くの人は高校受験あたりから「セカイは自分が何とかしなきゃいけないモンでもない」ということに気がついて、いい学校に入るために勉強したり恋人を作るためにオシャレしたりしたほうが重要なことに気づいていきます。それらの勉強や恋愛は大人になるための準備であり、社会に出るための駆け引きを学ぶことにつながります。谷口監督は明確に中高生向けと言い切っていますので、世の中の仕組みを理解しちゃった子はもう対象外なんでしょう。
「本来、アニメは子ども向けだから・・・」というのならこのやり方は正しいです。逆に「ドラえもん」や「ONE PIECE」など子ども向けに作られてる作品を、大人なのに無理して楽しむ努力をするほうがヘンでしょう。ならば「大人はアニメを観ちゃいけないのか?」となりますが、アニメは子どもに向けた作品ばかりでもありません。大人というか社会人が観ても楽しめるアニメも多々あります。
現在のアニメ市場では過去作のリメイクが流行っていますよね。赤塚アニメや永井豪アニメ、タツノコその他もろもろですが、アレらは児童アニメのリバイバルです。大人目線で懐かしむ作品は大体が児童期に観た“思い出補正”によって共感されます。

 谷口さん自身が「プラネテス」ではNHKだったこともあり従来の思春期向けアニメよりも対象年齢が高いSFアニメにしました。主人公は夢や生き方に悩みながらも真面目に働くサラリーマンで、逢魔が時をとっくに過ぎたキャラたちのお話でした。ヒロインがちょっとアレ(お花畑)でしたけど。谷口さん自身がアニメファンではなかった故に主人公がセカイのひずみと戦うよりも、青春の苦悩が似合う作品でした。だからこそテロリストオチはガッカリだった記憶です。
「プラネテス」はアニメっぽいアニメが苦手なライトユーザーには好評価でしたが、アニメの主流になるような華はありませんでした。原因はアニメのホットゾーンの逢魔が時のセカイ感がなかったからでしょう。緻密な設定考証ではエヴァなどもありましたが、あーいう厨二な感じがアニメの評価ポイントなのは間違いありません。
谷口さんが「コードギアス」でセカイを全部乗せにしてきたのは、谷口さんの作家性ではなくてリサーチ力の高さでしょう。セカイ系アニメと非セカイ系アニメを使い分ける手腕はなかなか難しいと思います。一般的な時系列ではセカイ系の作家が大御所になって、社会性のある作品になっていくパターンです。押井さんのように児童向けからセカイ系になるのもありがちです。
一度、非セカイ系で成功したのに再びセカイ系に戻ってきてセカイ系の重力に縛られたアニメーターが富野由悠季さんでしょう。彼も虫プロに入社しちゃったからアニメ監督の道に進んだ人です。サンライズの児童向けロボットアニメを作っていて、こっそり内向的な主人公を大人の目線で描く「ガンダム」を作っちゃいました。
このファーストガンダムは逢魔が時な特徴を出さないことで「アニメを卒業した人が待ち望んでしたアニメ」になりました。富野氏は基本的にアニメファンのアニメ嗜好に否定的な発言が多く、アニメを作っておいてアニメを観るなっていう自己矛盾な発言で信者を楽しませてきました。「ガンダム」以降はいろいろ上手くいかなくて、結局ガンダムの続編を作ることになります。この続編でまさかの展開だったのが主人公のセカイを憎む独りよがりなストーリーでした。旧作では大人に殴られるアムロをブライトの立場で描いていたのに、続編では「いつも大人は・・・・」って中学生日記のようなセリフばっかりになっちゃいました。富野氏の主人公を無視するような展開の理路整然さは特筆なんでしょうけど、思春期を描かせるとどうにもとっちらかっちゃう印象です。ブライトやベスのように「うるせぇ黙って戦え」っていうならうまくいくんですが、子どもキャラに意見を言わせると大人キャラも子どもの主張に引っ張られちゃうんです。このガンダムの続編以降は富野ワールドという新しいカテゴリーができてセカイ系ファンの中でも一見さんお断りな感じになっていきます。一般のガンダムファンとはファースト至上主義とファースト以外に分かれます。続編以降はだいたいがセカイ系アニメなので、先程の逢魔が時の作品の特徴がだいたい当てはまります。何しろ「俺がガンダムだ」っていう作品ばっかりですから・・・

 話をTBSの宇垣アナに戻すと、彼女が「コードギアス」にハマった理由が初めて観たアニメだったからだそうです。大学に入るまでアニメも観る事を禁止された家庭で育ったとのこと。通常のアニメファンは児童アニメを観て中高生でセカイ系にハマり、そろそろセカイを救ってる場合じゃないっていう流れです。しかし彼女は初めてのアニメで「コードギアス」に出会っちゃったんです。ラジオで炎上レベルの熱量なのは、本来なら中学校の放課後にオタ仲間と語り合うべき内容を大人になってからしているんです。家庭の事情で同世代とアニメデビューが10年ずれてるようです。それは同世代に話が合う人がいないわけですよ。普通のアニメ好きはそーいうセカイ系を「それはそれとして」嗜んでるのに対して、宇垣アナは全力でセカイ系にのめり込んでいます。
宇垣アナ同様に遅れたセカイ系デビューでこじらせたのが「ガンダムUC 」でお馴染みの福井晴敏さんがいます。なんだか近年になってガンダムマイスターを自負してる感じですが、ガンダム歴は大学時代に「Z ガンダム」からスタートしたとのこと。「 Z ガンダム」は先程の続編といっていた作品なので、富野氏がセカイ系の迷宮に入っていった作品です。「ガンダムUC 」にその影響が色濃く出ているので、観ていてうわっーってなっちゃうんでしょう。
アニメは幼児期から順を追って観ないとアニメのダークサイドに引っ張られちゃうんですよね。


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魔女の宅急便の人 - 2018.05.27 Sun

角野栄子さんの「魔女の宅急便シリーズ」とか、何とか・・・

 角野栄子さんは今年度の国際アンデルセン賞 作家賞を受賞しました。コレは『小さなノーベル賞』と呼ばれてるらしく、以前に「精霊の守り人」の上橋菜穂子さんが受賞して話題になった賞です。この賞は特定の作品に与えられるのではなく、作家の業績に対する賞です。「童話といえばアンデルセン」というようま賞なので「日本の児童文学といえば角野栄子」って認められた賞なんでしょう。
自分自身は「角野栄子」という名前にまったくピンと来ませんでした。先日、伊集院さんのラジオ(朝のほう)にゲスト出演していたのを聴いて、ジブリで宮崎駿さんがアニメ化した「魔女の宅急便」の原作者と知りました。アニメ公開当時、宅急便がヤマトホールディングスの登録商標だったことを知らなかった原作の人が角野栄子さんだったんですね。

 宮崎駿さんやジブリは原作のストーリーを大幅に意訳しちゃうことで有名ですね。「ゲド戦記」などは原作に傾倒してるようなことを言っといて、アニメ化権を取ったら好き勝手に作って原作者に絶交されるという前科があります。
自分の記憶では「魔女の宅急便」のアニメ化の当時、原作者が宮崎駿さんへクレームを入れているっていう裏話がありました。ラジオでは「宮崎さんに渡したら宮崎さんの作品になる。宮崎さんのキキは最初はえっ?ってなりましたが、最後(飛行船のシーン)は良かったと思いました」ってコメントでした。この部分は当人に聞きたかったことなのですが、ネットで調べると鈴木さんが間に入って角田栄子さんも納得(和解)していたとのこと・・・
伊集院さんは子供の頃に角野栄子さん作のネッシーが出てくる絵本を読んだという設定で対談してますが、ひらがなで書かれた本をちょっと大きくなった伊集院くんが読んでいたとは思えません。ゲストとの繋がりをちゃんと仕込んでくるあたりが、ラジオの帝王と言われる由縁でしょうか。

 以前に高校生のキキとトンボが題材のカップヌードルのアニメCM(アオハルかよシリーズ)が放映されてました。あの今風?なアニメのタッチのコレじゃない感がスゴかった印象でした。あのCMシリーズはサザエさんやハイジなどもありましたが賛否は微妙な感じでしたね。特にハイジ編は学習塾とネタ被りだったのもイマイチって感じだし。微妙とか言いながらも自分はキャラデザインの窪之内英策さんがまるごと1冊特集だった「イラストノート」を買っちゃったりしました。
CMでは『まさかの魔女の宅急便の成長したドラマ』っていう狙いだったのかもしれません。しかし実際の「魔女の宅急便」のストーリーは『トンボさんとの遠距離恋愛から結婚し双子を出産、35歳になったキキは娘が魔女の修行に旅経つ年頃に・・・』っていう壮大な人生ドラマです。
自分は宮崎アニメの中では「コナン」と「カリオストロ」と「豚」そして「魔女の宅急便」が素直に面白いって思えた作品です。中でも「魔女の宅急便」は万人向けの娯楽アニメとして完璧な作品だと思います。
娯楽作品の必数要素は老若男女、地位や名誉に関係なく観られること。あまり教訓じみてなく、しかも観終わっても無意味でないこと。誰もが観て良かったって思える作品ですね。「魔女の宅急便」はダークサイドがストーリーだと信じてる人や「ハリーポッター」などのような凝った魔法世界観を求める人には物足りないかもしれません。ネット情報ですが海外のファンには魔女が町の住人に受け入れられるという発想がそもそも無いらしいです。魔女=ネガティブ、ダークというイメージが定着してるようです。

 もし「魔女の宅急便」が魔法世界のしきたりや宿命に悩むような物語だったら、あんまり面白いとは思わなかったでしょう。似たジブリ作品に「借りぐらしのアリエッティ」というのがあります。比べると何が違うのかといえば監督の力量に差があります。しかし「魔女の宅急便」は宮崎駿さんが乗り気で作った作品ではないので、その差の部分は無しとします。この両作品は魔女と小人というファンタジーさでは同じようなものです。では、どこで人気に差が出たのでしょうか?
アリエッティは人間の家に寄生する小人世界を描いた作品です。前記の通りに「魔女の宅急便」は魔女の世界を描いている作品ではありません。主人公の女の子のキキが都会に出てひとりでやっていかなきゃいけないストーリーです。だから猫とお話したい子や、ほうきで空を飛んでみたい子も、男の子が気になる年頃の子も、送り出すお母さんの世代の人も、ユーミンの主題歌のCDを持っていた世代の人も楽しめる作品になったんでしょう。アリエッティの場合は小人世界に興味が持てなかったらその時点で作品に入れない感じでした。だから本気のファンタジーファンには受けたのかも知れませんが、それでは娯楽作品としての万人向けとはいえません。
原作を読んでいないけど角野栄子さんのお話を聴くと、キキの青春を書き上げてきたようです。魔女はそのベースになった設定です。ラジオの番組への投稿コメントで小学3年生の女の子が角野先生の大ファンですっていうファックスをお母さんへ託して送ってきました。小3の子だと初期設定の13歳のキキはお姉さんキャラです。しかも作中でのキキはどんどん大人になっていきます。小3の彼女にとってのキキは魔法で空を飛べる素敵なキャラよりも、この先の自身の人生を想像させるキャラなのかも知れません。そうすると「魔女の宅急便」の全体像が見えていきます。

 たまたま観たのですが、こどもの日の朝にNHKで「かいけつゾロリ」の特番をやっていました。「かいけつゾロリ」とは現在の小学校で図書室閲覧数NO1の児童書ベストセラーです。番組はゾロリストの小学生向けにゾロリの秘密を公開するという企画なんですが、原作者の原ゆたかさんの制作秘話ドキメンタリーとして面白い番組でした。このゾロリシリーズはゾロリがピンチになる~どうする?~以外な方法で解決するという基本におならをするという、小学生が夢中になる要素だけでお話を作っています。いわゆる子供騙しのストーリーですね。
角野栄子さんが幼少より読書に触れあってきたのに対して、原ゆたかさんは子供の頃に大人から読まされる本がつまんなくて読書が嫌いな子供だったそうです。読書が嫌いな理由がつまらないからというのは、自分もまさにそうだったのでとても理解できます。原ゆたかさんの創作の原動力は「子供が読んで面白いと思える本を作る」というシンプルながらその通りというコンセプトです。児童文学に必要なのはこの考え方であって、読書で教養を押しつけるのは子供にとっては迷惑な話です。
大人が読んでも心にしみる絵本や児童文学が評価されてる印象ですが、ソコに価値はあんまり無いと思ってました。読む大人が共感したり感動したりするのはそれぞれですが、大人ウケのために子供が理解できないロジックを使ったり着地点をうやむやにして「考えさせる内容」でごまかすのは何か違う競技のように思えます。
番組中に原ゆたかさんが駄菓子屋を訪れると、まさにゾロリ世代の子供に声をかけました。その子は大好きなゾロリの原作者が現れて大興奮。それは大人でいえば定食やで村上春樹さんに会う感じかな?興味深かったのはその子は現役で読んでいルのに、一緒にいたお姉さんは「自分も読んでいた」って過去形でした。原ゆたかさんはその子に「もう卒業しちゃった?」って訊いていました。児童向け作品は必ず卒業していくものという認識で作っているようです。だから卒業しないでしがみつく子に内容を合わせないんでしょう。ソコを曲げて大人も楽しめるギャグを入れるのいは本末転倒。児童文学の本質とはおならがブーで喜ぶような児童が主体の文学なんです。同じことをアニメの「プリキュアシリーズ」のプロデューサーも「おっきいお友達のためには作らない」という主旨のコメントでしてました。

 児童文学を対象の世代で分類するいと以下のようになります。

幼児期向け 
字が読めない~言葉に興味が出始める子 読み聞かせ絵本やギミックのある絵本 アンパンマンとか

低学年向け
本という形式に馴染み自主的に読む子 童話 ゾロリなどはここ

高学年向け
この時代に読書してる子は読書好きな子 推薦図書や名作童話など

児童文学には6歳まで、12歳までというタイムリミットがあると思います。成長期の中で小学校に上がるまでが家の中で自分が一番偉いと信じ切っていられる時期です。この時期までは世の中の道理や倫理を読んだってピンとくるわけがありません。生活習慣的な教えは伝わりますが社会性のあるストーリーを正しく消化してるかは疑問です。必要なのはメッセージではなくて読むことのトレーニングだから、桃太郎のようなテンプレが読めるようになるだけで十分です。
小学校へ入るとどんなボンクラでも社会に適応し始めなきゃいけません。泣けば許されるものでもないことや、友達全員が味方ではないことを思い知らされます。ここで因果応報など教訓めいた話も有効だと思います。でも原ゆたかさんの幼少期のように最初に本はつまんないと感じたら、一生の読書離れの原因になりかねません。
角田栄子さんの「魔女の宅急便」は24年の歳月で全6巻が完結しました。その後キキとトンボの子供世代の続編が2巻出ています。最初に読んだ読者の子が24年巻読み続けていたとも思えません。きっとラジオに投稿した小学3年生の子のように、現役の児童たちがバックナンバーごと愛読してるんでしょう。

 児童文学を子ども向けって決めつけることに異論がある童話好きな大人もいっぱいいることでしょう。そんな方たちには角野栄子さんの「ネネコさんの動物写真館」のいう短編集をお薦めします。文庫版も出てるようです。当然ながら自分は読んでいないんですが、主人公が29歳のネネコさんということでコレはちょっと読みたいって思いました。読みたくなったという理由はラジオで聴いた角野栄子さんがとても信用できる感じがしたからです。
読書家ではないので作者の人となりが読む稼働かの判断基準になったりします。ではどんな人となりだったかといえば、まさに現代のリアル魔女です。「角野栄子の毎日いろいろ」というエッセイがあるんですが、コレを検索すれば「あっ魔女だ」って思うことでしょう。どうして魔女っぽいのかといえば、現在、おんとし83歳で、その歳に見合わないほどかくしゃくというかエネルギッシュというか現実離れした存在というか・・・かくしゃくとしたご高齢だと曾野綾子さんなんかが思い浮かびますが、別のベクトルでかくしゃくとしてます。「魔女の宅急便」の物語がずーっと続いたとして、キキが80歳のおばあさま魔女になったとしたら、きっと角野栄子さんのような魔女になるっていう感じです。
今後は終戦を題材にした過去作の戦後編を書く予定だそうです。
あくまでも新しい子供たちに向けて、角野栄子さんはまだまだ創作する意気込みでした。


 児童文学の分類の中で大人の評価が高い作品はどこに分類されるのでしょう?わかりやすく言えば宮沢賢治や星の王子さま系の自分が最も苦手だった作品群です。これらの作品の亜流が「大人も考えさせられる絵本」とか、妙に評価されることが苦手でした。多くのヒオとが自分を変えた1冊にこのような作品を挙げたりします。これらの作品とエヴァ的な深夜アニメは、実は同じところに分類されます。それは逢魔が時のストーリーです。

 子供から大人になるまでの時期を分割してみます。

幼児から11歳  
第一次性徴から小学校卒業まで、いわゆる児童として庇護の中にいる時代

12歳から14歳
自我とかセカイとかが混乱している ココが逢魔が時  

15歳から成人まで
混乱が解けて正気に戻る時代 もう児童文学にも戻らなくなる

誰もが人生における精神的な混乱が起きる時期を逢魔が時と言います。深夜アニメ系なども大人が観たら支離滅裂なだけなのに、逢魔が時の子たちは「大人には理解できない」とまわりを切り捨てるようなマインドになっちゃいます。この時期に宮沢賢治を読んだりすると必要以上に深い感銘を受けたり、解らないコトを勝ち誇るようになります。
時期としては6年生というもう子供社会での最年長を自覚して、自分はもう子供の側にいるべきじゃないというヘンな自我に目覚めます。その中でそれぞれのオリジナルなセカイの構築の養分になるのがこの時代に読む意味深なストーリーです。その中で最高峰なのが宮沢賢治のようなツッコミどころ満載な小説です。ちゃんと答えが出る作品は共感せず、より意味不明な作品のほうを自己のセカイ構築に使うんでしょう。結果としてこの世代に読んだ作品は良かれ悪しかれ心に響くし、答えが書かれていないという格好良さから名作として心に残るんでしょう。
そんな逢魔が時は15歳を目処に終わりを迎えます。誰もが高校受験という世の中と自分のレベルの差を思い知らされて、セカイが現実のものになるからです。だれもが風の又三郎どいころではなくなっちゃうんでしょうね。青春は忙しいから・・


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レイト抗議への違和感 - 2018.05.20 Sun

アメフトの危険なタックルのことについて

 アメリカンフットボールの話題がこんなにお茶の間を賑わすことになるとは誰が予想した?かなり昔に日本でアメフトのヘルメットが流行った時代がありました。何でだか理由は知らないけど星条旗的な何かやインディアン的な何かがかっこよかったのかな?そのころはアメフトの黄金期があったのかも知れませんが、子供だった自分にはアメフトチーム特有の図案に関心が無かったのであまり記憶に残っていません。現在はといえばお世辞にも黄金期を迎えているようには見えませんですよね。
そんなアメフトがテレビやネットなどで毎日話題になっているのは日大の反則行為が批判されているからでしょう。ファウルの映像は何度も繰り返し報道されているので視聴済みだと前提で書きます。

 スポーツというものを大まかに分類すると誰でもできるスポーツと、競技者にしかできないスポーツに分かれます。競技者というよりも選手という言い方がしっくりくるかもしれません。誰でもできるスポーツとはマラソンや水泳、ゴルフやテニス、草野球や草サッカーなど、一般に競技人口が多い種目がこれにあたります。競技者にしかできないというのはそのスポーツをやっている人が全て選手という競技です。単純にスキーのジャンプやボブスレーなのウインター競技、フェイシングやボート競技など。その中間なのがカーリングやロッククライミングなど、専門色が強いけど愛好家がいるような種目。
アメフトというのは会社の仲間がちょっと集まってチームを作るいうタイプのスポーツではありません。そもそもラグビーをアメリカ人が興行にするために改良していったようなスポーツだからアマチュア・アメリカン・フットボールという概念からしておかしいんでしょう。大学のアメフトも大学がスポンサーの実業団チーム化してる印象です。本質的に興行するプロしかいない競技に、プロレスや各種格闘技と分類される種目があります。アマレスとプロレスはあんまり関係ない種目だと理解できますが、アマチュアのプロレスというのは何言ってんだか判らない感じですよね。柔道やボクシングではない、いわゆる“格闘技”といわれるジャンルでもジムでアマチュア同士が戦っているとスポーツとして認知されずに暴行や傷害事件っていう印象を持たれます。これらは素人という選手の概念が存在しないプロのみが成立する世界です。

 じつは多くの人々はそもそもアメフトには関心が無かったけど、何だかニュースを聞いたら「コレはヒドい話だ」と市民の怒りが拡散されていったのが大騒動の顛末です。前記の通りほとんどの人がアメフトという競技に関心が無いと思います。ラジオ関係で聴いた話では長年アメフト観戦を趣味にしているカンニング竹山さんや競技者だった元TBSの有馬さん、日大OBで日大フェニックスの取材もしていた野村くにまるさんなどのアメフトを注視してた人のコメントもありました。しかしネットの多くの人たちやテレビのコメンテーターの人たちは、この問題を「こんなことが許されていいのでしょうか?」という高見から意見していました。
アメフトに関心が無い人たちや詳しくない人たちも、今回の騒動には厳しい反応をしました。誰もが「あのファールはアリエナイ」と口を揃えて怒りました。それはニュースになった時点で「日大アメフト部の選手が汚いファールをした」という情報があり、その後にファールの映像が拡散されたからでしょう。

 自分は「コレが問題のタックルの映像です」っていうシーンを、最初にテレビで観た時にアレ?って思いました。自分はサッカーファンなのですが、サッカーファンがこのシーンを観ると色々違和感があるんですよね。ファールはボールを投げた後の選手への意図的なレイトタックルで、アメフト関係者の受け売りのコメンテーターたちに言わせると「40年間で1度も見たことがない悪質な反則」らしいです。「反則された選手が再起不能もしくは死ぬかも知れないほどヒドい反則」とのこと。今回の記事の中のコメントは報道の中で受け売りの受け売りだから、誰が言い出したコメントだか判別できないので、記憶のままに書いています。
映像の感じではレイトタックルだけどサッカーでいうところのアフターチャージくらいの印象です。
そもそもアメフトがタックルして悪いのか?って言うことですが、基本ルールはタックルはボールを持ってる人だけにしかできないルールだそうです。よくみんなでぶつかっているシーンをイメージしますが、あれはタックルではなくてブロックなんだそうです。自分はそんな区別もつかないほどアメフトを知らなかったんですね・・・

 サッカー的な普通の反応では40年間に1度も起きなかったほどの反則を相手チームがした場合は、そりゃもう大騒ぎですよ。女子アメフトの人がコメントしてましたが本場アメリカで同じケースがあったら大乱闘になるはずとのこと。映像を再検証してるバラエティー番組でも内田監督が退場になった選手を怒らないで普通に受け入れているシーンばっかり問題視してましたが、相手監督も自チームの選手が負傷退場させられたシーンで何のリアクションも取ってないじゃん。観戦していたOB連中もブーイングすらしていません。サッカーと文化の違いといえばサッカーが野蛮な集まりっぽくなっちゃうのでイヤなんですけどね。
本当のところはこの問題のシーンが40年に1度も起こったことがないほど悪質な反則だと、現地にいた関係者や観客は思っていなかったんじゃないかな?何しろ誰も見たことがない事件だったんだから。
そのことが後に疑問視されたようで相手チーム側が「反則時は他のシーンを見ていたから気がつかなかった」という主旨のコメントをしてました。抗議したのも「試合後にネットで騒ぎになっているのを知って・・・」ていう感じらしいです。ようするにレイト抗議ですね。
サッカーとの違いで感じたのはコミッショナー的な組織のジャッジがないまま政治家レベルの話になっちゃっていることもそうです。何だか第3者委員会を設立して検証する動きなんでしょうが、第1者委員会はないのか?って感じですね。当事者たちが思考停止し無関係の人たち(第3者)に日大に刑事罰を与えるのが目的なのか?第3者委員会というアメフトに気持ちが入っていないヤツらに下駄を預けていいのかな?

 今回の事件はアメフトの世界ではそんなに大事件にするつもりもなかったんだけど、反則した相手を暴行罪で告訴できるとか弁護士設定のコメンテーターも出てきちゃって・・・
日大アメフト問題は最近の傾向の悪人に謝罪を求めてて永遠につきまとう傾向の最たる感じです。日本中が『この事件を野放しにしていたらまた悪質なタックルの被害者が生まれるかも』とか『内田監督を追放しなきゃアメフト界にのさばり続けちゃう』って心配してるかのようです。しかし善良なる市民たちの声の正体はウソをついてる内田監督の化けの皮を剥がして、言い訳できない状態に追い込んでさらし者にしたいだけでしょう。それは正義というよりも新しい大衆娯楽です。国会で官僚を吊してるワイドショーの常套句に「そんな答弁は国民が納得していません」というセリフがあります。
今回の内田監督の真意や日大のスタンスは報道を総合すれば大体想像がつくものでしょう。宮根さんもマウントを取ることが楽しくてしょうがないって感じにしか見えません。本当のアメフト界の健全化のために真相を究明しようとしてるのかな?
「コレが許されちゃうとスポーツとして成り立たなくなる」ってコメントが多いけど、日大や関西学院大や関東学連の対応の感じだとスポーツとして成り立ってるのかな?って印象です。タックルとブロックの区別もついていなかった自分が言うのもなんですけど、相変わらず尾木ママが出しゃばって持論を吐くのもどうよって思います。自分は選手ではないけどスポーツの問題でスポーツに関心のない人が批判するのはカチンとくるんですよね。普段は関心が無いのに事件だと現れる教育者とか何とか学者とか・・・


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再犯率の分母 - 2018.05.13 Sun

松山刑務所の脱走犯のアレコレから・・・

 先日、瀬戸内を震撼させていた今治市の松山刑務所大井造船作業所からの脱走犯が22日間の逃亡の末に広島市内で逮捕されました。現地の方々んはとんだ災難でしたが遠く離れた関東ではこの事件に震撼するコトもなく、ちょっと面白いが自分じゃ観ていないドラマのあらすじを聞いてる感覚でした。
近年では事件に軽口を言うと「被害者の気持ちを考えろ」とか社会正義に駆られる意見しか許さない印象です。しかし今回の脱走犯には犯人の人物像から人質立てこもりとか強盗致傷など、凶悪な事をしてまで生き延びようっていう気合いは感じられなかったようです。実際に潜伏中と言われていた島を大捜索しても「大山鳴動して鼠すら出ず」な感じとか、とっくに海を泳いで渡っっていたとか、安いコメディー映画っていう感じです。犯人役が大泉洋さんとかで・・・

 多くの方が興味を持ったのは今回の脱走事件で世に知れ渡った“塀のない刑務所”という存在です。ほとんどの善良な市民たちは刑務所にお世話になるコトもなく、知らなくてもいいのが最新刑務所事情でしょう。そもそもこの施設は50年以上の実績が有り最新のニュースではありませんでした。ちなみに日本一有名な網走刑務所は高倉健さん的な組織暴力団や再犯者専用の施設で、立地条件がすでに懲罰てき意味合いのようです。
塀のない刑務所は松山以外にもあります。有名なのが市原の交通刑務所、松山のお隣の広島刑務所の有井作業所、そして網走刑務所の二見ヶ岡農場。網走は他の施設と違って再犯者が収容されています。壁のないっていっても柵があり、柵の外に出たとしても生き延びることが困難なのかな?
脱獄の舞台になった松山刑務所は部屋に鍵すらないという獄=牢屋がない刑務所なので、字で書くところの脱獄ですらありません。設立された経緯とかいろいろあるようでしたが詳細は省きます。
この刑務所は世界中の刑務所から視察や問い合わせがあるなど、刑務所業界ではけっこう有名な施設らしいです。カリキュラムを生徒の自主性に任せている学校とか出入り自由な厚生施設とか・・・こーいう自主性押しなケースってありがちですよね。犯罪者を隔離するために刑務所があるのに、あえて塀に閉じ込めないというスタイルがイカしてるのかな・・・?
正直いって今回の脱走騒動で「塀がないって何だよ?」っていう普通の市民感情がありました。法務省の見解は「今回の件でせっかく実績を上げている“塀のない刑務所”の運用が行き詰まるのを恐れている」という感じです。じゃあ実績って何なの?っていうことですが、人事院から『50年にわたり受刑者の円滑な社会復帰を支え、矯正行政への国民の信頼を高めたことへの貢献』として表彰されています。矯正行政という言葉の意味がよくわかんないのですが、受刑者の社会復帰に対してメリットがあるということらしいです。

造船所で働く受刑者について某人権団体が見学したときのレポートだと下記の通りです。

 厳しい選考に合格した優秀な人たち
 資格取得が充実、ほとんどが仮釈放され出所後も仕事に就いている
 出所者再犯率は他の刑務所に比べて非常に低い

いろいろツッコミどころがありますが、ニュースにもなった「エリート受刑者」というのも、この優秀な人たちという不思議な日本語によるモノです。刑期が短くなるというメリットがあるのでこの作業所への志願者も多いようです。しかし定員が52名なので、松山刑務所全体の収容定員694名を考えるとかなり狭き門です。現在は作業所に20名が収容されています。
資格取得鳩も描く出所後の生活に就業は欠かせません。そのサポートができているのなら、それはそれで成果なんでしょう。でも刑務所で作った木工品のバザーなどを見かけると、他の刑務所でもいろいろやっているんでしょうね。
自分が今回の報道で一番引っかかったのは、この刑務所の再犯率が異常に低いっていうことです。ニュースもこの部分をかなり強調していました。刑事事件の平均再犯率が41.3%なのに対して松山刑務所大井造船作業所の再犯率は僅か6.9%です。現在の法曹界の悩みは犯罪者に刑罰を科して更生させようとしも、出所後に同じ過ちを繰り返しちゃうことでしょう。出所後の仕事の世話をするのも再犯率を減らすための施策のひとつです。再犯率が低いというのはもっとも目指すべき成果なんでしょうけど、この6.9%ってなんだかヘンじゃありませんか?

 自分は小学校の学活の時間に“多数決”が民主主義を装ったインチキだと気づきました。そもそも算数の加減乗除の中で、除法が気に入らなかったんです。やがて知恵がまわるようになったころから割り算というのは「人を騙す計算」という結論に達しました。このことは今でも揺るがない理論で、騙そうとする人や、持論を正当化する人は必ず割り算で説明しようとします。くだらない会議で出てくるデータもすべて割り算です。売上高というのは足し算ですが、前年比は割り算です。今年の利益は売り上げの加法で計算できますが、それを去年の利益と比べても今年の売り上げは増えません。そんなことは会議に出てる人はみんなわかっているけど、偉い人たちは比べる(除法)で今年を分析している気分になりたいんでしょう。
ちなみにサッカーは足し算のスポーツで野球は割り算のスポーツです。野球は優勝を勝率で決め、打率、防御率にもタイトルがあります。サッカーは1年を通して勝ち点を足していきます。勝ち点同数でも得失点差(引き算)など安産でも何とかなる数字で順位をきめます。得点王はありますが決定率とかのタイトルはありません。野球は打率で打順が大体決まりますが、打率がいいことが次の打席で打てるということではありません。打てた過去のデータが割り算なんです。
話を再犯率にもどしますと、松山刑務所大井作業所ってエリート受刑者52人を集めた刑務所です。元から更生できる可能性が高い人を選び出してその人数を分母にするのは、全国の受刑者総数を分母にした計算と並べるのはおかしいです。だってはなから再犯しない人たちの集合なんだから。
除法のデータを比較対処にする場合は分母の意味を同じモノにしなきゃいけません。今回の場合は全国の塀がある刑務所の中のエリート受刑者52人の再犯率と比べなきゃ、分母がそろわないです。そうすると刑務所の塀の高さが5メートル以上らしいので1メートル下げるごとに再犯率がどう変わるのか計算すればいいでしょう。塀の高さが何メートルの刑務所が更生と脱走のコストパフォーマンスに優れているのかが見えてきます。
松山刑務所の取り組みの再犯率改善の成果をデータ化したいのなら、分子は50年前の松山刑務所の再犯者数です。分母は定員52人で固定です。これだと過去のエリート受刑者の再犯率にくらべて松山刑務所が成果を上げてる指標が出ます。
そもそもこの作業所に入れば再犯せずに就職叶うのならば、もっと多くの女系車に同等のチャンスを与えるべきでしょう。それで出所後に再犯したってそれはそれでしょうがないじゃん。再犯率はどうせ41.3%なんだから。目的は再犯率を低くすることなのか?それとも更生できた人数を増やすことなのか?

 この塀のない刑務所という聞きなれない言葉から80年代のSFアニメっぽいなって思いました。特にどの作品がっていうのはないんですが、『施設内で主人公は自由に生きていると思っていたが、実はその施設の中の自由は仕組まれた偽りの自由で・・・』っていう感じです。レジスタンスな主人公はその施設を脱走し外の世界で追跡の手からアドベンチャーで逃げるっていう感じの冒険活劇。この松山刑務所という施設自体が世界中から注目されるというのも、何かの実証実験のサンプルにされているイメージでもあります。設立から50年も経って成果があるんだったら、もっと広まるべきものなんじゃないのかな?
自分は刑務所事情に口を出すほど犯罪者の行く末にシンパシーはありません。でもこの再犯率という割り算がインチキだよっていうだけです。そもそもこの脱走犯は出所する前に再犯してるし・・・


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